価値のないもの

価値。これについて考え始めると、とたんに粘着性のものが混ざって思考の流れを妨げる。しかしこの厄介な概念について何かしら納得のいく言葉を持つことができれば、見通しがずっとよくなるに違いない。価値は、我々の精神と行動をぎこちないものにさせている。

忘れがちな事実。それは、ものは本来価値を持たないということ。

価値はものに対して人間が与えるのだ。ものの存在が先にあり、そこに価値が与えられる。この順番が、現代では転倒しているように思える。

都市やネット、人工空間は、価値のあるもので満たされている。一つ一つのものが自分の価値を主張する。あるいは価値がフォロワー数や「いいね」によって数値化される。そこでは価値は与えられるものというよりも初めから存在する。自分で何かを作ったり発信したりすることにおいても、価値のあるものを作ろうとする。価値がないものは存在することを許されていないかのようだ。

考えてみればこれは当たり前のことなのかもしれない。都市やネットは意識が現実化された空間であり、価値は意識の産物だから。

我々は、意識の世界に浸り過ぎている。

このようなことを考えながら一つ思ったのは、価値のないものを作ろうということ。価値のない絵を描こう。価値のない世界、無意識や眠りに属するような表現。

道に転がる石のように沈黙している絵。


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