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Dancing Zombiez/加持祈祷-3 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

一階分の段差を登りきると見覚えのある店構えが見えてくる。地下一階、この辺の万年金欠なバンドマンなら一度や二度ならず世話になっている激安のファミレス。そのイタリアンな外観とつけっぱなしになっている店先の照明が網膜に突き刺さる。多分もう店自体は終わってるはずだがな。しかしフッちゃんにはその店の灯りが光明に見えたらしい。勢い良く躊躇いなく店内に駆け込み、奥へ奥へ入って行ってしまった。あとに続くおれ達は慌ててその後ろ姿を追う。誰も触っていないのに、店の扉が不気味な程大きな音を立てて閉まった。ここに諸悪の(おそらく)根源、水島空白がいるってのか?

ふと振り返るとおれ達を追って店の中まで入ってきた仮想ゾンビ達の人数が、やたらと増えている事に気がついて戦慄した。それこそゾンビ映画のキーヴィジュアルようにゾロゾロと、生気を失った目で薄暗いファミレスの店内を埋め尽くす奴らの数はざっと見たところで十五人……いや二十……これ、全員連れてきちゃったんじゃねえのか!?
どうやらヤッコさん達は唯一の生き残りであるおれ達を総出で追ってきたらしい。多分ゾンビの本能が生き残りを仲間にするべく血肉の匂いを求めているのだろう、知らんけど。これは割とガチでやべえやつだと思った時、奴らもおれ達の間の空気がよりピンと張り詰めた事に気がついたのだろうか――――急に活き活きとした仕草で目を赤く光らせ、牙を剥いて襲いかかってきたのである。


おれの超能力は決して戦闘向きではない。サイコキネシスも比重の軽いものしか動かせないし、勿論かめはめ波だって出せない。無様に悲鳴を上げて目を閉じたその瞬間、飛びかかるゾンビが何らかの力によって吹き飛ばされた。椅子の上げられた座席にぶつかって肉のぶつかる鈍い音が鳴る。


頭上で唸る長物。見上げるとそれは、何処から持ってきたものなのか店内を掃除する用途で使用されるはずのモップだった。緑色のブラシ部分がおれの丁度脳天の上で静止している。まさか濡れてなかろうな。

百均で百五十円しそうなしっかりした造りのモップを後ろ手に携えておれに背を向け立ちはだかった華奢な背中は、ポップな模様のシャツの裾をひらめかせてコカ・コーラの瓶のようなウエストを露出させている。やたら画になる仕草でこちらを振り返り軽く一瞥、呆れたような表情の眠たそうな瞼の下から人外の眼光を光らせた。

「あっぶな、自分の身ぐらい自分で守りなよ」

キヨスミ、自分意外と動けんのやな。

予想外のウルトラCにすっかり狼狽えたおれをよそに掃除用具を薙刀のように構えた金髪マッシュボブベースボーカルは、「まあね」となんて事ない調子で応じた。
「小学生の頃剣道やってたのヨ、俺」
「初耳だわ、言わんって事は大した腕前やないんか?」
「よく言うじゃない? 賢い鷹は爪を隠すって。組長みたいに自慢したくないだけ」

言うてくれるやないか……と思ったところでおれは思い出す。そう言やおれ、空手茶帯やった。
なんや別にキヨスミなんぞに庇ってもらわんでも自分の身ぐらい自分で守れるやないか!!!! その事に気がつき慌てて構えを取ったところで悲しいかな、ゾンビもどき共には当然武道の作法なんぞ通じない。「ぼーっとしてんじゃないよ!」キヨスミが“らしくない”声を上げて檄を飛ばす。牙を剥いたヤツらがゾロゾロとこっちに雪崩れかかってきた!!!!

キヨスミが何故かパチン、と指を鳴らす。それと同時に、趣味の悪い肝試しのような絵面の空間に何処からともなく有線放送が流れ始めた。重心の低いドラムが軽快にビートを刻み、ギターが小気味よくギュルルルル。a flood of circleの『Dancing Zombiez』だ。ヒュー、お誂え向き。


一瞬のインターバルに、キヨスミの“らしくない”声が再び飛ぶ。「どっからでもかかってこんかい!!!!!!!」


ヤツの威勢に刺激されたかはたまたバンドマンの性をフラッドが呼び起こしたか、じりじりと距離を詰めてきていたゾンビもどき集団が一斉に機動力を増す。足元は酔っ払いのタップダンサーよろしく愉快なステップを刻みながらハイエナの雄叫びのような――聞いた事ないけど――叫び声を上げ、拳をめちゃめちゃに叩きつけてこようとする。戦闘開始だと意気込む暇もなくとんでもない乱闘の渦に呑み込まれたおれは自分に向けられた凶刃をひたすらに迎撃するしかない。真正面から飛んでくるウルフマッシュのパンチをやり過ごしながら首の後ろの盆の窪に手刀を喰らわせ、休みなく背後に迫るスキンヘッドのラッパー風の影に掌底を叩きつけた。誰の知り合いやねんこいつ。

この時おれはひとつの真理に辿り着く。真に恐ろしいのは喧嘩強い奴じゃなくて、自分自身が殴られようが蹴られようが、殺られようが知ったこっちゃねえマインドの奴なんじゃねえか????

またひとつ悟りを開けそうなおれの視界の端では、日頃悟りを開いていそうな謎の落ち着きを見せているキヨスミがヴィンテージのプレベを長物に持ち替えてガラにもなく大暴れしている。目を爛々と輝かせ、まるで日頃の鬱憤をぶつけるかのようにモップを振り回す。モップは長いのでひと振りで三人程まとめて片付けられるわけだが、バッタバッタとなぎ倒されていくゾンビもどきの方が寧ろ心配だ。店内のテーブルやソファの足元にどんどん転がっていくが、あれは間違いなく盆の窪なんぞ狙っちゃいないし打ちどころが悪くて後々困らなきゃいいけどな。

少し身の振り方に余裕が出てきた頃、そう言えばフッちゃんと九野ちゃんは何処へ行ったのだと急に気になった。まさかふたりに万一の事でも……? と恐ろしくなった丁度その時、店の奥の厨房の方から「デヤッ!!!!!!」としか言語化出来ない叫び声が轟き、カメラのシャッターフラッシュのような強烈な光が弾けて店内全体が明るくなった。続けて同様に緑色の光がパッと広がる。ライブハウスの照明より眩い光の明滅に続き、「おめでとう!」「ありがと!」という声。前者はどう聞いてもフッちゃんのそれだし、後者は九野ちゃんのだった。一体何が起こっているのか一切わからないが、とりあえず彼等もおれ達と同じく苦闘しているのであろう事だけはわかった。(後に発覚した事だが――どうやらこの時のフッちゃんの「おめでとう!」は九野ちゃんがこの土壇場で魔法少女としてのいわゆる“変身チュートリアル”を出来るようになった事への賛辞だったらしい。魔女っ子当事者九野ちゃん曰く、あのキラキラした光に包まれながらマジカル☆コスチュームに変身するやつ、アニメの世界じゃ魔法少女の誰もが出来るイメージだがどうやらリアルではそこそこのキャリアがないと出来ない所業なのだという。それにしてもその間フッちゃんは九野ちゃんが半裸に剥かれてキラキラした緑色の光に包まれるお着替えシーンを黙って眺めていた事になるし、よくその間に敵にヤラれねえよなあと思う。魔法少女あるあるなのか?)

慌てておれ達も厨房の方へ向かい加勢する。幸いキヨスミの健闘によりこっちのヤツらはほぼ全滅だ(そして多分、とりあえず生きてはいる、多分)。店の奥にあるレジカウンター越しに中を覗くと、金髪をぐちゃぐちゃに乱れさせたフッちゃんとパリッとした魔女っ子スタイルの九野ちゃんが転がるように飛び出してきて、「こっちはもう終わり!」と休戦宣言をかまされた。

「水島は?」目下最も重要であるところの仮想敵の親玉の居場所をフッちゃんはその霊験あらたかな透視能力で探っていたようだったが、この店の中ではなかったようで彼は僅かに肩を落とし首を振った。ビルの上階ではない、とも彼は言ったが、その後「もう似非ゾンビ軍団は完クリよ」とのキヨスミの言葉を信じておっかなびっくり覗きに行ったライブハウスの中や、地下一階にテナントを構えているこの辺のサブカルお洒落男女がデートでよく来るサブカルお洒落本屋の店頭にもヤツの姿はなかった。フッちゃんを信じたいところだが、もうビル全体を手分けして見て回るぐらいしないと駄目なのかもしれない。

「フッちゃん、もっとほかに手掛かりないの!?」流石の九野ちゃんも業を煮やしてフッちゃんの肩を掴み、ロッテリアのふるポテでも作る時のような勢いで揺さぶる。フッちゃんはあーわかったわかったと少しだけ笑いながら彼を制するが、またすぐにいつもじゃ考えられないぐらいにクソ真面目な顔になって顎に手を当てた。ライブハウスの薄暗い暖色の照明のせいで、名探偵のオーラが漂っている。

名探偵は、金髪ロン毛をよれよれのゴムで縛り直すと、暫しの沈黙の後「……そう言やかーちゃんが、」と話し始めた。


「かーちゃんが、犯人の出身地に問題があるって言ってたな」


水島空白の出身地って何処だ? 歩くウィキペディアのキヨスミが「神奈川」と即答する。「軽都村じゃん? あの、ヤベートンデモ案件炸裂で有名な農村」
キヨスミの検索結果を受けたフッちゃんの目が大きく見開かれる。普段から表情筋の柔らかさとチョーキングは国宝レベルと自称豪語する彼の瞼は眼球が転がり落ちそうな程に引き上げられ、そして嫌味なく口角の上がったデカい口から、誰にともなく言葉が漏れた。

「こりゃおれ案件じゃねえな……どっちかってーと、組長案件だわ」

誰にともなくやなくて、おれにかい。


******************

トンデモドラッグクソガキだと思っていた水島空白は、トンデモスピリチュアル村の出身だった。

存在がオカルトのくせにオカルトの類にはほぼ興味がなく、現状をよく把握出来ていない九野ちゃんにおれは説明する。キヨスミの言う「軽都村」――水島空白の故郷――は、今から二十年以上前に散々ワイドショーなんかで話題になっていたいわゆる“カルトの村”だ。
非常にわかりやすい、ギャグみてえな名前の村であるここは神奈川の山地寄りの位置に立地し、地元のおじいちゃんおばあちゃん達と近隣県の子供達の交流会で村おこしをしていた。いわゆるボーイスカウトみたいなもんで、川で魚を採ったり山の中に作られたアスレチックで遊んだりと、ごくごく健全なよくある子供連れ向けイベントだった。ゼロ年代終わり頃には無印〇品的な“丁寧なくらし”ブームの影響から、二十代〜三十代ぐらいの若いオネーサン方にも観光地として人気だったらしい。
しかしこの村には秘密があった。夏に行われる例大祭で、なんと三年に一度いわゆる生贄を捧げる神事が実際に行われ続けていたのだという。しかも、村おこしで集めたボーイスカウトの少年達の中からその生贄を選んでいたってんだから恐ろしい事この上ない。テメーらの村で間に合わせろよとも思うが、年々高齢化の進む過疎の農村らしいから仕方ない……いやいや、仕方なくはなかろうよ。

フッちゃん曰く、もしかしたら水島空白は元々村の中で生まれた子供ではなく、ボーイスカウトで呼び寄せられた子供のひとりだったんじゃないか、との事だった。勿論生贄候補生として、だ。神に仕える者として村の中で祭り上げられ、次第に人智を逸した存在に変化していく……特に元々おれのような、いやおれなんかよりも余程強力な、“人智を逸した”力を持っている超能力者の子供がカルト集団に生贄や教祖として祭り上げられるって事はよくある話らしい。どうやら水島空白はおれと同じく超能力者で、“出身地”であるカルトの村で生贄としてその超能力を利用されていたんじゃないか、ってのがフッちゃんの仮説だった。
「おれは生憎霊的な存在だとか、呪いやまじないの類しかよくわかんねえから、ヤツがそもそもそういう……霊的な力を使ってるわけじゃないがために、ヤツの気配を察する事がどうしても出来ねえんじゃねえかと思うわけさ。さっき感じた瘴気ももしかしたらヤツが超能力で見せた幻覚の類なのかもしれん」
だからさ! とフッちゃんは続ける。
「俺よりも同類の可能性のある組長が全集中した方が水島空白を早く発見出来るかもしれないなって!」
んな事出来るかい!!! 鬼滅の刃やないんやぞ!?
九野ちゃんが「組長って意外と流行りに乗ってくるタイプだよね」とおどける。今そんな話しとらんわ阿呆。
そろそろ慣れてきても良い頃合いのびっくり人間大集合御一行に辟易しながら大きな溜息をついた、その時----


おれの決して常に冴えているとは言えない脳内で、何かが閃くような感覚があった。


それはぼんやりとした映像のように見え、たまに気が向いて歌詞を書きたくなる時に、その中で描きたい物語を思いついた時のような、掴めそうで掴めないもどかしさと共に少しずつ実体を伴っていった。


それは、いつか行った事のある本屋の一角の景色だった。


-―――まさか。


突然妙に鋭敏になった己の第六感を疑いながらも、おれは思わずその場から、弾かれたように走り出していた。


続く


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