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『唱え奉る河内國春乃井学園御詠歌部』第10話

第1話(末尾に全16話分のリンクあり)
(文字数:約8000文字)


10 周りさえ 見えなきゃデートの ひと駅分

「どうしよう……」
 呼吸を整えた幸さんが、それでも涙声で言ってきたけど、何をどう考えて、今口にしているのか、分からないからまずは聞いていて、
「変に、思われたわよね私……。イヤな、感じじゃなかった……?」
 色々予想していた中では、結構軽く聞こえた「どうしよう」だったから、とりあえずホッとしながら「大丈夫です」って言った。
「ひと目惚れ、したんですね」
 口にしたら幸さんは、
「いいえ」
 って顔からも声からも、色味を抜いてきて、
「そんなわけ、ないと思うの。だって、何にも知らない人よ」
 いつもみたいな一歩退いた感じを作ろうとしてきたけど、目は伏せて、頬にはまだ赤みが残っていて、作り切れていない。
「僕も神南備も、ちょいちょい話には出してたんで、全く何にも知らない人よりは、良い印象くらいあったのかなって」
 うつむいて、黙り込んだかと思ったらいきなり、背を向けた。
「私、帰るわ悪いけど」
「いやそれはお願いですから、やめて下さい。おばあちゃん家で用意して、みんなが揃うの楽しみにしちゃってます」
 ああ。はいはいって僕は、苦笑しながら、多分これだからさっきは僕とっさに追いかけちゃったんだなって、女の人って僕には良く分からない考えとか持ってきて、突拍子も無い結論出す時あるよなって、妹とかお母さんとかだけど見ていて思ってたものだから。
「だけど……、その……」
 橋を渡り切る手前で立ち止まって、
「ダメなの。私……、外の人を好きになったりしちゃ……」
 赤い手すりを握り込んだ、白い腕が震えている。
「音谷から、離れたりしたらウツワは、晃に決められちゃう……」
 背は向けていたけど、もう一方の手で顔を覆ってきっと、涙を落としている事くらいは分かる。
「『去年は、失敗だった』ってさっき、言ってくれましたから」
 本当を言うと僕も、ザワザワした不安は残っていたんだけど、もしかしたら、気持ちが楽になるのかな、と思ってほとんど聞いたままをくり返した。
「分かっているなら今年は、くり返さないって」
「失敗、どころじゃないわ」
 だけど、振り向いてきた幸さんの目は、浮かべた涙で光っていて、
「今年も続ける気ならあの子、死ぬわよ」
 ああこれ適当みたいに笑っていられないって、口をつぐんだ。

 ずいぶん重たい話になってきたから、橋を渡って道の駅本館の、自動販売機が並んでいる近く、正面じゃなくて少し離れた所のベンチに座って話を聞いた。
「鬼を身に下ろして神楽を舞うの」
 観光客がほとんどだし、飲み物を買いに来たついでにちょっとくらい耳に入っても、映画の話とかしているみたいに思ってもらえるだろう。
「神楽を終えたら音谷の奥に建つ、お堂にこもって、鬼が抜けてくれるまでを、一人で過ごす。その間は、親に兄弟も近寄れない。柵越しにただ様子を見守るだけ」
 現実の、それもこの山での話なんだけど僕だって、
「食べ物に、飲み物を口に入れる事も、禁じられている」
 どこかお寺での修行の話を聞いているみたいだ。
「きつくないですか? だって、一日かけて下りた山を、また上った後、ですよね?」
「そこはそれほどにも感じないの。抜けた途端におなかがすくけど、普通に食べられる。絶食してたってほど苦しくはない」
「鬼が抜けてくれたって、どうやって分かるんですか?」
「人の言葉が出せる」
 あいうえおの次はか、みたいな、すごく分かり切った感じに答えてきた。
「鬼がいる間は、『声』しか出て来ない。だけど、言葉を知らない存在じゃなくて、使う必要が無いの。『声』に仕草があれば、伝えられるから」
 堂々と言い切ってくる感じが、やっぱり双子だし、似てるな、って思いかけてちょっと混乱した。似てる、で良いのかなこれって。どっちが、どっちに?
「私も父もほとんどを、眠ったまま過ごした。伝わっている古文書によるとせいぜい三日くらいのものよ。だけど」
 言葉を切って、間が空いて、少し震えが入ったため息をついてくる。
「私は音谷で、待つ役目だったから、去年の神楽は見ていないんだけど、一体何をしてきたのあの子。あれほどひどく怒らせた事は、父の代にも父の前の代にも無い」
 やっぱりってそこは僕意外にも思わなかった。
「休まないし眠らない。泣きながら、血を流しながら出している『声』も、意味が伝わらないの。ただ怒りに満ちていて」
「血、って何か、ケガとかしてたんですか?」
 うつむいて幸さんは、手元を見詰めて答えをためらっていた。
「自分の爪で身体中を、掻きむしってた」
 うわ、って口の中に嫌な味がした。種類が違うし一緒にするなって思われそうだけど、僕は僕で身体中の湿疹を掻き壊さずにいられなかった時期とかあって、やたらに生々しい。もちろん怒られるし悪化したって自業自得だって呆れられるし!
「七日間」
 そのひと言だけはずいぶんと、冷静に聞こえたけど、
「ヒトが飲まず食わずで生きていられる、限界の、日数よ。それが過ぎたらそのウツワは、割れてしまったって、お堂ごと、封じ込めるの」
 落ち着いた言い方がかえって、表には出しにくい強い気持ちを閉じ込めているようで、
「そんなの、今時考えられる? 私達だって見た事無い。古文書の文字の中にしか、一番最近でも二百年以上も昔の記録にしか残ってない。やりたくないわよ。出来るわけがないじゃない!」
 ちょっとずつ、にじみ出して最後には、周りを歩いていた人たちがちょっと振り向いてくるくらい、強くなったけど、隣の僕が大人しく座っていたら、多分、ちょっとしたケンカくらいに思ってもらえるんじゃないかって。
「一日前にどうにか、戻ってくれて……」
 ハンカチとか、差し出すまでもなく幸さんは、自分の物を持っていて、うつむきがちに涙を拭う様子も作り上げたみたいにキレイだ。
「『ペットボトル』」
 振り向くとまだ涙が残っている幸さんと目が合った。
「晃が最初に、口にした言葉よ。『おじいさんが、持っていった』って」
 僕に近い耳元の髪をかき上げながら、微笑んでくる。
「『隣に、子供。僕と同じくらい。もっと、聞きたくてそれで、戻れた』って」
 聞いていて僕は、実を言うと、ちょっとおかしな言い方に聞こえるかもしれないけど、イラッとして、僕のせいにしないでよって、方向が逆なだけで、何もかもを僕が悪いって決められてた頃の感じを思い出して、
「弓月くん、その……、私達はあなたには」
「僕じゃないと思います」
 言ってみると幸さんは、思いもかけなかった感じに目を丸くしていたけど、多分、僕も間違っていない。
「僕が、『行ってみたい』って言わなくても、おじいちゃんは、一人でバイクで上っていたと思うし、もしかしておじいちゃんも行っていなかったら、他にも誰か気になってた人が、その時音谷を歩いていた気がする。たまたま僕が、そこにいて、たまたま僕が行けそうだったから、気付かされて思わされて、行かされただけで」
 ワケも分からないまま多分、利用されていただけで、そこにお礼を言われたって、有難いみたいに思われたって、違うんだって。
「一度は怒ったかもしれないけど、鬼って、呼ばれてるけどその神様、初めから許す気満々だったんじゃないですか?」
 改めて振り向いて見た目には、もう涙は残っていなくて、顔は向き合っているのに今度は幸さんの方が目線を逃がした。
「そう……、かもしれないけど良く、分からないの……。私も身に下ろしている間は、『怒り』を感じているし……」
 目線を上や下に動かして思い出しながら話す様子を、そう言えばこれまで幸さんには、部長にも見た事が無かった。
「だけど」
 手元に下ろしたところで、止まる。
「その『怒り』をそのままで、表しちゃいけないの。そんな事は、望まれていない」
 去年は怒りそのまま、みたいだったなって、思い出したけど言わなかった。
「すみません。一つ、確認したいんですけど」
 幸さんが目を上げてくる。
「音谷に若い人っています?」
 言葉は何も無かったけど、答えは聞けた気がした。
「若くなくても、幸さんがその、好きになれそうな人って」
 目を逸らしてまた、うつむいて行く。
「ウツワは一生外に出さず、外を見せないで過ごさせる時代もあったの。それを思ったら、そんな贅沢とか言ってられない……」
「いや。それをゼイタクって言っちゃったら、僕今の時点でモナコに住めてる、大富豪みたいな気持ちになります」
 女性には負担が大きいって、晃が言ってたのも全部じゃないかもしれないけど分かる気がした。妹が、好きでもないおじさんと結婚させられてそれからの人生を兄として見せられ続けるよりは、代われるものなら代わってしまった方がまだ楽な感じがしそうな気がする。
「音谷に移り住んでくれる人だったら良いんですか?」
「それなら……、良いと思うけど無理に決まってるじゃない。音谷になんか住みたがる人、男の人なら特に」
「いやもしかしたら、って僕はちょっと、思ってるんですけど」

「てめえ組合員だったんじゃねぇか!」
「尻を蹴るのはやめて下さい。不愉快ですし痛いです」
 スタッフの人にお願いして(多分足助も僕の話はしてくれていて)、バックヤードに入った途端にそんな会話が聞こえてきた。
「あんな上玉並べ揃えて男に行きやがるたぁ、どういう了見だ! だったらこっちだってもっと、気合い入れてアタックしてたんだよこの野郎!」
「されたって受けません。神南備以外は初対面ですし、誤解です」
 部屋の奥のパーティションの向こうで姿は見えなかったけど、足助と多分忍者をやってた人だと思う。
「すみません。足助にちょっと、話があって……」
 パーティションに近付きながら声をかけると、「彼氏のお迎えだぞ」って聞こえてきて、誤解されている気はしていたけど神南備のせいで慣れている。
「僕はただの……」
 友達です、って言おうとしたところに、
「弓月!」
 飛び出して来た多分、シャワー上がりの足助が、ほとんど勢いだけで僕を入って来た扉の際まで追い詰めに来る。
「何だ何だ何だあの、みゆきさんはっ。聞かされてはいたが、とんでもなく美人じゃないかっ」
「うん。そうだよ」
「お前あの人としょっちゅう二人で帰って、何にも無いってどういう事だ?」
「そこからまた説明するの?」
「いや」
 もう何回かはくり返したやり取りだから、足助も冷静になってくれる。
「そりゃ神南備は不安になるし、女同士に亀裂が入ったり一転仲良くなったりもするよな」
「僕だけがその辺よく分からないまんまなんだけど」
「それで、あの人は大丈夫か? スタッフからは『アレルギーが出た』と聞いたが」
「うん」
 とっさにそう説明したんだったって思い出しながらうなずいた。
「何か、原因になるものがあったなら報告して対処しないと」
「ああそれは、大丈夫。特殊な症例だから出る人滅多にいないから」
「その滅多がまた来たら大変だろう」
 そこを掘り下げられても困るから、無理矢理だけど話を変えた。
「ところで、なんだけど足助、田舎暮らしとか興味ある?」
「なんだずいぶんといきなりだが、興味が無い事も無いぞ」
 無理矢理だと思っていたけど話を変えられてくれる。
「かまど山の頂上辺りに、音谷って場所があるんだけど」
「ああ。知っている」
「知ってたの?」
「ここまで来る路線の先にあったから、気になって一度下りて歩いてみた」
「住めると思う?」
「ああ。機会があれば」
「すごいな。もしかしたらそうじゃないかとは思ってたけど」
「すごいか?」
 ってまるで、悪口でも言われたみたいに眉をひそめてきた。
「だって、川北市に住んでるんだろ今」
「それについての俺の率直な意見を言っても良いか」
「良くない、とか言えないよね。何?」
「都会に住もうと分家は分家だ」
 ああ、ってそれだけで大体を納得した。
「別に軽んじられてはいない。本家の立場も理解するし、当主は大変だろうと思う。しかし足助氏全体を見渡した場合に、俺は必要な存在でもない。出て行けるものなら出て行きたいし、出ようと思えば出られる立場だ」
「分かった。じゃあ今からちょっと、しっかり聞いて」
「聞いていたつもりだが。何だ」
 一つ、息をついて僕も、しっかり組み立てるように気をつけた。
「幸さんは、音谷の人で、本家の当主なんだ」
「おう」
「正確に言うと、当主をどっちにするか兄妹で、争ってはいないな。悩み合っている。部長と双子なもんだから」
「なるほど」
「そこを踏まえた上で今日は、幸さんと接してみて欲しいんだけど」
「分かった」
 一つしっかりうなずいてくれたから、よし、って僕もうなずいた。
「お前らホモなんかノンケなんかはっきりしてくれる?」
 さっきからパーティションにもたれて僕達の様子をうかがっていた、細身の男の人がそんな事を言ってきたけど、僕達も慣れていて別に響かない。
「はっきりも何も、友情にグラデーションくらいあります」
「その二択で言ったら確実にノンケですけど、友達同士でも別に相手によっては好きとか愛してるくらい言えますけど」
「言えねぇよ気色悪い。俺の人生にそんな関係性無かったっての」
「そりゃ猿飛さんはガッツリ彼氏候補狙って接してきますから」
「女友達の方がまだ言いやすいんじゃないでしょうか」
 冷静に言ってみたらその人も冷静になった。
「言われたらあたし組合仲間には普通にハグとかキスとかしてるわねぇ」
「それです」
「男の友達同士もそうあってどこがおかしいんですかって話です」

 ひと足先に戻って来た神南備と廣江さんに、幸さんは任せてきたんだけど、
 足助の姿を見つけられた途端に、幸さんは明らかにいつもと違った様子になっちゃって、思いっきりバレている上に、女性陣には応援する雰囲気が出来上がっていた。
 近付いて行く足助と僕に向けて、やんわりとだけど二人して、幸さんの背中を押すみたいにしている。
 閉館時間も過ぎた伝承館の前に、溜まっているのは御詠歌部の六人と足助だけで、他には小さな川の流れと蝉の声くらいが響いている。
「ごめんなさい……。その……、いきなりで、申し訳無いんだけど……」
「連絡先、交換します?」
 足助が言い出して、幸さんが驚いた顔を上げた。
「え?」
「まずは、話を聞きたいと」
「あ。うん。だけどその……」
 赤くなってうつむいた幸さんが、珍しく恥ずかしそうにうろたえて、
「私……、アカウントとかIDとか、SNSのそういったもの、持ってなくて……」
 ものすごく勇気を出したみたいに言っていたけど、足助の表情は変わらない。
「構いません。弓月もガラケーなんで別に、気にならないです」
「じゃあ……。あ。だけどその……」
 またうろたえて、すごく恥ずかしそうに胸元を押さえながら息をついた。
「今住んでいる所、すごく、電波弱くって……、学校にいる、時間以外は家の電話しか、使えないんだけど……」
「今度二人で会って話します?」
「え?」
 顔を上げた幸さんの様子が、驚くよりもはずんだみたいなんだけど。
「かまど山には頻繁に来ますし、川北市でも」
「あ……」
「すみません。部長さんの、ご兄妹でしたよね」
 顔を向けられて部長は「ああ」と笑っている。
「近い内にお呼び出しする機会があると思うんですけど、もちろん失礼の無いように、無事にお帰ししますので」
「別に、構わないよ。何なら多少の失礼くらいは、あってくれても」
「そうした冗談はやめて下さい」
 言い切られて部長は、驚くよりも固まった。
「ご兄妹や親御さんであっても。不愉快に受け取られるだけならともかく、本気にして無礼を働く阿呆なんか、山のようにいますよ」
 神南備も廣江さんも、林さんも横目に部長を見上げている。
「女性は弱いとも守られるべき存在とも、自分は思っていませんけど、女性が守られないか守りが弱い状態に置かれているのは、男性側の恥です」
 自分より高い目線から、しっかり叱られる事って部長にはこれまでになかったんじゃないだろうか、ただただどう反応していいか分からなくなっているから、
「足助。足助、ごめん」
「ん?」
 僕が言い出さないと誰も、動き出せない感じになっちゃっている。
「なんか、格好良く見えてるしそれでいいような気もしてたんだけど、あと僕の説明も、ちょっと足りてなかったとは思うんだけど」
 みんな視線をそれぞれに、僕に移したり足助に移したり、部長に戻したりしてとりあえず動けない感じはなくなった。
「幸さんは何も、相談相手が欲しいわけじゃなくて、って足助以外は今みんなが分かっているんだけど、足助は幸さんとは初対面だしね。そりゃ分からないとは思うんだけど」
「なんだか回りくどくてその、ピンと来ないんだが」
 僕から目を移して足助は、泣いている幸さんに気付いてギョッとした。
「ど、どうしました? 何か俺泣かせるような事言いましたかっ?」
「違うの……。ごめんなさい。自分でも……もうワケが分からないんだけど……」
 真っ赤になった顔を両手で押さえてそれでも足助からは目を離さずにいる。
「好きぃ……」
 今日は幸さんの泣き顔を、ずいぶんたくさん見た気がするけど、キレイに作られた時よりも混乱して整っていない時の方が、善いものを見られている気がするのはどういう事だろう、とか思ったりした。
「いきなりでっ……、申し訳無いんだけど御迷惑じゃなかったら……、付き合って下さい……」
「いや。迷惑、って事は自分からは、言い切れませんけど、いや迷惑ではないですよ。ないですけど弓月これはその、どういう事だ」
「僕に訊かないで。今僕に訊くところじゃないと思う」

「変わった名前でよく、イジられるんですけど、弓月は全く気にしてこなかったんで、かえって気になって」
 僕の話もしてくれているみたいだけど、今の幸さんには多分、届いていない。
 僕の家までひと駅分の道筋は、歩道がそんなに広くないから、横並びで歩けるのは一人か二人ずつだし僕がもちろん先頭になる。
「みゆきさん、って聞いていますけど文字は」
「幸せって一字で、みゆきって読むの」
 二人の会話も少し離れた後ろから聞こえてくるけど、なるべく気にしないようにする。
「双子の弟は日の下に光の、晃」
「双子の、兄なんだが」
 僕のすぐ後ろからは小声で聞こえてくる。
「今もめるところじゃないですよ部長」
「今こそ少々もめたい気はする」
「せめて弓月くんちについてからですよ部長」
 僕の隣には今神南備がいる。
「そうだな。おかげで肩の荷がおりた。出来ればこのまま上手く行って、ウツワを手放してもらえると」
 僕もだけど神南備も黙り込んで、神南備も何か聞かされているんだなって分かった。
「神南備」
 声をかけると「何」って、メガネ越しの目を向けてくる。
「僕のうち、多分驚くから」
 うん、って笑顔は作らずにうなずいてきた。


こばなし:
 ひと駅分の最後尾は、林と木地だったのだが、何に付けても楽しげな足助と幸を前にして、少しばかり空気が淀んでいる
「それで、いつお話して、くれるんですか? 林さん」
「すみません廣江さん。どうも今日は色々とぉ、タイミングを逃してしまいましてぇ」
「タイミングは、ずっと逃しているんですよ。私達、六月から付き合っていますから」
 弓月と三人で帰った日の、深見駅で降りてからの道中で、三年の林が勇気を出し、以前から好意には気が付いていたので、木地も了承した。
「祝福、されたいわけじゃありませんけれど、あまりに誰からも、気付かれずにいるのも」
「すみません。合宿の間には、必ず」
 しかし気付かれていないと思っているのは当人達だけだったりする。

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