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短編小説 『ある保育士の自殺』

12月下旬、保育士の佐藤美咲が自殺未遂をした。

佐藤美咲という保育士は、常に明るく、上司にも同僚にも保護者にも子どもにも、いつだって人当たりがいい。
ユーモアを最優先にし、ぐずった子どもも魔法のように、あっという間に気分転換させた。
彼女ほど、保育士の鏡と言える人物を、園長は見たことが無かった。


自殺未遂をした件を園長に報告した時も、こんな感じだった。


「いやあ〜、3日前に、薬を大量に飲んだみたいで、自殺未遂??みたいなことをしてしまいました。
私は13年前から鬱とか摂食障害を患ってて、心療内科には通ってたんですけど、

いや、ほんと、この職場が悪いとか、そういうことでは決してなくて、、、。
ほんと、今までの自分の考え方の歪みが、今、出たというか、、、。
だから全然、誰が悪いとかではなくて、自分の考え方の癖の問題なんですよね〜。」


その後も彼女はそれまでと変わらない様子で毎日出勤した。
出勤時間より30分前に現場に入り、サービス残業は率先して受け入れた。書類仕事は提出期限の3日前には少しのミスもなく提出した。


自殺未遂の2週間後、子どもたちが全員午睡を始めた頃、職員室の園長のもとに美咲がやってきた。
やっと予約が取れて精神科に行き、精神科医から2ヶ月間の休職の診断書が出された、とのことだった。

彼女は診断書を提出しながら言った。

「自殺未遂をする、ということはそれなりに緊急性が高いので休職しろとのことだったんですが、ただ、書類仕事とかを他の先生に押し付けるのも申し訳ないし、卒園まで見届けたい気持ちもあるし、、、。精神科も今、患者がいっぱいだからとりあえず、1ヶ月に一回、通院するように、とのことでした。


この保育園では、担任の中でもさらに担当の児童が決まっていて、通年で書類の作成をし、進級先の幼稚園に提出するシステムがある。
一人の保育士がそれを放棄するということは、その分他の保育士に負担がのし掛かる、ということだ。


そのことについて、佐藤美咲はしきりに申し訳ないと主張した。


園長は言った。
「あなたが他の先生に負担をかけるのが申し訳ないと言うのなら、3月までは今まで通り頑張って出勤して、退職する、っていう選択肢もあるけど。


それに、精神科医の先生が月に1回の診療でいい、って判断したってことは、それほど重症じゃないってことだと思うの。


私としても、休職せずに、3月までは働いてくれると、助かるかな。」 


美咲は、いつものような笑顔で言った。

「そうですよね、私も、2か月間休職して、3月に突然復帰して卒園式、というのはあまりにも無責任な気がするんですよね〜。

わかりました、責任持って、3月までバリバリ働きます!」


その夜、美咲は灯油をかぶって焼身自殺をした。



どれだろう。
どの発言がきっかけで、彼女は引き金を引いてしまったんだろう。

私だろうか、
それとも他の人?


私は、何年も、何年も、同じことを考え続けている。


園長として、どのタイミングで、何を言えば正解だったのか、
いまだに分からない。





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