「テンパる」
先日(2023年4月)、地元の区立図書館の棚を渉猟していて、『不都合な日本語』という本を見つけました。著者は大野敏明さん。以前、お世話になったこともあるわたしの先輩記者です。もう20年ぐらいも会ってないかなあ。思わず「ああ、ビンメイさんのだ」と手にとってみました。出版は平成29(2017)年9月9日。時事的な用語などを取り上げて、解説・展開した、まあエッセイかな。
平成20年10月号の雑誌「正論」に6年半、79回にわたって連載したものをまとめたもののようでした。
さて、その中に「テンパる」も収められていました。
該書によると、もとは麻雀の聴牌(てんぱい)に由来し、それが動詞化して、現代では〈「焦る」「後がない」「余裕がない」という意味〉だと解説しています。
わたしも麻雀をしますから(最近はほとんどごぶさたですが)、「よしテンパった。リーチしようかな、ダマでいくか」などと使いました(あ、こりゃ、心の声ですな)。聴牌とは、もう一手で和了(ホーラ。あがり)の形になったことを言います。あとは、自摸(ツモ)るか、対戦相手の放銃(振り込み)を待つだけです。
したがって、「焦る」「後がない」「余裕がない」という心理状態ではないはずなのに、逆さのニュアンスになっています。ビンメイさんは〈ネガティブな意味で広く使われだしたのは平成も二ケタにに入ってからのようだ〉と書いています。
ネットを見ても、だいたいは同じような解説です。つまり、由来は「聴牌」で、意味が変わった理由として、テンパイしたのでドキドキするからなんて説明さえありました。
いや、まあ、テンパイしちゃったら、欲をこくのがヘボの常、危険牌を引いてきても、テンパイを崩してまで抑える選択肢などなく、「ええい、ままよ」と放銃してしまうことも(わたしの場合は)よくありますから、ドキドキするっちゃするのかもしれませんが、どっちかというとワクワクじゃないですかね。
だから、こういう説明はあまりにも不自然ではありませんか。たしかに、「煮詰まる」という言葉も正反対の意味で2通り通用しています。「議論が煮詰まる」とは、「あと一歩で完成」ぐらいの意味が本来ですが、今では「煮詰まって焦げ付く寸前。にっちもさっちもいかない」の意味で使う人が増えてきたそうです。ま、後者の場合、煮詰まったのは「頭」の中かもしれません。
さて、ここからは裏付けしてない思いつき、おっと仮説です。
「テンパる」とは、「テンションが張る」ではないでしょうか。
テンション(tension)とは、「緊張」「不安」という意味です。
引っ越しの荷物をトラックに積むとき、テンションを張るロープの縛り方である「南京結び」で荷物が動かないように固定したりします。逆に、常に引っ張る力が加わる場合、たとえば船を係留したりするとき、ほどくときに楽なように、テンションを殺してロープが固縛してしまわないようにする「漁師結び」という結び方もあります。そのテンションです。
また、テンションが強く張った状態だと、さらに引っ張られると切れるかもしれないすんでのところ…まさに、テンパった状態ではないですか。
「エンコ」という言葉は、「エンジン故障」の省略「エン故」でした。それと同じような短縮形。そして、どこかの業界で「それじゃテンション張っちゃうよ」→「テンパっちゃうよ」などと使われていたジャーゴン(仲間言葉)が流出したのではないかしらん。あるいは、もうこれ以上テンションを上げられないという意味で「テンションいっぱい」の転化か。SMの緊縛師界隈からの流出だったら面白いな。谷ナオミさんが団鬼六さんに、「センセ、そんな縛り方じゃアタシ、テンパっちゃいますよ」「イヒヒ、それが良いのじゃ」とか。
蛇足。このテンションという言葉は、今は「この音楽、テンション上がる」とか、「KYな奴がいると、テンション下げる」などといった使われ方もされているようです。この場合は、「気分が盛り上がる/下がる」という意味のようですが、英語のtensionにそんなニュアンスはないようです。
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