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理玖はこんな人(だと思う)

【あわせて読みたい:これは短編「愛を犯す人々⑤理玖」の付録です。読むと二度美味しくなる裏設定を、全部載せでお届け。平成が終わろうというのに昭和の名残のなかに生きています、赤い糸かもしれない、可愛いかっこいい理玖のあんまり可愛くない恋愛事情、終の住処、理玖の好きなもの。他】

 さすがにご理解が及んでらっしゃると思いますが、理玖と戸田先輩はフェン、蒼唯、陽菜子の会社のコンサル部の人たちです。もはや、社名を考えるべきではないだろうか。いや、彼らのプライバシーもありますからね、やっぱり、ぼかしておきましょう。

 理玖のいるコンサル部はPG・SE部の下の階で、他社とフロアを半分こしてます。新聞雑誌をはじめとする紙媒体で溢れた作業台や、付箋だらけのホワイトボード、でんと鎮座する法律関係の冊子類、他部署にはないブースタイプの机の設置が特徴。部長の金澤さんは大変厳しい方で、「言え、誰のせいだ!」が口癖。部長デスクの前には今日も誰かが立たされて、大声でお説教されてます。パワハラで忠告を受けました。「お客様に誠意を尽くしてほしい」が二番目の口癖の金澤さん。振り上げかけた拳を、震えながら静かに下ろす毎日は、金澤さんの心臓にはあまりよくなさそうです。戸田先輩も理玖の同意がなければパーペキに(←昭和感の表現)セクハラだっただろうし、コンサル部の人たちはどうも、昭和堅気で湿っぽい。「昭和かw」が口癖のPG部と人たちとは、多少の因縁があるようです。

 そんな部署・コンサル部でいま若手として注目されているのが、三谷理玖くん。駆け出しの頃に比べるとお給料もそれなりに上がり、年の数よりはいただけるようになりました。細かいところで絶対に落とさない、抜け漏れのない調査力が素晴らしい理玖。なにかと戸田先輩に比べられ、「クリエイティビティに欠ける」「根本的な問題に気づけないのが玉に瑕」など、人格否定すれすれの評価を受けながらも、毎日コツコツ頑張っています。理玖の作るパワポはよくまとまってる上に美しいのです。しかしここで課長からの、「ポンチ絵でもいいから、ピカッと光ってグサッと刺さる提案がほしいんだよね。持ってないものを出せって言っても、仕方ないんだけどね」。なにその、理性を見失った感じの擬態語。いったい、何を持ってればいいの、才能?  頑張れ理玖。

 奈那子とは社内恋愛からの結婚ということですが、実は奈那子は高校時代の彼女。大学からはずっと離れてて、データサイエンティスト狙いの奈那子は修士まで行ったので、採用の人から奈那子の名前を聞いた理玖はびっくり。なんで別れちゃったのかって、なんとなくだったんですよね、だからなんとなく復縁するのも早かったんですが、大学時代に、もう切れたつもりでそれぞれの道を歩んでいた二人は、ずっとお互い、奈那子は理玖と、理玖は奈那子と、彼氏・彼女を比べちゃってましたので、復縁を機に婚約、1年間の同棲を経て、結婚に至りました。この婚約と同棲の間にスルッと入り込んだのが戸田先輩というわけですね。今回も、データ系技術者高騰の波に乗って奈那子が転職したのを聞きつけて、奈那子が新しい職場で落ち着くまでの間は特に、二人がギスギスしそうな、そんな隙を感じたのですね戸田先輩は。いやはやさすがは理玖の先輩、この人にも抜け漏れのない調査力があるのですね。

 さてさて私の心のアシスタントの…花野さんに、早速インタビューに言ってもらいましょうか。

花:みなさん。大変です。気持ちを落ち着けて聞いてください。美少年がいます。ちっちゃ!年齢いくつ?身長は?
理:昨日、29になりました。身長、言わなきゃいけない?恥ずかしがって伸びるもんでもないから言いますけど。161。
花:昨日?お、めでとうございます。だよねー身長、私とそんなに変わんないよね。年齢なんか多めに見積もって24くらいにしか見えません。フレッシャーズかと思ったよ。でも…かっこいいね。肌綺麗で、すっと通った鼻筋に、ぱっちり二重でしっかり黒目あって、唇ぽてっとしてつやっとしてて…睫毛なっがい。眉のバランスすごいいいね、キリッとしてるから目元がセクシーに見える。あ、ピアス痕あるんだ…?よくみると体幹、思ったよりがっしりしてます。可愛かっこいいというか。
理:可愛かっこいいというか、最後には結局「ちっちゃい」ですね。はいはい。断っときますけど、俺、見た目よりは全然オスですよ。
花:え、先輩とは…。
理:うーん、だからこそというか。途中まで行っちゃって。習性で。でもよくないなって思ったから、やめたんですよね。踏みとどまったのは後悔してませんけど、優柔不断だったの、迷惑だったなとは思ってますよ。戸田さんは…わかってくれたと思ってます。しばらくは怒ってるかもしれないですけどね、あの人も、あれで気性が荒いから。
花:裸に剥くとこまで行って、よくもそんなこと、さっぱりと言えますね。
理:少し具合見るくらい、いいでしょ。向こうだってこっちの体目当てなんだから。俺もちょっと、強姦されたみたいな気分で、多少は、むしゃくしゃしてるしさ。
花:恋は…?
理:恋…? ですか? あ、先輩と? …俺、恋愛ってよくわかんないんですよね。多分、奈那子のことは本当に好きだって思ってて、でも、それをどう言っていいかはわかりません。先輩には恩義はありますし、性的な魅力も感じますけど、だからってそういう、なんていうかな、好きってわけでもなくて。先輩もわかってるから追わないんだろうし、俺は先輩のそういうところ、昔はいいなって思って。いまは、わかんないです。そういうの全部ひっくるめて、恋愛って呼ぶなら、俺にも恋愛感情は、あるんでしょうね。
花:ふうん。サバサバしてるようで、結構モヤモヤしてるんですね。あと、長々と話すの、ついつい口を挟まずに聴いちゃった、不思議な声してますね? 美少年なのに、セクシーお兄さん声優みたい。混乱します。
理:歌は昔、結構真面目にやってましたからね。つうか、セクシーお兄さんでよくない?俺、結構、モテますし、まあまあセックス好きだし、断然上手なほうですよ。年齢的にもお兄さんだし。
花:声を聞かないと、美少女もできる美少年にしか見えません。そのセクシーと、セクシーお兄さん声優のセクシーが紛らわしくて、混乱します。
理:…。さっきから「美少年」てそれ、さすがにやめようね。ただでさえシリーズでいちばんの後発で、発っていうか発射もできなかったのに、畳み掛けなくてもいいでしょ。
花:オーラルもセックスだと思う。
理:ほらまたそういう。あ、俺じゃなくて先輩が発射ってこと? その意味ではまあ、そうだね、発射というか、噴射? 体に水、溜まってたんでしょ。あーすっきり、って顔してたよ。母乳も、張ってきたとかでだらだら垂らしてたから、吸ってあげたし。
花:げ、下品…!
理:振ったの、あなたですよ。…戸田先輩だって時間割いて俺に会ってんだから、あの人の時間に対して礼儀は必要でしょうが。
花:えー。ほんと、恋愛って感じしなくて、なんか怖い。そんな関係って、ありなんですか?
理:まあ…いいですよ、なんとでも言ってください。今回で俺ひとつ、学んだことあって。これは真面目に聞いて。俺ね、もう、つまんなくていいんですよね。断ったりとか、かえって面倒だからってのもあるけど、つまんないなって思う自分がいて。でも、もう俺、自分にも、奈那子にも、嘘ついたりとかそういうのは、しないんです。しなくていいっていうか。俺が貫いてるのが、俺にとって大事なの。結局、そういうところにまであの人に恩義を感じなきゃいけないのは、癪だけど。
花:うーん…そういえば私、ここのところ、そういう普通の心を見失ってる人ばっかりと会ってたから、ちょっと壊れてたかもしれない。
理:や、俺はそっちが普通だと思いますよ。
花:そっち? どっち? なにがどっちなの。
理:どっちでも。やりたきゃやると思うし、それは普通のことだと思うから、否定しない。ただ、俺はもう、奈那子以外とはやりません。先輩には悪いけど本当、辛かったんですよ。なんで俺、こんなことしてんだろうって思って。家帰ってちょっと頭、寝かしてから、そっか俺、変わったんだ、それに自分で気づいてなかったんだなって。すとんと楽になったんだよねそこで。人間って、変わるんですね。
花:また変わるんじゃないの。
理:その時はその時だよ。それでその時に、変わった自分を受け入れられないと、今回みたいに辛いんでしょうね。それが、俺の学び。
花:結局…。
理:俺、見た目より全然オスですよ。
花:そっかもうしないって、そういうこと….。
理:結婚してからはさすがに自重してたよ。結婚指輪って、威力すげえの。だから、自分の変化に、気づかなかったんです。
花:気づけて、よかった?
理:うん、まあ。大事にしますよ、嫁様を。今だって、満足させられてないわけじゃないと思うけど、俺の気持ちで大事にするの、やっぱり、芯を通すって意味で大事なんですよね。
花:やりたかったら、やるんでしょ。
理:それが普通だよ。でも、俺は違うって思ったし、いまは変わんない自信、ありますよ。それじゃだめ?
花:ううん、だめじゃないと思うけど…すみません、だめじゃないんだよ、でもきっとみんなは…ごめんね、つまんないかもしれない。
理:だからさ、それ禁句。…いいよ、つまんなくて。いいです。俺が見つけたのは、つまんないなんて絶対言えないような、かけがえのない気持ちなんです。

 まじで。そうなんです理玖はちっちゃ可愛い人だったのね。理玖のこの、強がってきゃんきゃん吠えてる感じは、こういうことだったんですね。なるほど。先輩も理玖のコンプレックス刺激するようなこと言わないもんね、そりゃ、気づかないはずですね。なるほどね。

 ただ、このちっちゃ可愛い理玖なんですが…これでまた、結構、なんというか、他に言いようがないのでこう言うしかないんですが、いいモノ持っててですね、それはもう様々な女性、主に経験値の高い年上の女性に喜んでもらい、育ててもらいました。奈那子も、グダグダ付き合ってた当時の彼氏からの電撃的略奪で、今に至ってます。奈那子は奈那子で、大学・新社会人時代は絶対に遊び倒してただろうという理玖の大化けにドキドキしながらも、昔と変わらない、近くにいるだけでホッと一息つけるような、理玖の生真面目で、男気があって優しい、筋の通った感じに安心したんですね。ちなみに、奈那子もちっちゃ可愛い人なので、奈那子と並ぶと雛人形みたいです。かわええ。はい、まごうかたなく可愛らしいです。

 理:可愛いのは奈那子だけでいいですよ。俺はいっぺんでいいから、性格面でのフォローなしに男らしいと言われてみたい。

 体毛薄くて髪もサラサラだもんねえ。別にいいでしょう、オスのフェロモンそんだけ出てれば。戸田先輩みたいに、気づく人は本能的に気づいてますよ…って、あ、もう、他の女性向けには、いらないのか(笑)。奈那子には、理玖はちょっとした贅沢なプレゼントですね。羨ましい。

 そういえばベビーは?

理:焦ってませんといえば嘘になるけど、転職で一旦リセット。奈那子が落ち着いたらまた、話し合います。

 うーん…ほんとはあれでしょ、ガツガツやり込むなり、何かしらトライするなりして、さっさと結果欲しいんだよね理玖は。言わないけど、実は自分の検査は済んでます。様々、奈那子の決心が付いてなくて、いま二人は話さないけど、モヤモヤ抱えてて。で、けれども理玖のそういう、ちゃんと懐の深いところ、奈那子はこの人でよかったなぁ、って思うんだよね。奈那子はいま、新しい職場がゴリゴリの外資系で、考えたくても、生活や家庭に割ける余裕がなくて、うまく考えられないんですね。理玖はそこをちゃんとわかって、いいよ、いまは自分のこと頑張っていいと思う、応援してるし、って言うわけです。人間関係って、難しいですね。

 はい。このように、本篇およびインタビューからうかがい知れることとして、理玖というのはなんとなく複雑な人なんですね。建前ががっつりあって、本音がそれについていくタイプ。結構かっこいいとこあるのに、たぶん、そこらへんのせいで課長にまで、つまんないって言われちゃうんだよなぁ。

理:おいおいおいちょっと待て? 少なくともまだ、言われてません。

 時間の問題です。

 その時にも頑張れ理玖、ですね。男の人って人生で、あと何回か化けるタイミングあるよね。次が仕事方面での大化けで、しかもかなりの好転だったりすると、いいね。頑張って。


 理玖の好きなもの。父親からお下がりでもらったベンツ。むしゃくしゃした夜に愛しのハーレーで走る高速道路。週末に必ず靴を磨いてクローゼットの中を整理する、自分。ネットのティップス&ハックスのチェック。ラズパイと、おっぱい。入社2年目にボーナスで買った自動巻の腕時計をオーバーホールに出しに行く日。の、帰りに決まって食べる、沖縄料理。めきめき上達中のビジネス英会話。地元の国立で集まる、高校の頃の友達との飲み。での、猥談。夏、奈那子の背中を剃ってあげること。隔週木曜参加のITコンサル勉強会で、やっとプレゼンスが上がってきていること。珍しくうっかりした金澤さんをサポートできた時に、金澤さんが小さい声でつぶやく「あ。…!ありがとう…」。接待のあとほろ酔いで帰った夜、ちょっと機嫌を悪くして布団の中で待っている奈那子の、お風呂上がりの匂い。を感じながら、その隣で、スーツのまま仰向けで寝転がっている、短い、静かな時間。奈那子の作る豆腐ハンバーグ、おろしトッピング定食風。奈那子の手の爪の色と形。奈那子から誘ってくる夜に、奈那子を満足させてあげること。奈那子。奈那子のすべてと、奈那子がしてくれることの、すべて。セックスの途中に目が合うと必ず返ってくる、奈那子の、歓びに満ちた、優しい笑顔。



以上です。


本篇は、こちら:

戸田先輩は、ここにいます:


今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。