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人物造形のヒント⑥ 小物づかい

これも忘れがち、物との関わりかたというのは、仕草同様に十人十色。

こんにちは、世界です。

はい。今回は緻密の方向でもう1案件、物語世界における「物」、特に小物の扱いと読まれかたについて、お話ししていきたいと思います。

さて…すでに少しばかり、ぎくっとした書き手さんがいらしたのではと思います…どうぞ、ご自分の物語に立ち戻り、主要人物たちがそれぞれの「物との関わりかた」を持っているか、点検してみてください。

もちろんです、小説は映画でも写真でもありません。すべてを書く必要なんてないし、できません。だから、いまご自分の物語に書かれてある「物」に注目してください。なんなら無生物全部にマーカーしてみてもいい。

どうでしょう…そもそも物がないですか? ただ持っているだけ? 一瞬出てきて消える? せっかく書いているのに、その存在がむしろ、物語世界を単調にしたり、あるいは現実味を奪ったりしていませんか? 書かれている物に、バックストーリーはありますか? ところで、物を持っていない、または物に触れていない人は、現実世界にいますか? 物が突然現れて突然消失する世界は、正常な世界でしょうか…?

奥が深いんですよ。あなたはいま、「物」の世界に足を踏み入れてしまいました。

いったん…ご自分の物語は置いておいていただいて(ええ、この記事は読み物ですのでいつでも読めますが、あなたのインスピレーションはいつでもあるわけではない。ムズムズするようであれば確認・点検・改修後に、お戻りください!)、前振りも終わったところで毎回のように、物語において「物」にできることとは、と、考えていきましょう。では…。

登場人物が、マフラーを巻きました。

書き手の苦悩が透けて見えます。「エルメスの」マフラーにしようか? それとも「駅ナカで売ってそうな」? いや、厚みや色柄や、そうだ、使い込み感の方が大事だな、真冬だって、わかるように…ああ、雪が溶けてちらちら濡れている感じは…? 部屋が寒いからじゃない、もう帰るという意味だ…ということは、一緒に鞄や手袋も持たせる? それって、黒革の手袋、みたいに書かないと想像つきづらいのかな? というか、ここらへんはあんまり詳しく書く必要はない。立ち去る部分はどれくらい書いたものか? もういいや、そのままぶつっと切る感じで、次の場面で「帰ると」から始めればいいか…。

な、悩ましいぃぃぃぃ…!

しかもね、いま私ってば、「立ち去るところだ」ってうっかり、決めたじゃないですか、ではカフェ・居酒屋なんかで、店を出る人がマフラーを巻く、アウターを着る、ケータイをチェックする、鞄を持つ、財布を出すなどのタイミングを観察してみましょう。

大変、バラバラです(困)…!

というわけで、結論から言うと、たぶんこだわりすぎないほうがいいです。こだわりすぎるとこのように、コケます。(そういうムカデの話が、日本にはありますね…?)なんといっても小物ですし、全体の描写とのバランス感も大事。だからあんまり考えないで書いて、煩ければ削除、いい感じなら昇格、くらいのほうが、いいかもしれません。

今回は、Details matter.…昇格した場合の、焦点の当て方について書いていることになります。匙加減のほうは書き手さんそれぞれだと思いますので、どうぞ今回のこれをヒントに、ご自分のピンとくるところに落とし込んでくださいね。

はい。次第に明らかにしていきますが、書き手が物を追いすぎると読み手の頭をオーバーフローさせてしまうため、ご注意ください。物語世界の無生物名詞の数は選りすぐられているにしても膨大ですし、物語の力学における物の効果の守備範囲は非常に広い。書き手よりずっと集中力のない読み手には、物に溢れた物語というのは実は、ガラクタ屋敷。(とはいえおうち同様、ミニマリストが必ずしも正解ではないのもまた、悩ましいんですが…。)ので、一般的には、たまにでいいんです、たまに物が味わい深い存在感を持つことで、読み手の気を引き、読み応えが生じると、私は思っています。

私はこれを書きながら、物と人物の関係は深い、と私が叫ぶこと自体に目新しさはないだろうと自覚しています。この記事が私のお話に同じく徹頭徹尾、新奇性より深度において、皆さまの目に新しいと信じて…以下、どう関係が深いかということについて、深々と書いていこうと思います。

では…私たちは人を見る時に、その人の物の扱いかたをさりげなく観察しているものです。(余談ですが…美男美女だけは別です。彼らは彼ら自身に視線を集めてしまうため、大抵の人は彼らを物品で評価せず、物品を彼らの美しさに免じて再評価する傾向にあります。彼ららしい物の扱いかたまで気が回るようになるのは、彼らに会ってから少し、先のことになるでしょうね…。)

例えば、ランドセルのなかから芸術的なほど見事なジャバラ折りのプリントが(しかも2ヶ月前の宿題プリント)…という男の子にめちゃくちゃ愛嬌があると、こりゃあ私の好みでして、…さて、こういう一面の切り取りこそが、しかし付き合うのは嫌かなぁ。とりあえず手紙は出さないでおこう。そっか、ちゃんと締め切りになったら一緒にプリント探してあげなきゃな。みたいな、私の人物造形まわりの有用な雑念(煩悩?)の源だったりします。

そう、小物周りいうのは、人の癖がすごく出せるところなんですね。登場人物の性格を提示するばかりでなく、その無意識を炙り出すにはとっても便利なツールなんです。エンタメ視座からはやりすぎ・わかりやすすぎ注意なのですが、しかし使いたい時の便利のために、ぜひ物語世界での仕組みと働きは理解しておきましょう。人物の性格面での造形が弱くてお困りのかたは特に、練習してみてくださいね。小物のいいところは、魔法の杖級に意味がない限り、練習してみてからまるっと削除しても、それほど精神的苦痛のない部類に入ること。「当たり」の時だけとっとけばいいのです。

練習方法は…?

せっかくマフラーを巻く例で多少具体性が出ているので、そのままこのマフラーを、書き手の道具箱の目線から追ってみましょう。

この場面のマフラーにはどんな役割を果たせそうか考えてみると:

雰囲気作り…季節感は言うまでもなく、ほんのり述べたように雪が溶けたなどのディテールで温度感が出ますし、色柄に全体のモチーフを紛れ込ませるのもいい。マフラー男子マフラー女子のあのまふまふした感じが好きな人には、描写自体がたまらないですね。スーツにビジネス用のマフラーだとか、秘密を持っている人物が何かから隠れるみたいに巻いてるとかで、抱き合わせで全体感を出して、話の緊張感に繋げることもできる。ディテールを書き込むと、マフラーを見る人物の視線の細やかさにはっとさせることもできるし、その「はっ」によって読み手に人物の目線を信用させることもできますね(無論、逆もまたしかりです)。ちなみに、私はくるっと巻いたマフラーに抑えられて、絶妙にふわっとはみ出している美しい女性のこれまた美しい髪が大好きです(すみません、後半ただの趣味…)。

時間の圧縮と飛躍…物にバックストーリーを持たせると、物語的現在以外の時系列を作ることができます。高校生の時に使っていたマフラーだと過去の話ができますし、プレゼントにするなら未来の話ができる。いない人の現在についても語れますね。物語が短いけど時間を詰め込みたい時には、物の話を入れましょう。ただしやるには比較的、覚悟が必要。第一には単純に、読者の視線がうろついて鈍くなってしまいますし、他にも、物語現在以外の時間を紙面を犠牲にせずに描くには、推敲の努力も必要になります。この決意なしに放り込むと、徒然すぎるブログみたいに、ダラーっとしてしまいますから、お気をつけて…。

物語に対して効力がある…さっきの例ではマフラーを巻くこと自体を帰る意志の暗黙的提示にしてみましたが、マフラーを忘れる、貸す、落とす、引っかける、マフラーのせいで、あるいはおかげで、起こることはたくさんあります。物を出すと、平板なお話でもこれを起点にしたイベントを組めます。核にしてもいいでしょう…私のお話では「大人の領分②晴人」、梨恵のピアスとそれに対する二人のスタンスとか日頃の接しかたとか当日の行動が、平静を装う二人のどうしようもなくすれ違う気持ちを完全に言外に示す、という結構な核ぶりで、これね、読み手の目には日常的な物品というところがまた、読み手をコンニチワールドにこっそり招き入れるという、いい具合(…に、なっていることを、願っています…)。

登場人物を説明する…説明と言ってもはっきりと説明しなくていいですが、例えば自分で編んだとか…あ、麻縄を使える人で恋人が首を絞められたいと思ってドキドキ見つめてるとか。織機メーカー勤務で新作だとか。その人がそれを持っているからこそ見えるその人の姿というのもあります。

登場人物の象徴…いわゆるトレードマークですね。冬場はいつもマフラー巻いてるとか、巻きかたが特殊で後ろ姿でもすぐわかるとか、あるいは象徴群の形成の一部をなしている場合も考えられます。極度の寒がりだとか、柄がほかの持ち物と同じとか、やっぱりマフラーも高級品だとか。あるいはお守り系ね。別れた恋人の忘れ物…?

ふぅ。

このように、マフラー1本で書き手の頭はキメキメにトリップしてしまうのですが、ここで思い出しましょう。そこからいかに「読ませる」部分を掬いとるかがやはり、書き手の課題。ですね。の、はずですね。

書き手に使える様々の機能があるということを確認できたところで、読み手の目線を意識した「物」の役割について、考えてみましょうか。

先ほど、意地悪な問いかけの形で、現実世界における物の様相について触れました、人には必ず何かしらの所有物があるでしょうし、物というのは物理的根拠なしに急に現れたり消えたりしない。家で鍵が見つからなかった経験は? 絶対に家にある。逆に、誰のものか判らないけれども、ここに鍵があるとすれば、それは一般的には、それが挿さるはずのドアがあるということです。物語における物というのは、時間の抜けのなさや他の物の実在を示す存在なのですね。

物には、世界の連続性を保つ効果がある。

これは覚えておきましょう。ですので、「物がある」と、読み手はその存在を支える何かを探します。探してしまうと言ってもいいかもしれません。

手袋が片方、ホームに落ちている。

日常ではよく見かけますが、これを小説でやると、読み手はその文字列の存在理由を探すわけです。何かの比喩だったとしても、物があるというのは他の何かがあるよというサイン。「手袋片方」を書き手が書いてみたかっただけで理由なくやるとか、こっちの方が深刻ですが伏線のつもりでさらっと書いて、忘れた頃にあの手袋、などとやると、読み手はイラッとしますからね、どうぞ読み手へのおもてなしの心を、忘れないでください!

と、いう次第ですので、当然、その存在が暗に示されれば、読み手はそれを探してしまう。郵便ポストの前で鞄を漁っている…封筒か葉書がないんです。ここで鉈が出てきたり、鞄を漁っているのではなくて鞄を抱きしめて号泣してたりするような意外性は、要るときと要らない時がある。読み手が息切れしがちな話は魅力的な人物の安定感(ヒント②)の記事でもしましたが、何も、書き手はいつも異常なことばかり書く必要はない。物というのは書き手から読み手に、「ここは異常がない世界である」ということを知らせるためにも使えるんですね。

物には、世界の連続性を保つ効果がある…ええ、これを逆手に取ることも考えましょう。

物は物語の変化を告げる使者にもなれるんですね、蝶番に挟んで出たはずの紙がない…が代表的ですが、疲れ切った関係のカップルが新しいフライパンを買ったところだとかで「やり直したい」気持ちの発生を暗示したり…物は基本的に自分で動かないので、増える、なくなる、変わる、変わらないがバリエーションですが、ここに注目させることで、読み手の気分を変えたり、姦しく心情を書き立てたりせずに済んだりが可能になるわけです。

人間と物に互換性があるのは、物語ならではですね…人がいっぱいいて、台詞もいっぱい…うるさい? 物に何かさせましょう。物は話しません。人が欲しい? 物が何かしてないか探して、その効果を持つ人物を作ってみましょう。いつも同じ場所に座っている子どもがいる…などは小物に近いです。と、いうことは…そう、先ほどマフラーで演習したような効果を意識すると、この人物は人外の不思議な働きをしてくれます。

いかがでしたでしょうか…奥深い物の世界に親しむと、物語の滋味も増します。書き手の皆さんの物語が、よりいっそう素敵になりますように!

今日のポイント:
小物づかい。は、魔法使い。

次回までの宿題:
物語における感動とはどのような仕組みで生まれるのでしょうか? 自分が感動を覚えた場面を書き出し、その共通点を探ってみてください。冷静に、構造を考察してみてください。それは、あなたの手でも再現可能でしょうか? だとすればあなたは、どのように物語を書き進めればよいでしょうか? →答えがある宿題ではありません。これは「きっかけ」という、私なりの感謝の表現形(のつもり)です。ひらめきがあったらぜひ、教えてください!

今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。