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詢という人(の、素描)

【あわせて読みたい:これは短篇『大人の領分③薫』の付録です。なにやら複雑な事情を感じさせるこの人に、さまざまな角度から光をあてるこころみ。恐いの?優しいの?、放蕩息子の帰還、結構乙女ちゃんです、槙野くんという人のごく簡単な素描、大人な詢の、こどもの国。ほか】

詢は、その強烈な外見と凶暴な性質に反して、性格は大変、物静かでシャイな人。超絶オスな部分があって、激しい破壊衝動がある一方で、なにかを育むことを大事にする部分があり、繊細なものをとても愛している、ちょっと複雑な人です。この辺、やはり3つ下の弟、敦と兄弟なんだなというか、自分の破壊衝動と闘いながら、努めて静かに、優しく生きようとした結果、そっくりなんだけど全然違う二人に仕上がったということでしょうか。

薫との出会いについては薫の素描でも触れましたが、ぞっこん惚れ合う二人にとって、性という高すぎる障壁は、なかなか乗り越えられないとても困難なものになりました。二人とも、したいんですよ、すごく。好きだから。でも、薫は薫で怯えきってますし、詢は詢で女性に対してセックスしたいなんて、いままで一度も考えたことがないわけですね。さすがにどこになにを入れれば成立するかくらいはわかってますよ、経験もないわけじゃない、けど、彼女たちは薫じゃなかったから、ただ結構物理的に、体を貸してあげるだけだった。薫は彼女たちとは全然違う。好きなんです。すごく。セックスしたいほど。そしてここは、ご存知ないとなかなか難しいところなんですが、したいんですけど、ちゃんとできないんです。なぜなら、本来、性的な対象じゃないから。「でも」、性的な欲求はあるんです。好きだから。詢はたまに溢れちゃって薫をめちゃくちゃにしちゃう日がある。本当はそんなことはしたくない。だからむしろ薫とセックスしたくないんです、自分の衝動が、辛いから。薫もたまのセックスで、詢が求めてくれるのが嬉しいから応じるんですが、その日はその後、ひりひりするなあと思ったらちょっと出血しちゃってるのに気づいたりして、悲しい思いをしてることを、一度たりとも詢には話してないです。詢は薫を大事に守ってあげたいし、いつも笑顔でいてほしい。猛獣にじゃれつかれて大怪我しちゃう飼育員もいる中で、詢は薫を本当に、苦しみの中で優しく愛そうと努めていますし、薫はそんな詢に、ちゃんと気づいています。

薫がお日様のあたるベランダで洗濯物を干しながら、向こうから微笑みかけてるのを、部屋の中からみてたりするときの詢の頭の中はこんな感じです:

右側に、「突き落としたい」。

左側に、「絞め殺したい」。

真ん中に、「そのシーツごと、優しく包み込みたい」。

で、この真ん中の衝動を半ば理性で選び続けた結果、歪んで溜まった何かが手に負えなくなり、敦が嬉しげにに電話に出る、シチュエーションがやってくると。いうわけですね。

敦と詢は、中学生から別々の世界に生きてきた仲。小学校時点でクラスに馴染めずに、中学から進学校を選択、そのまま東京の大学に合格、上京することにした敦に対して、受験勉強なんかは一切しないで、勉強はそこそこ、スポーツは抜群だけど手抜きしてそこそこ、そして、こそこそ自分の性的な部分に悩みながら(まだネットもおっそーいんです。ケータイはまさに携帯できる電話でしかなく、ビデオは物体を指し、もちろん、ダウンロードなんてできようはずもありません。あるのはただ、自分の性だけです)鳴かず飛ばずで地方の調理師専門学校に進学、一気に才能が開花して、料理の世界にのめり込んだ詢。想像がつく限りの様々な形の愛をお師匠様に注がれ、紹介状つきでフランスへ修行に行き、帰ってきた頃の詢は日本に知人友人がいない状態。家賃、高!物価、高!服、高!飽食の都・東京で就職することにしたものの、二年の間、敦とルームシェアして過ごしました。敦のカミングアウトと詢のカミングアウトがあったのも、この時期。ただし敦は青春を謳歌してまして、一方、詢はフランスで恋に落ちた日本人男性との遠恋がうまくいかず泣きくらす日々。ある日のこと、ベッドで寝てる詢の隣に敦が寝転がりました。二人ともおっきいですからね、せっまいなあ。

ふと、俺さ、もう人のこと好きになるのやだ…と泣き言を言う詢。ああ俺も、そういうこと考えてる日あるよ。今日とかね。とため息をつく敦。二人はそのまま、並んで眠りに落ちていきました。朝になって詢が目を覚ますと、敦が腕枕してくれてた。

色々な要素が、詢という人を複雑にしているんですが、最たる部分は性的なところなのでしょうね。薫に対して顔をのぞかせる、その凶暴な部分というのは、実は詢にとっても、自分の中の知らなかった部分。男性相手の時と女性相手の時とで愛情の形がこんなに違うことに、詢自身も驚き、どうしていいかわからないまま、いままで来てしまってます。それに…そうなんです、「やっぱり」女が好きなんだ、って思われるの、すごく辛いです。薫が好きで、薫が女性だからこそこんなに苦しんでるのに、今までつるんでた友人知人から、なんとなく失望したような、一線を引かれた「部外者」みたいになって、悩みを相談するどころじゃない。詢は一夜限りとか体だけの関係って、苦手なんですね、そういうの自分には楽しくないって自覚済みで、だからまあモテますからね、理解のある恋人を作ろうと思えば作れるかもしれないけど、薫のことがこんなに好きなのに、どうして恋ができるでしょう?
そういうの全部を、敦が受け止めて、話に乗り、時には詢にも乗ってますがこれは二人の間のことなので、あまり深く掘り起こさないでおきましょうか。膝枕してもらうだけの時もあるし、もうしばらくいいやってくらいやり尽くす時もあります。そして敦にそういう意味で会ったあとの詢というのは、薫のことを好きでいる自分に、なぜかものすごく肯定的になれるんですね。薫の素描でも少し触れたくだりになりますが、詢は薫に会う前から、失恋のたびに敦に慰めてもらってたりはしてて、敦は、それはもう喜んで慰めてました。詢が誰かに恋するたびに、失恋すればいいのに、と思って過ごしてたんですが、詢がとうとう薫を愛するようになり、それもどうも尋常じゃない切実さのようで、敦は内心、すごく焦ると同時に、そんな話を申し訳なさそうに切り出す詢を見て、ついにマウントをとった、とも思ったわけですね。下剋上の瞬間です。敦は詢を応援することにしました。敦なりの方法、敦なりの立ち位置でです。この敦が薫のことまで大好きになるに至っていっそう、三人の運命の糸は絡まり、絡まり、ついにもつれ、とうとう、どの糸を切ってもズタズタになるばかりで一向に解けないから諦めるしかない状態になってしまったんですが、別にもつれたって困んないなら、もつれてるくらいがいいのかも、しれませんね。

はい。というわけで、敦の「詢の全部を受け止めてもらおうと思うから、辛いんじゃない? 詢は薫さんの幸せが大切なんでしょ。全部薫さんにぶつけて、全部受け入れられたいなんて、それは詢のわがままだし、もっというと、暴力だよ」という一言が実のところ、遠くから放たれた決定打ではあったんですが、互いに探り探り、ゆっくりと近づいてやっと肌を重ねるまでになり、ようやく薫に根元まで入って抱きしめられるようになった翌日、詢は売り子のお姉さんに、こんな人がこんな真剣にこんな商品選ぶなんて羨ましすぎる…ずっとここで選んでて…♡とハートマークを飛ばされながら、キラキラの婚約指輪を選び、実はほんのちょっとだけ敦から借りた分が混ざってるお札の束を、勘定皿の上に置いたのでした。

あ、言いそびれてました。槙野くんも背が高いんですよね。ひょろっと系ですが。ですので、下戸の敦が運転する車でみんなで海に行ったりするのに、槙野くんが助手席で詢が後ろ中央なんかだと(←「薫の隣は俺」的心理)なんか車内への光が少なく、狭くて暗くて息苦しいです。槙野くんが厨房にはあんまりいないでホールをウロウロしてるのもまあ、狭いからでしょうかね。

槙:仕事が好きだからですよ〜。

ね。選んであげたワイン、飲んでもらうの見るのが好きなんだよね。プラス、槙野くんはソムリエの看板で雇われて、ソムリエ需要の薄い昼間のあいだはワイン販売店で働いてますが、年収の3分の1が楽曲提供による収入という、実はセミプロの作曲家さんなんですね。夜のレストランでカップルたちが繰り出すさまざまな人間模様は、彼にとってワイン同様に味わい深く香り高いもの。お店に流れる、しっとりしててスロー、ちょっとポップでメロウなジャズは槙野くんが選んでまして、暇な時はメロディー考えてます。お酒はとっても好きですが、20代最後に急アルで救急搬送される羽目になってからは、あんまり飲むと肝臓痛いんで、と言ってあんまり飲みません。

槙:カッコいいとこ紹介してくださいよ。キワモノ枠だけど雑誌のスナップショットに撮られて職業 ソムリエって載ったとか。

なるの、大変だったもんねえ。偉い偉い。でも、作曲家って言わなかったんだね。

槙:知らないって言われたらさみしいし、知ってるって言われたら恥ずかしいんでね。

ふーん。

槙:あれ、詢さんの話って言われて来てますけど。

それねー。なんかもう、胸いっぱいお腹いっぱいですので、槙野くんの紹介ができただけでもう、いいかな。スタンバイしてくれてた柏木くんには悪いけど、一回おやすみということで。

とはいえせっかくなので、詢という人について一言。

槙:一言なら簡単ですよ。かっこいいっす。

じゃあ二言め。

槙:薫さんがすっごい雰囲気ある人なので、ラブラブなの見るとお姫様とナイトみたいで更にテンションあがりますね。かっこいいわー。

最後、三言め。

槙:ほら、敦さんも魔法使いっぽくてかっこいいんですよね。俺はあの三人が並んでるの見るの、魔法の国にいるみたいな気分になれるんで、大好きです。

なるほどねぇ。



大人な詢の、こどもの国。商店街のアイドルな自分を、実はちょっと気に入ってること。気心の知れた友達と行くフットサル。の後の飲みで、あー早く帰って薫に会いたい、という考えがよぎる自分に、なんとなく安心すること。昔、ゴムをつけ慣れない薫が引っ掻いちゃって残ってる、裏筋の傷痕。三浦に持ってる自家農園の片隅で不意に見かける、前夜の雨粒できらめく蜘蛛の巣。を見ていて浮かぶ、薫はまだ寝てるのかな、それとも本読んでるのかな、置いてきた昼飯ちゃんとチンできてるかな、などの、とりとめのない考え。薫が締め切りに追われて部屋にカンヅメになり、励ましつつもなんだか拗ねた気持ちになり、しかしながらベッドが広いから久々に大の字になって伸び伸び寝る、静かな夜。が明けた頃、隣にちょこんと眠っている薫を見つけ、布団をかけ直してあげて、まつげを触ると薫がぴくりと動くのを、会えてよかったな、って眺めていたら、幸せで、涙が出てきて、もう一度、ああ、会えてよかったな、と、思う、朝。


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今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。