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智史という人(の、素描)

【あわせて読みたい:これは短篇『大人の領分①茅瀬』の付録です。なにやら複雑な事情を感じさせるこの人に、さまざまな角度から光をあてるこころみ。あれよあれよで継続中・人生ゲーム、真紀との結婚、柏木くんの使い方を模索しています、経験と冷静が情熱の火加減をつきっきりで見ています、大人な智史の、こどもの国。ほか】

 智史もアラフォー。外見は、落ち着いたお洒落ミドル、にしては、あれ?よく見るとまあまあ若いなぁ。という感じですので、ギリ40手前かと思いましたが、計算してみると絶対に40過ぎてますから、やはり身なりと中身と年齢は合致してる様子。体が若いのかな。そんな感じの人です。今となっては人畜無害そうだけど、工業高校からドイツに留学してはっちゃけた性生活を送って帰国したり、父親の葬儀にお妾さん?が現れてそこで異母兄に初めて会ったり、事業承継まもなく民再入りかけたり、採用した人が新型鬱になって失踪したのを奄美大島まで迎えに行って説得して帰ってきてその人が今の会社の常務になるまで頑張ってくれていたり、留学の関係もあって少し遅れて行った大学時代の彼女が自分の次に恋人として選んだ女性・真紀さんと新しい事業を始め、その真紀さんが元カノと別れてしまった後も真紀さんとは仕事を続けて、先日マザーズ上場までこじつけていたりと、なにかと波風のある人生を送ってきてます。なんかこの、人間色々人生色々あって、現在形でも色々あるんだよ感が、大人ですねぇ。色を使いすぎて色の字がゲシュタルト崩壊してきました。はい。総じて、色っぽい人なんでしょうね。

 そんなイベント盛り盛りの智史の人生において転換点はやはり真紀との出会い。製造業からの業容拡大に成功したのも、真紀が小さく始めて大きく育ててくれたデザイン事業部のおかげ。設計図を引いたり電卓を叩いたりするのが好きな智史の、きめ細やかで繊細で美しさに妥協しない視点を活かしつつ、真紀は持ち前の社交性と人脈と企画力で、智史の製作所を、「誠意だけが頼みの綱」と形容するしかない零細町工場企業から、海の見えるSOHO拠点も持つ総合プロダクトカンパニーに育て上げました。

 ちなみにこの真紀さん、ゲイでもなければヘテロでもバイでもない、「a」と言われる分類に入る人。お付き合いするためにセックスしなければならないのが、真紀にはとても苦痛で仕方ないんですね。真紀にとってのセックスは、トースターでご飯を炊くくらいの機能的齟齬を含む事象です。智史には元カノとの別れの時点で事情を話していて、智史も、自分に欲情してない人には自分から欲情しないタイプなため、彼らは性的にフラットなまま、人生だけを深めていくことに。

 智史の家は二世帯住宅だったんですが、会社を真紀との共同名義にするにあたり、智史は母親を自分のセクションに引き取り、両親が住んでいたスペースを真紀の居宅として提供。母親の再婚に伴い、一つ屋根の下で水入らずになりました。会社もやっと、方向性が決まり、これから盛り立てていこうという機運に恵まれた頃、智史は当時おつきあいのあった美波さんとの結婚を考え始めます。問題は、結婚の理由が「みーが30で、結婚すべきだと思うから」というものだった点。美波も、小さいとはいえ上昇気流に乗り始めてるらしいお洒落な会社の社長さんですから、逃したくありません。智史も「嫌いじゃない」。なんかちがうと思うんだけど、そんなものなのかなと思いました。愛そうと思えば誰のことだって愛せるというのが智史の基本スタンス。ただし、これは智史が自分で思ってるだけで、本当のところ、心も体も与え切って愛し合える人をずっと求めていて、更に、残念ながら、愛を受けるにも容量があるんですね、美波は、智史の愛を受けきるには、器が小さかった。

 モヤモヤを抱えたまま、プロポーズの計画を真紀に話した智史。近々、結納や結婚式、新婚旅行なんかで少し迷惑をかけるかもしれない旨、幸い二世帯住宅だし、理解のある女性だからこのまま住もうと思うけれども、真紀がもし、不都合を感じるようなら、会社の家賃補助にして近くのマンションに住んでももちろんいいだろう、という旨を、智史はおずおずと告げました。

 真紀は、おめでとうと言ったきり、黙り込んでしまいます。

 突然のことでは、なかったつもりだけれど…と、智史は俯きました。

 真紀は、ううんおめでとう、違うの、やっぱりね、自分のことのように嬉しいんだけど…お祝い、したいんだけど…笑顔でお祝い、したいんだけどね、…大好き、だから、寂しくて…と、涙を人差し指でそっとおさえながら、呟きました。

 智史はハグ自体は初めてでないにせよ、仕事上の喜び共有以外の理由では初めて、真紀を抱きしめました。無言で。相変わらず、お互い何にも、湧いてこない。でも、それがどうしたというのでしょう。その夜、智史は美波に渡すつもりで買っていた婚約指輪を、本当は君のものだったんだと思う、と、真紀に渡したのでした。

 さて、私の心のアシスタントの…柏木くんですが、もしかしたら調査の方が向いているのかもしれないと思い、フリーパスを渡して智史について調べてきてもらいました。

柏:どうも柏木です。フリーパスすごいっすね。僕、感動しました。

 ベッドにまで覗きに行っちゃったんでしょう。ちょっと、閲覧権限管理に問題があるなぁ。

柏:勉強になりましたが、真似はできないなと思いました。濃すぎます。

 悪くないと思うけど。柏木くんはあれでしょ、オナニーみたいなセックスしかできないもんね。

柏:まあ、自慰よりもしっかり射精できるかな、くらいの気持ち良さしかないですね。相手が感じてんのかどうかも、正直、わかんないけど、気にしてわかるもんでもないんで、仕方ないと思ってますね。

 うーん、それ、あんまり話すと株が下がるよ。

柏:そっすね。やめときます。…智史さんについてですが、朝5時半起床、天候やニュースなどをチェック、仕事の算段や鞄の準備、6時半から朝食を作り、6時起床で身支度を終えている真紀さんを呼びに行き、仕事の話をしながら一緒に朝食。真紀さんが食洗機をかけている間に智史さんが身支度、新聞を読むなど少しのフリータイムののち、7時半に一緒に家を出て、出勤。会社は9:30からが基本就業時間。夕飯は別々に取ることが多い。晩酌…智史さんは海鮮居酒屋が御用達で、真紀さんはワインバルの常連です。洗濯、入浴も別々。遅く帰ってきた方が相手の寝室におやすみを言いに行き、明日の仕事の話をして、別々に就寝というスタイルが基本です。

 茅瀬は?

柏:すごい、雰囲気ある人ですよね。僕、すぐ見つけられるようになりました。茅瀬さんの周りってなぜか、空気が綺麗なような、ワントーン明るいような感じがするんですよね。

 あ、いや、それはそれで興味深いけどね。智史の茅瀬との関係はということね。

柏:あ、そっちっすね。はい。茅瀬さんの方が過密スケジュール気味で、なかなか会えないみたいですね。土日か、茅瀬さんが有給合わせたりして月1は、ゆっくり会う時間を作ってますが、それ以外では食事だけとかお茶だけとかセックスだけとか、合算でやっとフルコースのデート1回分くらいしか会えてないみたいです。 そうそう、あと、恋愛に関する以外の会話、知らない横文字と長い漢熟語ばっかりで、僕には理解できませんでした。

 ふーん。案外、あっさりしてるんですね。

柏:こってり特盛の溺愛メールに目を通して、あんな濃いエッチ見学して、会話は会話で全体に徳が高くてスケール大きいし、僕はもう、完全に胃もたれ気味ですけどね。

 なるほど、二人なりに釣り合いがあるんだね。

柏:まあそんなところなんですかね。あと、たしかに逆はまあ、ないだろうとは思われますが、茅瀬さんの家に智史さんが行く様子も見られませんでした。メールも頻度詰まってくると、どっちかが必ず一日以上、間空けたりしてますね。真紀さんとの関係もどうにも解せないし、茅瀬さんとの関係にしても、情熱的な癖に、冷静にバランス取り合ってるらしいのが、僕にはちょっと、怖いです。

 柏木くん、君…。

 いえ、いいね、若さだね。


 大人な智史の、こどもの国。1回目のセックスが終わったあとの小休憩でアルフォートを食べた茅瀬から、バターとチョコレートの匂いがして、「食べちゃいたい…!」と思うとき。メールで送る「ぎゅー♡」に返される、茅瀬からの「ぎゅーー♡♡」。いつ間にか、デートのお土産に渡すためだけに1個300円のマカロンを箱買いできるようになってること、に、気づいたりするときに抱く、なんだか死期が近づいてるような印象。従弟の家に挨拶に行った時、従弟の4歳の子どもに読んであげて、ラスト6ページ、泣いちゃって読めなかった『100万回生きたねこ』。若い男の子に「尊敬します」と言われる時。ランチでたまにありつける、限定5食の唐揚げ定食。正常位から身を起こして、茅瀬と両手をしっかりつないで茅瀬を突き上げる時の、茅瀬の涙声と、それを緩めたときに放心している茅瀬のおっぱいを、茅瀬の両腕で寄せて、ものすごく愛おしい気持ちになること。はっと気づくと茅瀬のことばかり考えてる、けど、考えれば考えるほど茅瀬のこと全然知らないんだよなって思って寂しくなるものの、知らないくらいがちょうどいいんだろうな、と内心、自分の狡さを責める、今日このごろ。


以上です。


本篇は、こちら:

茅瀬は、ここに:


今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。