サザンオールスターズ『茅ヶ崎ライブ2023』
サザンオールスターズが9月27日から10月1日までの計4日間にかけて、神奈川県茅ヶ崎市公園野球場にて『茅ヶ崎ライブ2023』を開催した。
茅ヶ崎市といえば、言うまでもなくサザンオールスターズのフロントマン、桑田佳祐の出身地であり、このライブは凱旋公演となる。一方で茅ヶ崎市といえば、サザンオールスターズの数々の楽曲の舞台として親しまれてきたのはもちろん、茅ヶ崎駅の発車メロディとして『希望の轍』が採用されているなど、サザンオールスターズ、そしてそのファンにとって単なる地元以上の意味がある場所だ。
サザンオールスターズはこれまでに2度、茅ヶ崎での凱旋公演を行なっている。2000年に開催された初回の茅ヶ崎ライブは桑田の茅ヶ崎でのライブ開催を熱望する発言をきっかけに市内で署名活動が実施。サザン史上最大のヒットとなった『TSUNAMI』リリース直後というタイミングも相まって、ライブの開催はワイドショーなどを通して社会現象となった。その後本ライブは一部楽曲を除いて映像作品化されることなく、またサザンにとって最後のオリジナルメンバーでのライブ開催ということもあり、ファンの間で伝説のライブとして語り継がれている。
あれから23年。移ろいゆく混沌の時代の中をサザンオールスターズは走り続けてきた。そしてデビュー45周年となる今年、三度サザンオールスターズは茅ヶ崎の地で音を鳴らす。
ライブ当日のお昼前。茅ヶ崎駅に降り立つと茅ヶ崎駅東海道線ホームの発車メロディである『希望の轍』が我々を出迎えるかのように鳴り響いていた。サザンオールスターズのファンになってかれこれ17年。無論、茅ヶ崎の地には何度となく訪れてきたが、今日ばかりはこれまでとは全く異なる緊張感を抱きながら会場へと足を進める。茅ヶ崎駅前や会場までの道すがらにある緑地、会場傍のサザンビーチではこの日に合わせてイベントが開催。街中を歩けばそこかしこから桑田佳祐の声が聞こえてくる。何気なく入店したコンビニのBGMもサザン。街を挙げて音楽フェスが開催されているような不思議な気持ちになりながら会場へ向かう。
17時。茅ヶ崎の大先輩である加山雄三の『君といつまでも』と共にサザンメンバーがオンステージ。桑田佳祐の胸元にはThe Beatlesの文字。洋楽と歌謡曲を織り交ぜることで日本の音楽シーンを席巻した桑田佳祐の音楽性が現れた登場であると共に、加山雄三にもThe Beatlesにもなりたかった桑田佳祐の精神性も同時に現れていた。汽車ごっこのようなキュートで仲睦まじい姿で登場したメンバーにお帰りなさいと言わんばかりの花火が打ち上がると、ポップで軽快なバンドサウンドが茅ヶ崎公園野球場から大空へと響いていく。サザン5枚目のシングル『C調言葉に御用心』から3度目の茅ヶ崎ライブは幕を開けた。
さりげなくもセクシーな歌詞とキャッチーなメロディは海辺のこの会場で聞くのにはうってつけ。リリースから44年が経過した曲ながら、そのサウンドは未だに新鮮さを帯びて我々の胸を締め付けて離さない。
跳ねるようなピアノのブギウギ・サウンドとホーンセクションが鳴り響く『女呼んでブギ』。2023年の今聞くと、いやもしかしなくても恐らくは当時から思わず眉をひそめてしまうような歌詞だが、桑田佳祐もそのことはきっとわかりきっているのだろう。45周年ありがとう!という気持ちを込めた、いわばファンサービス的な選曲。帰ってきたよ、と桑田が歌詞の一部を変えるとオーディエンスのテンションもグッと高まる。
桜田淳子『わたしの青い鳥』を引用するサザン流コールアンドレスポンスがしっかり決まったMCでは、桑田による「目立ちたがり屋の芸人です」という言葉が印象的。このセリフは他でもない45年前、サザンオールスターズが『勝手にシンドバッド』でデビューした当時、出演した『ザ・ベストテン』で黒柳徹子とのやり取りの際に桑田自身が放ったセリフだ。後年、桑田はこのセリフを当時のテレビマンに言わされたものだと語っていたが、この45年を経て放つこのセリフは重みが違う。新進気鋭のコミックバンドとして売り出されていた当時はいざ知らず、今やサザンオールスターズが目立ちたがり屋の芸人ではなく、45年間市井の人々に寄り添い続けた唯一無二のポップバンドであることは今や国民全員が知るところだ。にも関わらず桑田がこの言葉を引用したのは、他でもない桑田自身のモテ続けたいという欲求からだろう。いつだって桑田佳祐は『人気者でいこう』と思い続けている。目立ちたがりやの芸人とはつまり、桑田流の”人気者”の喩えだろう。
これまではあまり使われてこなかったアニメーションによる演出が新鮮さを醸し出す『YOU』、ディープなギターリフがサザンのロック・バンドとしての側面を映す『My Foreplay Music』、サザン的失恋ソングの王道を往く『涙のキッス』、そしてここ茅ヶ崎を舞台とした湿度の高いサマーソング『夏をあきらめて』と、序盤からサザンオールスターズのベスト盤のようなセットリストが展開。『Moon Light Lover』では実際の空よりも一足はやくビジョンに満月が映し出されて幽玄の世界が描かれると、人生の苦みが凝縮された『栄光の男』では桑田と同世代のファンたちから感嘆の声が上がる。特に『My Foreplay Music』や『栄光の男』は近年のライブでも数多く歌われてきた楽曲だが、本ライブでは楽曲アレンジや歌いまわしをこれまでと変化させることでサザンの現役性を体現するようなアクトとなっていたことが印象深い。
overture的な前奏アレンジから始まった『OH!!SUMMER QUEEN〜夏の女王様〜』の披露はサプライズ。2008年、サザンが活動休止前にリリースしたシングルのカップリング曲で、当時開催された『真夏の大感謝祭』ではハンドマイクによるアグレッシヴな桑田の歌唱が印象的であったが、この日はエレキギターを抱えての歌唱。イントロ、そして間奏では桑田が得意とするボトルネック奏法がバッチリとキマるいぶし銀なプレイを披露してオーディエンスを盛り上げた。サポートギターを務める斎藤誠がザ・ベンチャーズを彷彿とさせるギタープレイを見せる『そんなヒロシに騙されて』ではボーカルを務める原由子が楽曲の中盤で自身の定位置であるキーボードを離れ、ハンドマイクでステージのセンターに。桑田佳祐と並んで歌う姿は夫婦として、そしてバンドメンバーとしての2人の絆を感じさせる瞬間であった。そこから披露された『いとしのエリー』ではビジョンにバンドメンバー5人がモノクロの映像で映し出される。その様は1979年のリリース当時『ザ・ベストテン』を始めとした音楽番組に出演し、この曲を歌っていた若かりし頃のメンバーを彷彿とさせる。今やバンドは巨大なプロジェクトとしての側面も強くなり、バンドメンバーにのしかかる重責は当時の比ではなくなっただろう。それでもなお、この『いとしのエリー』という楽曲が持つパワー、そしてバンドメンバーの音楽に対する飽くなき探求心と情熱は変わらないのだと感じさせるアクトであった。
メンバー各々がバンドの中心人物だと語るメンバー紹介も、45年を経て辿り着いたメンバーの朗らかな関係性を感じさせる。そんなメンバー紹介から「故郷が好きという気持ちを込めた」という語りから始まったのは『歌えニッポンの空』。茅ヶ崎を予感させつつも、日本の古今東西の原風景をも歌う歌詞を心地よいラテン・サウンドに乗せる、染み入るような1曲。サビでは”ここが茅ヶ崎”と歌詞を変えると観客からは大きな歓声が飛ぶ。煌めくような打ち込みのサウンドが印象深い『君だけに夢をもう一度』は、有観客では実に24年振りの披露。ライブを通して王道を往く選曲であった今回のライブにおいて、この楽曲の披露はオールドファンを喜ばせたことだろう。
『東京VICTORY』では観客に配布されたリストバンド型の”烏帽子ライト”と共に、会場全体から空の1点をめがけてレーザーが照射され幻想的な風景を作り出すと、3連ロッカバラードの『栞のテーマ』では甘酸っぱくも切ないラブストーリーを描く。モータウンビートの『太陽は罪な奴』で会場が一体となると『真夏の果実』の儚いバラッドがこの日何度目かの涙を誘う。アップテンポとミドルテンポの楽曲を織り交ぜる構成は、もちろんバンドメンバーたちの体力的な理由もあるのだろうが、同時にこのバンドの持つ音楽性の幅広さを改めて感じる構成でもあった。
ライブも終盤戦。茅ヶ崎からほど近くも街の特性は大きく異なる、故に桑田佳祐が一層ドラマチックな楽曲の舞台に据えることの多い横浜の街を舞台に禁断の恋を描く『LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜』ではアウトロでThe Ronettesの『Be My Baby』のアレンジが加わることで一層楽曲のドラマ性や切なさを加速させる。
ライブの必殺チューンである『ミス・ブランニュー・ディ(MISS BRAND-NEW DAY)』では観客が拳を振り上げ、近付いてくるライブの終わりに向けて加速度的に熱量が高まっていく。レーザーが飛び交い、提灯や浴衣姿のダンサーがステージを彩る『盆ギリ恋歌』は、原曲の打ち込みサウンドからライブならではの生演奏になることで一層この曲の魅力が増していたのが印象深い。特に松田弘の生ドラムによるビートがこの曲では印象的に作用していた。やはりサザンオールスターズの楽曲において、サウンド面でサザンオールスターズたらしめているのは松田のドラミングなのだ。恒例のホースによる放水も飛び出した『みんなのうた』では、2008年の『真夏の大感謝祭』以降、常にoverture的に楽曲が始まる前に据えられていた「あの日から何度目の〜」と歌う楽曲を大幅にアレンジ。より俗っぽく、よりポップに「嫌なことは水に流そう!」とポジティヴに歌う歌詞に変更されたことで、これまで以上に夏!お祭り!なサザンが演出されていたように思う。ライブ本編最後は不動の地位を誇る『マンピーのG★SPOT』。ロックンロール!と叫ぶ桑田佳祐の姿は近年のライブと比べてもバイタリティに満ち満ちており、その力強い姿に衰えという言葉は無縁だ。楽曲の終わりにはハンドカメラを手にダンサーのおしりを映し出すセクハラ芸も披露。令和5年にするパフォーマンスとしてはギリギリのラインでだが、これぞ桑田佳祐の真骨頂であり、常々ファンサービスを欠かさない人だなと感じる。
アンコールではオーディエンスに手拍子をサボるなとしっかり釘を刺しつつ、『ロックンロール・スーパーマン〜Rock'n Roll Superman〜』を披露。これは4日目のみ追加された曲で、最終日で疲労も蓄積しているはずなのに曲を削るどころか増やしてしまうメンバーの体力に戦いてしまう。決して若くないバンドメンバーがそうして観客を少しでも楽しませようとしているのだから、やはりアンコールの手拍子くらいは手がちぎれるほどしなければならないと思う。
『Ya Ya(あの時代を忘れない)』では学生時代のバンドメンバーがビジョンに映し出される。例えば茅ヶ崎という場所に寄り添うのならば、鎌倉の原風景と共に桑田の高校時代を歌う『夕陽に別れを告げて』といった選曲も考えられたのだろうが、ここでバンド結成のキッカケとなった青山学院大学の原風景を歌う『Ya Ya』を選んだのは、やはり今回のライブは桑田佳祐にとってだけの凱旋ではなく、サザンオールスターズとしての凱旋だというメッセージなのだろう。メンバーの中で茅ヶ崎出身なのは桑田佳祐だけなのだが、45年間の活動を通してサザンのメンバーにとっても茅ヶ崎という場所は第2の故郷になったはずだ。そんなメッセージを込めての『Ya Ya』だったと思うと胸が熱くなるばかりだ。
会場である茅ヶ崎公園野球場と海を挟んで通っている国道134号線の風景を歌う『希望の轍』で桑田のシャウトが茅ヶ崎の夜空にこだますると、野沢によるパーカッションとサンバホイッスルから『勝手にシンドバッド』へ。砂まじりの茅ヶ崎。サザンオールスターズ始まりの歌。何千、もしかしたら何万と歌ってきた、演奏してきたであろうこの曲も、やはりこの場所で歌い、演奏するのは格別なのではないだろうか。アンコール最後にしてこの日最大の盛り上がりを見せながらも、会場にはどこか、もうこの茅ヶ崎ライブが、この夏が終わってしまうのだという寂しさや切なさも漂う。あわよくばこの時間がずっと続けばいいのにと皆が心に抱きながらも、楽曲は終わりへとどんどんと向かっていく。「フレ!フレ!茅ヶ崎!」と故郷・茅ヶ崎に対するエールや、「45周年ありがとう!」という横断幕、サンバダンサーもステージいっぱいに並び立つカオティックかつポップネスな熱狂の祝祭空間の中、4日間に渡った「茅ヶ崎ライブ2023」は幕を下ろした。
終演後は打上花火、そして最新曲『Relay~杜の詩』に乗せてエンドロールが流れる。花火を見上げながら「暑かったけど…、短かったよね、夏。」というどこかで見た映画の台詞が頭の中で反芻していた。この夏は「暑かったけど…」では言い表せてない程、驚くほどの暑さであったし、余程長すぎるくらいであったが、この夏一番楽しみにしていたこの日のライブは「短かったよね」では言い表せないほど一瞬の夢であり、熱い熱いライブであった。
茅ヶ崎でのライブだからと言って気をてらったり、過剰にコンセプチュアルに振ったライブではなく、いつも通りのサザンであろうとするライブであった。それはメンバーからファンに向けての45周年の感謝の思いであると共に、サザンがサザンらしいポップ・ミュージックを鳴らすことがもうそれだけで十二分にファンを楽しませられるという、ポップスを極めた者だけが立てる境地に彼らが立っていることを示していたように思う。切なくも温かく、笑顔と涙が交差するライブ。並のポップシンガー、バンドにはたどり着けない場所で彼らは音楽をずっと鳴らし続けてきたのだ。その様に畏怖の念すら覚えてしまうライブであった。
会場を後にし、茅ヶ崎駅に向けて20分ほどの距離を歩く。道の傍らに建つ家から5〜7歳程度の姉弟が顔を覗かせて手を振っていた。時折「がんばれ〜」と駅までの道のりを歩く我々を励ましてくれるその子たちの存在は、なかなか思うように先へ進めない我々の励みになった。藤沢で予約していたホテルでは同じくライブに参加したご婦人と僅かな時間ながら楽しくお話をさせていただいた。チェックイン後に入店した居酒屋の店員さんにもサザン行かれたんですね!とお声がけいただいた。一緒に参加した友人とは15年に渡る付き合いだが、彼との思い出の至る場面にサザンの曲があった。ライブ翌日に共に鎌倉観光をした音楽仲間との縁もサザンが繋いでくれている。思い出の数々が、この日サザンが披露した楽曲の大半にこびりついている。ライブ中はその思い出たちが何度も頭の中を浮かんでは茅ヶ崎の空に放たれていくようだった。この「茅ヶ崎ライブ2023」は、サザンが私の一期一会を作り、サザンが私と友人との繋がりを一層深め、サザンと共に私は人生を歩んできたのだと改めて実感することができた特別なライブとなった。
翌日、レンタカーを借りて鎌倉観光をした私は、帰路につくまえに再度茅ヶ崎公園野球場へと足を向けてみた。野球場では既にステージの解体が始まっており、その姿は松尾芭蕉が詠んだあの名句を思い起こした。浜辺に立ち、遠くにぼんやりと寝ている江ノ島と烏帽子岩を見つめていると前日は吹いていなかった秋風が身体を包んだ。どうやらサザンがこの暑い夏を連れ去っていったみたいだ。
茅ヶ崎ライブ2023について私ふじもとが話しているPodcast番組はこちらから!
この記事が参加している募集
社会人の傍ら、ライターを目指して奮闘中。サポート頂けたら励みになります。ライター活動の資金にさせていただきます。