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最近のこと

最近の身の回りの事について書きます。

コロナウイルスの影響で参加予定だったライブが6つ程無くなりました。

メイプル超音楽フェス、Official髭男dism大阪、Base Ball Bear×UNISON SQUARE GARDEN対バン名古屋、YON FES、Suchmos名古屋、吉澤嘉代子日比谷野音。

延期が発表されたものの延期日程が出てないもの、延期日程が発表されたものの本当に開催出来るのか怪しいもの、中止になったもの。

そして、開催予定(と、いつこの流行が終わるか分からない中で主催者側は言うしかない)の「この先行きたいライブ」のチケットにも手を出せずにいます。赤い公園や忘れらんねえよのワンマン、福井のONE PARK FES、夏のRIJF。どれも今年行こうかな、行きたいなと今でも思っているライブです。しかしこの現状では、行きたくても「どうせ延期や中止になる」と思い手を出せない日々です。元々薄給なので、僅かな開催の可能性にBet出来るほどの資金はないです。

延期/中止/行く目処が立たない、条件に関わらず、その全てが楽しみで仕方なかったものばかりで、悲しさや悔しさ、あるいは虚無感を覚える日々です。

それは同時に自分の人生が如何に音楽やライブによって満ち足りていたのか、自分の下らない日常が如何にライブ、音楽によって煌めくものになっていたかを示していて、改めて自分にとっての音楽という存在のの大切さを感じている次第です。

命あっての娯楽、命あっての音楽。そんな言葉がTwitterには沢山溢れていました。それは真っ当で、正しい言葉だと思います。

しかし僕にとっては、1mmの誇張も無く、音楽あっての命なのです。これまでどれほどの辛い日々を音楽で救われてきたでしょう。日常で感じる愛しさを、楽しさを、悲しさを、虚しさを。自分の心の中の混沌とした感情は、全て音楽によってクリアになっていました。そんな音楽の無いこの1ヶ月は、あまりにも空っぽで、退屈で、つまらなくて、ただ感情だけがグルグルと心の中を回り続けているような、そんな日々でした。

国から音楽を含めた各文化への支援がロクに無いこと、それを「当然」と吐き捨てる人がいること、支援を求める声をかき消そうとする人、見て見ぬことをする人、そんな人達の存在も、僕の悲しみをブーストさせました。僕にとって大切な物を見放された様な、見捨てられた様な、本当はそんなことないのかもしれないけど、でもやっぱり少なくとも現状ではそういう風に感じてしまうような日々でした。

誰かを犠牲にして、それを見て見ぬふりをして、そうまで皆感染したくないのか、そうまでして皆生きたいのか。そんな身勝手な事があってたまるか、ならいっそ皆で死んでしまえばいいじゃないか。そんなあまりにも歪で厭な、それこそが身勝手なのであろう気持ちが心を蝕む日もありました。

そんな中、今まともに音楽を聞くと、例えばライブに行くはずだったミュージシャンの音楽を聞けばやっぱりライブで聞きたかったなだとか、もっと言えばそのミュージシャン、更にはその先にいるスタッフ、会場、音楽に携わる全ての人達の顔だとかがチラついて仕方なくて、どんな曲を聞いても悲しさが込み上げてきます。こんな経験は今まで無かったです。感情をクリアにしてくれてきた音楽が、今は感情をより掻き混ぜて、より自分の考えを暗闇に落としてしまうような、そんな気分です。

だからほんの少しだけ、今は音楽と距離を取っています。

今こそ、今だからこそ、音楽を聞くことでミュージシャンやスタッフを支えなくちゃ、という声が聞こえてきそうです。事実、これと全く同じ事を、家族にも言われました。これも「正しい言葉」「正しい在り方」だと思います。本来であればそうであるべきだと思います。

でも、僕は正しさだけで生きていけません。

今は何となく、考える事のリソースを絞り、考えない時は何も考えないようにしています。これは楽観ではなく、自分の精神を保つためです。

その絞ったリソースの中には、今僕が展開している署名キャンペーンも含まれてます。キャンペーンについて次はどうしたらいいのか、日々考えています。提出先の各省庁の動きは鈍いです。これは仕方の無いことだと思っています。相手も人であり、動くにも限界があります。まして、今のこの状況では動くにも動けない面もあると思います。多方面に動かなければならない中で、自分だけに時間を割け、とは僕は言えません。そういった相手への配慮、あるいはリスペクトは怠ってはいけないと思ってます。人と人とのリスペクトは忘れず、でもキチンと声を届けるためにやるべきことはやる。そういった思いです。

この10数年で初めて、意識的に音楽と距離を取っている自分、その無力さを悔しく思います。だからせめて、自分の主張に沢山の人が賛同してくれたその声を届けるという役目だけは全うしようと思います。

このコロナ禍が終息したとしても、流行前の元通り、という訳には最早行かない気がしています。沢山の犠牲が既に発生しています。それを見て見ぬふりして終息後に「元通り」とだけは言いたく無いし、その事実を忘れないようにしたいと思います。特定の業界に限らず、あるいは経済的な話にも限らず、感染した方や亡くなられた方も全てのひっくるめた、このウイルスによって何かしらの損害を被った、今の感染拡大抑制の裏に居る沢山の犠牲を、僕ら非感染者は忘れてはならないと思います。

新型コロナウイルス感染拡大に伴うイベント中止・延期に対する政府による補償を求めます。

社会人の傍ら、ライターを目指して奮闘中。サポート頂けたら励みになります。ライター活動の資金にさせていただきます。