【虚偽日記】作家と私の話
彼からはいつも煙草の匂いがした。
彼は自分を売れない小説家と言う。
学生の頃から続けた趣味がたまたま人の目に止まって、たまたま少しだけ売れただけ、ただの一発屋と変わらない、趣味を恥ずかしげもなく続けているだけと煙を吐きながらよく言っている。
そう言って煙草の匂いがする部屋に戻り、筆を取りまた文章を綴り始めた。
彼はいつも素敵な言葉を紡ぐ。
デートをする時も、ご飯を食べる時も、Sexをする時もいつもだ。
甘い言葉を囁いて、優しい言葉をかけられて、美しい言葉を呟いて、正しい言葉を口に出す。
売れない作家さんは自分を卑下する。
売れていないと。
だけど私は彼の名前をよく目にする。
本を取り扱いしているお店に入れば必ず目にする。
彼は売れているのだ。
ベストセラー、賞常連、原作者。
推理、恋愛、ホラー、純文学、ライトノベル。どれを書いても売れている。
彼曰く、書いていて1番好きなのはヒューマンドラマらしい。
人間の人生を自由に作れるから。自分が神様になった気分になれるから。と少々怖い事を理由で。
彼が言葉を飾るのは、きっと本音を素直に言うのが怖いからだと私は思う。
本音を武装して自分を守る。本音を伝えて傷つくのを恐れているから飾りを付けて誤魔化す。
そんな所がとても愛おしい。
私は彼が好きだ。素直に好きと言って欲しい事もあるが彼の言葉は秀麗で強く高揚させてくれる。
そんな所が大好きなのだ。
彼はどこにも行かない。
煙草の匂いが染み付いた部屋と私の所を往復するだけでどこにも行かない。
本音では私をどう思っているかは知らないが、行動からすると、きっと好いているとは思っている。
いや、そう思った方が幸福だから思い込んでいる。
この生活は幸せだ。
このままずっと、今ある幸せが続いて欲しいと私は切に願う。
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