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台本が次々と書き変わって、情報共有できなくなっていった舞台

アメリカの旅から帰ってきた青年は、家にも帰らず直行で舞台の練習会場へと向かいました。ちょうどその日は劇の練習の日で、メンバーみんなが集まっていたのです。

例の3人組(美嘉ちゃん・和歌山君・山梨さん)には「なんでこんな時期にアメリカなんて行ってんのよ!演出家失格ッ!」みたいに散々文句を言われましたが、「いやいや、これも舞台を成功させるために必要だったんだよ」などと言ってなだめておきました。

その言葉は半分いいわけでしたが、確かにブロードウェイで本場のミュージカルを見たりして、劇の役には立っていたのです(ちなみに「キャッツ」は居眠りしていて、ほとんど内容を覚えていません)

そうして、アメリカみやげの「本場ラスベガスの使用済みトランプ」をみんなに配って歩きました。


この時点で10月の中旬。本番まで4ヶ月を切っています。

…にもかかわらず、台本は部分的にしか完成しておらず、舞台装置や衣装なども全く決まっていませんでした。

とりあえず、頭の中にあったのは「学生服だけみんなに用意してもらい、どうしても無理な人は私服で参加。大道具もほとんど使わず、机とイスだけは舞台本番のホールに備えつけのモノを使用して学校の雰囲気を出す」というものでした。

ただ、結果的にはもうちょっとマシなモノになったんです。板橋区ボランティアのリーダーである中田さんって覚えてます?母子寮のボランティアの実質的な責任者で、背が高くて髪の毛をいつも短めにしている男性。

実は、中田さんとはあまり仲が良くなかったんですよ。ことあるごとに意見がぶつかり合って、お互い「ムッチャ仲良し!」みたいな関係ではなかったんです。なんだけど、なんだかんだ青年の方も板橋区のボランティアに参加してて、奇妙な協力関係にありました。

で、その中田さんが大道具を作るための木材を用意してくれたんです。わざわざ埼玉県の方まで車を走らせて購入してきてくれて。おかげで、屋上のシーンで使うフェンスなんかを自作できました。

屋上のシーンって、あんまり出てこないんですけど。ある生徒が自殺しようとするのを熱血番長が止めに入るっていう重要なシーンで使われるので、やっぱり大道具があった方が迫力が出るんです。なので、中田さんのナイスフォローもあって、いい演出になったと思います。


ここから先は時間との戦いです。

部分的にしか完成していない台本に、どんどん新しいシーンをつけ足していき、登場人物の性格も深めていきます。そのたびに、セリフは書き変わっていきました。

ここでまた問題発生ですよ!問題って何かっていうと…

「情報の共有ができていなかった」んです。

なぜかというと、毎回全員が一堂に会して練習できるわけじゃなかったから。みんな仕事を持っていたり、何かと用事があったりして、参加できる人できない日があるわけです。

そうなると、台本が書き変わってもわからないでしょ?毎回どんどん変わっていくので、最新の情報を持っているのが演出家である青年ひとりだけになってしまいました。

当時、インターネットがまだ発達していない時代で、せいぜい携帯電話でショートメールのやり取りをしてたレベルだったんです。しかも、みんながパソコンや携帯電話を持ってるわけでもありませんでした。

Googleも存在していなかったし、ようやく自作のホームページを作る人が現れ始めてたとか、そんな時代!

なので、「ホームページ上に台本をアップして、内容が変更されしだい適時更新していく」みたいな手が使えなかったんです。

しょうがないので、どうしたかというと…

「台本の刷り直し」ですよ。大幅に内容が改変されるたび、新しい台本を印刷して、それを人数分コンビニでコピーして配り直すわけです。だから、凄い手間がかかってました!確か3版か4版まで刷ったはず(お金も結構かかってたんじゃないかな~?)

それでも最後の方は間に合わなくなっちゃって、完全に情報が共有されないまま、舞台本番を迎えてしまいます。

ここでもう1度イノベーターとしての能力を発揮!

「情報が共有されないで成り立つ演劇。それってどういう形だろう?」

それをとことん突き詰めて考えたんです。


答えは「アドリブ」でした。

「台本ってのは、あくまでストーリーの流れをつかむもので、細かいセリフはその都度変わってもいい!」って、みんなに説明したんです。

メンバーの多くは演劇未経験者なので、初舞台でこんな高度な要求をするのもどうかと思うんですけど…それしか手がなかったんですよ。

ただし、群像劇にした結果、1人1人の出番ってそんなに多くなかったんですよ。要(かなめ)になる「熱血番長」と「ガリ勉のガリ男君」以外は、ちょっとずつしかセリフがないんです。だから、「重要なセリフだけ外さないようにしてもらえば、舞台が成り立つ!」と考えたわけです。

よって、練習方法もアドリブ前提に組んでいきました。演劇の練習方法に「エチュード」ってのがあるんですけど…

エチュードって何かというと「即興劇」のことなんです。シチュエーションだけ作って「あとは役者さん同士で自由に演じてください」っていう練習方法。

これをひたすらやったんです!発声練習とエチュードばっかり!

もちろん台本はあるんですよ。あるんだけど、途中でセリフを忘れたり間違えたりしてもいいので、芝居を止めずにそのまま続行する。

現実の会話ってそういうものでしょ?最初から決まりきったセリフが用意されているわけではなくて、相手の反応によって自分の発する言葉を変えていく。それと同じ!

「セリフが飛んだり、失敗した時は、お互いにカバーしてくれ!」って指示を出したんです。バレーボールでボールがとんでもないとこに飛んでいっても、お互いフォローし合ってコート内にボールを戻すみたいに。

これだったら、どんなに台本が書き変わってて情報を共有できてなくても大丈夫でしょ?

理論上、これでうまくいくはずでした。

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。