「戦いに明け暮れる日々」

青年は狼少年との対決で味をしめたのか、あちこちの組織に出向いては相手を撃破するというコトを繰り返しました。たとえば、ネットワークビジネスや宗教団体など人の時間やお金を奪おうとする者たちです。

そうやって戦闘の経験を積み、少年時代に理想としていた「伝説の悪魔マディリス」に近づいていったのです。

けれども、そんなものは一瞬でした。確かに戦闘している時は高揚感に包まれ、無敵に近い能力を発揮できるのです。周りを何人に囲まれようとも関係ありません。全員まとめてなぎ倒せばいいだけのことでしたから。

なにしろ覚悟が違うのです。こっちは「世界を相手にたった1人で戦っている」のに対して、相手はみんな徒党を組んできます。それに心のどこかに弱さがあって、常に何かを信仰しているのです。神様だったり、地位や名誉だったり、学歴だったり、収入だったり。それは友人かも知れないし、恋人や家族かも知れません。

いずれにしても「心の底から何かを信じる」ということは、致命的な弱点を作ることに他なりません。「最高の力」は同時に「最大の欠点」になり得るのです。そこを突いてやれば、敵を倒すのは簡単でした。人の心を破壊するなど雑作もないことでした。

「何にも頼らず、誰にもすがらず、何者をも信仰せず、たった1人孤独に戦い続けること」のできる者。そんな人、1人もいませんでした。

それと同時に、青年は理想と現実の間にギャップを感じ続けていました。敵と戦っている時は無敵の存在でいられるのに、それ以外の時間はただの平凡な人間に過ぎないのです。いいえ、それ以下でした。

理想と現実の乖離はどんどん進んでいきます。そうして、青年は1つの空想にすがるようになります。「少年時代に夢見た『理想の女性』が現れて、いつかこの人生を救ってくれるのではないだろうか?」そういう空想です。

戦いの日々に明け暮れながら、青年は理想の女性を探し続けました。「この人かな?」と思える人には何人か出会いましたが、みんな違っていました。そうして、ついに「やっぱり、アレは単なる空想に過ぎなかったのだ」とあきらめるようになります。

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この頃から、青年はボランティアにハマるようになっていきました。いつぞや近所の講堂で出会った保護司さんたちに誘われて、少年少女の勉強や遊び相手をするボランティアです。戦いで傷つけた人々に対する贖罪の意味もあったのかもしれません。

参加していたボランティア団体は渋谷区にありました。けれども、組織自体は日本中に広がっており、東京だけでも「中野区」「豊島区」「北区」「板橋区」「世田谷区」「品川区」「八王子市」などなどいろいろなところに拠点を持っていて、それぞれの団体が個別に活動すると同時に協力関係にもあるのです。

たとえば、板橋区のボランティア活動に中野区のメンバーがお手伝いに行くといった感じで。

青年は渋谷区の団体に所属しており、数ヶ月に1度バーベキューなどのイベントに参加し、たまにある話し合いに出るだけでよかったので、この時はたいした負担になってはいませんでした。

そんな風に暇を持て余していたので、他地区のイベントや会合にも頻繁に顔を出すようになります。


忘れもしない21歳の秋のコトでした。

中野区に野方青年館というのがあって、古ぼけてはいるけれどもいくつもの部屋のあるしっかりした建物です。中野区のボランティア団体の話し合いは、いつも野方の青年館の一室を借りて行われています。

その日は、たまたまいろいろな区のボランティア団体の人たちが遊びに来ていました。年齢は大体20代~30代の男女です。

北区のボランティア団体からも2~3人参加していました。1人は北区ボランティアの代表で、もう1人は若い女性です。デートに行くような格好をしていて、なんだかボランティア団体の話し合いには不釣り合いな姿をしていました。

「きれいな人だな」とは思いましたが、それだけでした。青年は別に見た目の美しさだけで人を好きになったりはしないのです。なので、最初「その人」だと気がつきませんでした。

それは、まさに「運命」としか言いようがありません。世界をクラゲのようにフワフワと泳ぎ回っていたら、いつの間にか目的の地点にたどり着いてしまっていたようなものです。

この日から世界は一変し始めます。初めはゆっくりゆっくりと。そして、やがて急激な変化を伴って…

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。