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無限に物語を生み出す「ミダス王の両手」

「好きこそ物の上手なれ(マスター・オブ・ザ・ゲーム)」はゲームをクリアするための能力。つまり、目的を達成したら興味を失ってしまう可能性が非常に高い。

だから、フラれるのはいい。ゲームを続行できるから。物語が続くから。でも、告白が成功するのだけは、なんとしても阻止しなければならなかった!

矛盾しているように思われるかもしれないけれど、あの人と恋人になるために行動していたにもかかわらず、最後の最後でそのチャンスを自らふいにしてしまったのです!

全ては無意識下で働いていた「マスター・オブ・ザ・ゲーム」の命令。14歳のあの日より抱き続けてきた「世界最高の作家になる」という崇高な目的のために「世界で一番大切な人」さえも生贄に捧げてしまったのでした。

さらに「マスター・オブ・ザ・ゲーム」は、新たな能力を発現させます。「史上最高の作家となる」というクリア条件を満たすため、作家として最高の能力を青年に与えます。

「はてしない物語(ハンズ・オブ・ミダス)」
古代ギリシア神話に登場するミダス王は、触れたモノ全てを黄金に変えたという。ただし、文字通り「全て」なので、食事をしたり飲み物を飲むことさえできなかった。
「ハンズ・オブ・ミダス」は、触れるモノ全てを物語に変える力。
「人として幸せであるかどうか?」は関係ない。「物語としてよりおもしろくなる方」に人生が変化していく。つまり、常に極端な幸せと不幸が交互に訪れる人生となる。
自らだけではなく、周りにいる人間たちにも同等の効果を及ぼす。


触れるモノ全てを物語化する能力。作家として、これ以上の力はありません。なぜなら、生きている限り(条件によっては死後も)無限に物語を生み出し続けられるのですから。

でも、同時にそれは人としてはこれ以上ないくらい大きな呪いでもありました。だって、そうでしょう?「幸せになったと思ったら、途端に奈落の底に落とされ。不幸に陥ったと思ったら、最高の幸福を与えられる。永遠にその繰り返し」

それって、天国ではなく地獄なのでは?いつまでもいつまでも幸せと不幸が交互に訪れる無間地獄。

あるいは、その能力は少年時代よりすでに会得していたのかもしれません。考えてみれば、思い当たる節が多々あります。ただ、ハッキリとこの能力を自覚したのは、この時が初めてでした。

「ハンズ・オブ・ミダス」の能力は、遠い昔に青年の父親が言っていた「作家や芸人はヤクザな商売。まともな人間にはなれはしない」の条件も一致します。

「まともな人間は作家になれない?だったら、まともじゃなくなればいい!人としての幸せを犠牲にして、『世界で一番大切な人』すら生贄にして、作家として高みに立てばいい!人間を超越した存在になればいい!」

それが青年のくだした決断でした。

そう!決断したのは、あの人ではなく青年の方だったのです!


読者のみなさん。これって最初から「恋愛小説」ですらなかったんです。そんなものは大きな物語の一部に過ぎなかった。無数の小さな物語の集合体であり、重要なのは「いかにして最高の作家となり、世界を震撼させ、今後数百年に渡って読み継がれる物語を生み出すか?」の方だったんです。


これは、ひとりの人間が「創作の神」に挑んだ戦いの歴史…

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。