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広く大きな世界へ翼を広げ

19歳の秋…

この時の少年には3つのルートが用意されていました。
「魔界の王になり、世界を滅ぼす」
「理想の女性を見つけて世界を救う」
「世界最高の作家になる」

いずれにしても、もうこれ以上、この狭く小さな世界に留まることはできません。家庭という名の小さな世界には。さすがに我慢の限界でしたし、経験不足を補う必要もありました。本物の「世界」へと飛び出していく時期でした。

それで、100万円持って東京へと向かいました。


100万円?

その100万円はどこから出てきたかって?

当然の疑問です。少年は、どこからそんな大金を手に入れたのでしょうか?

いや、もはや少年という年齢でもないでしょう。これからは「青年」と呼ばせてもらいましょう。

青年は、どうしても世界へと出ていく必要がありました。どのような手を使おうとも!

「いかなる手段を用いても、この狭い世界から抜け出したい!」という強い強い想いにより、青年の新たな能力が発動しました。

青年に与えられた能力。

それは、一瞬にして大金を引き出す力でした。それも「犯罪」ではなく「交渉」で!新たに与えられた能力で、青年は物の見事に「地獄から脱出する資金」を、あの両親から引き出したのです。

まさに、地獄の王の能力。鬼や修羅を使役して、自らの目的を達成してしまいまったのです(この能力はピンチに陥るたびに彼を助け、生涯に渡り何度も発動することになります)

「あの8年間がたった100万円では全然割に合わないな。金額にすれば数千万円に匹敵するよ…」と思いましたが、青年はその額で我慢しました。今の彼にとってみれば、これだけでも大金なのです。

         *

青年は身1つで家を飛び出すと、ある地点を目指して歩き始めました。

東京に向かうのですから当然、駅か飛行場…と誰もが思うのでしょうが、そうではありません。

なんと!青年は自動車のサービスエリアに向かったのです。車も運転できないのに!

そう、ヒッチハイクで東京まで向かおうというのです!1000㎞近くの行程を!なぜなら、持っているのはわずか100万円。これから何が起こるかわかったものじゃありません。1円だって無駄にはできないのですから。


…というわけで、東京まで乗せてくれる親切な人を探して歩き回りました。

これは非常に勇気のいる行為でした。なぜなら、ほんのちょっと前まで、家の中で1日中過ごす「ひきこもり」だったからです。

それでも、何人かのトラック運転手さんに声をかけ、ついに1人のおじさんからOKをもらうことに成功しました。

ところが…

「坊主。こっちは反対方向だわ。東京行くんだったら、向こうのサービスエリアに行かんと」

青年は、これまで勉強とゲームしかしてこなかったせいで、高速道路のサービスエリアが上りと下り2つにわかれていることを知りませんでした。それほどの無知であり、社会経験はゼロに等しかったのです。

「まあ、ええわ。1度九州に行ってからになるけど、その後なら東京まで乗せてってやるよ」

親切なおじさんはそう言いました。

こうして、青年は大きなトラックの助手席に乗せてもらうことに成功しました。ドキドキしたけれど、「これこそが生きるということなのだ」という実感が湧いてきました。あのまま、あの学校に通い続けていたら決して得られなかった経験です。

「同学年の生徒たちは、どうしているだろう?きっと、まだあの狭い壁の中の世界で黒板に向かって勉強を続けているのだろう」と青年は考えました。

それから、「これだけで学校半年分の価値はあったな」と思いました。


夜の高速道路を巨大なトラックは走り続けます。途中で2時間ほどの仮眠を取り、翌朝には九州へ入り、目的地の倉庫に到着しました。

それから少年は荷物の積み下ろしを手伝い、お礼に缶コーヒーなどごちそうになりました。

道中、親切なおじさんといくらか言葉を交わします。

「東京に行くのはいいが、金はどのくらい持っているんだ?」と尋ねられました。

青年の手持ち資金は100万円で、まだほとんど1円も手をつけていませんでしたが、いくら相手がヒッチハイクで車に乗せてくれた親切なおじさんとはいえ、完全に心を許したわけではありません。

なので、青年は「30万円」と答えました。これなら30万円奪い取られたとしても、70万円残る計算になります。

「そうか、30万じゃ東京で生きていくのは厳しいな」というようなことを言われました。

少年は心の中で「だろうな」と思いました。「だから、交渉で100万円手に入れてきたんだよ」とも。


しばらく走って、日が暮れかけた頃、トラックが到着しました。

「降りろ」とおじさんに言われたので、青年はその言葉に従います。

見ると、そこはスタート地点のサービスエリアでした。

トラックを降りると、そこには両親が立っていました。たぶん、途中で教えた電話番号にかけて事情を話したのでしょう。

「正直に自分の持ち金を喋ったりしてはいかんな。ワシが悪い人間で、金を奪い取ってたらどうするつもりだったんだ?」と最後におじさんに言われました。

「正直に持っている金額のことを喋らなくて正解だった。やっぱり大人は信用できないな」と青年は思いました。

こうして、人生初の家庭外でのバトルは終わりを告げたのです。わずか1日の出来事ではありましたが、とんでもない量の経験値を得ることができました。

おじさんはトラックに乗って去っていき、青年は両親には一言も言葉を交わすことなく、再びサービスエリアの中へと消えていきました。

今度こそ正しい方向である上り車線のサービスエリアへと…

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。