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140字小説集 明朝体の綺麗な足跡(春のまねきねこ座)

季節ごとの課題の文字を使った140字コンテスト「春の星々」の参加記録です。
春の課題の文字は「明」。4月30日まで開催しています。

no.1

小さな活字は暴れん坊だ。いつも棚にお行儀よく並べられているものだから動きたくてうずうずしている。今日の職人はまだ新米で版を組むのも一苦労。ぴょんと指から飛び出そうとする活字に「こらこら」と怖い顔をした。インクをつけて優しく紙に押しつける。明朝体の綺麗な足跡。ほんの少し揺れていた。

「明朝体」
 先日、印刷博物館で活版印刷体験に参加してきました。活版所というものを初めて知ったのは宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」です。活字を拾うジョバンニが目が疲れたような仕草をするので、すごく細かい作業なんだろうな、と子供心に思っていました。実際に活字を目にすると、硬い金属の工業的な美しさ。自分が誤って傷つけてしまわないかとなんだか緊張します。不器用なもので、拾った活字がこぼれ落ちそうでひやひや。印刷したときにずれないようにぎゅっと組版をネジで固めるのですが、こんなに固めるの、なんだかみんながいたずらっこで、動かないように押さえつけてるみたいだなあ、と思ったのでした。


no.2

帰り道、通学路の桜の木が切られていた。大きくて立派な木だった。毎年春になると満開に咲いて下を歩くのが楽しみだった。朝、学校に行く時にはあったのに、もうない。「さようなら」木の跡を見つめる私を同級生が追い越した。私は一瞬怖くなる。なるべく笑顔で手を振った。「さようなら、また明日ね」

「また明日」
お題が「明」なので、「また明日」は書きたいなあと思いました。近しい人との死別や、職場や学校で出会った人たちとの離別を重ねて「さようなら」の重さが若い頃と変わったように思います。もう会えない、ということは結構あるんだなあと。また会えるのは奇跡のようだね、そう思いながら笑っていたいものです。「また明日会おうね」。


no.3

透明なハガキに透明なインクで手紙を書いた。ぺたり。切手も勿論透明だ。ポストにいれるとコトンと乾いた音。返事が来るのを待ち侘びる。ある日カタンと音がして何処からか透明なハガキが届いた。透明だから差出人も分からない。けれどきっと私とおんなじ寂しがり屋だ。返事を書いた。透明なハガキで。

「透明なハガキ」
この前の日曜日、「シロクマ文芸部」のお題で「透明な手紙の香り」から始まる小説を書きました。香りこそ、透明な手紙だなと思う。まだ他の発想はなかったか、そもそも書いた話そのものをもっと練ることができなかったのか。ちょっと引きずっています。普段書くのとは違うファンタジー風のものを書いてみました。濃くはっきりしたやりとりができなくても、どこかにいる自分と似た人を感じるだけで、すこし安心するときがあります。淡いやり取りだからこそ、というか。

140字小説集 No.

みなさんの応募作はnoteで読むことができます。

※私は第二期で賞をいただいているため、選考からは外れており「第2期星々大賞受賞者」としてご掲載いただいています。

たくさんの素敵な140字小説が星のように輝きますように。