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エッセイ 「「だって」つって大泣きしたい」【#あの選択をしたから】

 働こう、と思ったのは大学生の時で「働きたい」と思ったわけではない。
 私はいわゆるDV家庭で育っており、経済的な主導権が暴力的支配の根源になる、と思い込んでいた。(今は必ずしもそうは思っていない)暴力の重さは日に日に増していて、夜中に救急車を呼ぶような事態にまで発展していたため、私は今すぐにでも一家の稼ぎ手になる必要があった。少なくとも私はそう思っていた。

 院に行きたい気持ちはあったものの、もちろんそんな余裕はなく、そもそも私が大学に行っていること自体を喜んでいる家族は誰もいなかった。金がかかるし、婚期も遅れるからだ。卒業論文を書きながら就職活動をしていると、両親に就職先を案内された。下宿先まで決まっていた。各所に手配が回っており、断れば何人かの顔を潰し、そのことでまた暴力沙汰になることは分かりきっていた。応諾。どのみち将来展望があったわけでもない。

 20代の後半、姉が嫁に行った。「私、こんな家にいたら一生結婚なんてできない。幸せになれないから」とその家で必死に働く当の私に言い捨てた。祝福される姉をみながら、陰で姉からの一方的な暴力にも耐え続けていた私は自分の我慢が報われることは一生ないなと悟った。涙が溢れた。二週間しても泣き止まなかった。

 このまま泣き止まなかったら社会生活上、かなりの問題があるなと思った私は、決めた。

 自分がこの先不遇でも、それを家族のせいになんかしない、と。
 全部、自分で決めたのだ。自分のせいだ。

 当時私は、半ば無意識に、できれば不幸になりたいと思っていたと思う。しかも不幸であればあるだけいい。そうすれば、家族がいかに酷い人間か証明できる。そう考えていた。

 正直、他人の不幸に関心のある人なんていないし、見事に証明しきったところで、相手に何かあるのかというと何にもない。相手の人が善人だろうと悪人だろうと、皆勝手に幸福になるし、残念ながら不幸にもなる。皆自分の人生を生きているだけだからだ。

 考え方を変えるだけで、事態は何も変わっていなかったが、私は泣き止んだ。この選択はそれからの自分を随分楽にしてくれたように思う。

 私はアーティストのNakamura Emiさんと同じ年代で、彼女の歌が好きだ。何年か前に「ばけもの」という歌をリリースなさっていた。

 出だしの歌詞がいいなと思う

 この人は私を幸せにはしてくれない
 世にも恐ろしいことに
 自分のせいなこともわかっている

「ばけもの」NakamuraEmi

 自分の不幸を他人のせいにしたがるのは、実のところ、自分を幸せにしてくれる「誰か」をどこかに期待しているからでもある。その誰かは本当にいるのかもしれないし、いないのかもしれない。私にはわからない。失敗の現場をひとつ、見たことがあるだけだ。あれの再生産はしたくない。その気持ちはずっとある。

 自分がどこにいようと、そばに誰がいようと、自分を幸せにするのは自分だ。他人ではない。その心がけさえあれば「他人を変えよう」なんて大それた努力に割く時間が減る。自分が変えられるのは自分だけだ。私はそう思う。その方が、ずっとずっと毎日が楽だ。

 歌詞は出だしと呼応するように、このフレーズで終わる。

私を幸せにできるのは
世にも恐ろしいことに
ややこしい私です

「ばけもの」NakamuraEmi

 私も、真実、自分をややこしい人間だと思う。(すごく残念だ)
 ややこしいというか、めんどくさいというか。
 でも、まあ仕方がない。この人を幸せにしてあげるしか、自分が幸福になる道はない。

 そうだ。「証明」もあの時にやめた。やめることにした。自分が不幸になることで他人の悪を証明しようとしたあれも。

 自分は、この世の善悪に関わらず、幸福になってもいい。しかも今すぐ、なってもいいのだ。

 歌のタイトルの「ばけもの」は女性のことを指している。清純だったり、妖艶だったり、働いたり、子育てしたり、そうやってどんどん変わっていく女性を比喩して言ったものである。NakamuraEmiさん自身も女性だから、ちょっとした皮肉も含まれている。

 他人に失望した恨みを大事に抱えるのはやめだ。自分もそうやって、変わっていけたらいい。今の自分でさえ捨てて、しなやかに。「だって」って言いながら他人になすりつけるのは楽だけど、苦しい。そういう日もあるにはあるが、もうしないのだ。

変わるわよ女は一瞬一瞬
よく見ておいて見ておかないと
女は化け物って言うでしょう?

「ばけもの」NakamuraEmi

 そうやって、鼻歌でもうたいながら毎日を暮らしていくのだ。他人になんて左右させてあげない、私自身の、幸福を。

エッセイ No.064

※タイトルの「「だって」つって大泣きしたい」は「ばけもの」の歌詞からとっています。

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