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ショートショート(と、朗読) はだか 【SAND BOX 1099】

ーハリウッドスターみたいですねー

 昔私が勤めていた会社の同僚に、お母さんが東北産まれの人がいた。

「自分の母親には変わった癖がある」何かの雑談の折にその人が言った。なんでも、毎晩はだかで眠るのだそうだ。下着一枚、つけないらしい。

「ハリウッドスターみたいですね」と私がいうと、うんうんと首を強く縦に振った。何かの映画で、外国の人がそのように眠るのを見たことがあった。

 この話には続きがあって、その後、その人が自分の娘を連れて里帰りをした。田舎の古い家で、夜に寝室に大きな蜘蛛が出た。
 同僚も娘さんも昆虫が苦手だったから、大騒ぎだ。こわいこわいと大声をあげていると、足音がして、部屋の戸があいた。そして娘さんが絶叫した。 同僚のお母さんだった。騒ぎに飛び起きてそのまま駆けつけたらしく、一糸まとわぬ素っ裸だった。

「やっぱり、ハリウッドスターみたいですね」
 私が言うと、同僚がまたうんうんとうなずいた。

イラスト 悠紀【丸大商店】

SAND BOX 1099 No.035

 今回はちょっとオマケ付きです。水上さん昔話風バージョン。(実はねこの中の人はこっちの水上さんの声の方が好きだったりします)。いい声じゃない?


 今月は、文学フリマ岩手に参加します。せっかくなので、岩手にゆかりの深い柳田國男の「遠野物語」にちなんだお話をお届けしようと思っています。

 とか言いながら、今回のお話は、『遠野物語』を語った佐々木喜善が柳田國男に送った原稿を国学者、鈴木脩一(鈴木棠三)がまとめた『遠野物語拾遺』の話から。青空文庫にはありません。すぐ参照できるよう、前の話も含め青空文庫を引用していますが、実際には『遠野物語拾遺』も収録している大和書房「新装版 遠野物語」を参照に書きました。

 以下は同書より引用です。

二五八 夜は真裸になって寝るのが普通である。こうせぬと寝た甲斐がないといい、一つでも体に物を著けて寝ることを非常に嫌う。ことに夫婦が夜、腰の物を取らずに寝るのは不縁になる始めだといって、不吉なこととされている。

大和書房『新装版 遠野物語』より「遠野物語拾遺」

 遠野物語では、佐々木さんのお話は明治42年で、この頃の遠野の人は裸で寝てる、ということなんだと思います。文脈からいってもこれは伝説ではなくその時の習俗のように見えます。
 私の書くお話はほとんど嘘っぱちなのだけど、「同僚のお母さんが裸で寝る習慣があった」のは本当です。この方は私より5歳ほど年上だったので、大変驚きました。なんだか、外国の人みたい、と思ったのです。

 昔、藁布団について調べていたことがあって(みなさんも人生に一度や二度藁布団について調べたくなる時期があったでしょう)、「藁布団は裸で寝るもの」というようなことがあり、驚いた記憶があります。東北の方の習俗だったので、寒くないの? と思ったのです。
 私自身は実際に寝たことがないものの、その本によると、藁布団は発酵熱があるので、裸で寝た方が暖かい、もしくは裸でないと寝ていられないくらい暖かいのだそう。

 『遠野物語拾遺』の記述も、寝ているのは藁布団じゃないかと思います。「(裸でないと)寝た甲斐がない」が若干気になりますが。

 実際の同僚のお母さんも「裸じゃないと寝た気がしない」と言っていた記憶があります。なんだろう、その伝統。
 今ではずっと南に引っ越してしまったその同僚も、裸で寝ているのか気になるところです。

 今月のイラストは4月にもお願いした悠紀【丸大商店】さんです。
 暗闇の中に現れる、お母さんの堂々たる英雄感。センシティブな部分も完全にクリアです隠れてます
 悠紀さんは、普段はご自身のお住まいになっている大船渡をPRするYouTubeチャンネルなどを運営しておいでです。

 朗読の水上洋甫さんは宮城県気仙沼市のご出身。お二方とも東北の方です。
 文学フリマ岩手9にお二方ともご出店なさっています。ご挨拶もさせていただきました。お話できて大変嬉しかったです。お疲れ様でした。また、イベント前後のお忙しい中、お時間いただいてどうもありがとうございます。

「猫の経立」シリーズは、もう一週間続きます。もう少し、お付き合いくださいね。