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ショートショート(と、朗読) 猫ヶ洞 【SAND BOX 1099】

ー思い出せない。でもいたわ。ー

 猫ヶ洞池の洞窟には、昔、大きな猫が住んでいました。もともとは立派なお屋敷の飼い猫でしたが、年寄りになったので追い出されたのです。「長生きしすぎた猫は、化け猫になる」という言い伝えを、飼い主も近所の人も信じていました。

 暗い洞窟で、猫はひとりぼっちでした。ご馳走の鰹節も、居眠りする炬燵もありません。時々思い出してはにゃあにゃあ鳴きました。村の人は不気味がって、ますますこの洞窟に近寄らなくなりました。 

 ある日、洞窟の入り口にひとりのお婆さんが腰を下ろしました。遠くの親戚の家に行こうとして、道に迷ったのです。すっかり足がくたびれて、汗で体も冷えていました。猫が入り口を覗きます。懐かしい人の里の匂いがしました。うとうとするお婆さんに、そっと体をくっつけました。あたたかい。夢の中でお婆さんは思いました。
 目が覚めると、お婆さんは自分の家の前で横になっていました。驚いた家族がどこでどうしていたのか尋ねます。お婆さんはううんと唸って、ふと、着物に何かの毛がくっついているのを見つけました。柔らかくて茶色い毛です。つまんで家族に答えました。「思い出せない。でもいたわ。大きくてフカフカの、ねこが、ほら」

イラスト:ねこやろう

SAND BOX 1099 No.038

 声のお仕事をされている(詩や小説も書いておられます)水上洋甫さんにお願いして、朗読をしていただこう、のシリーズ「SAND BOX 1099」です。
 今回の水上さんは怪談話風です。終わりの読み方がいいなあと思います。引き出しの多さに感心します。ありがたいなあと思う。

 今月は、名古屋のお話を書いています。土地に残った猫の昔ばなしをめぐる連続もののお話です。

 水曜日から更新が止まっておりますが、親族が2名ほどコロナウィルスに感染して病院に隔離されまして、こう、なんというか、別々のところにいる人たちの病状を中継をするのに日夜しっちゃかめっちゃかであったからで、とはいえ、そのくらいの緊急事態をこなせないのも情けなく、まあ、要するに、
 締切間に合うのか?! ねこの中の人!(いや、間に合わせるのだ!)

 さて、もしも前回のSAND BOXや、「猫ヶ洞の王さま」をご覧になった方がいらっしゃいましたら(ありがとうございます!)、お気づきになられたかもしれません、2つの話の舞台は同じ場所です。

 名古屋市内には「東山動植物園」という動物園があります。コアラとイケメンゴリラ、シャバーニが有名です。
 「東山」の名の通り、このあたりは低い山になっていて、都市に必要な「広い土地が必要なもの」がどんどん、と置いてある地域です。大学とか、運転免許試験場とか。
 そして、どんどん、の施設のひとつが「平和公園」。公園と言う名前はついていますが、ほぼ墓地です。戦後に市が区画整理で市内の墓地を集団移転した地域です。

 区画内の地図をごらになりますか?
 えい。どん。

  ○○寺とある場所はお寺があるわけではなく、お寺の墓地があります。いくつかの色分けは宗派です。ちゃんと同じ宗派で固めてあるんですね。

 そして、この公園の「公園部分」(写真の地図では薄い緑色の場所)にある一際大きな池が「猫ヶ洞池」です。この地図ではほぼ写っていないので、他の看板を借りてきます。

 えい。

この区画内に「バス停」が4箇所、駐車場が11箇所、ヘリポートまである、という点で広さを察してください。

 実際の池はこんな感じ。魚釣りをしている方もいらっしゃいました。

 池のへりがコンクリートで固められていますよね。この池は人口の池、溜池です。できたのは江戸時代で、「尾張名所図会」と言う江戸時代のガイドブックにも載っており、該当ページの解説を彫った石碑が近くに建てられています。

※左側に図会の写しがあるんですが、資料用に撮ったので、(図会の写真を別でもっていたため)図会部分は取り逃がしております。

 大体、「猫ヶ洞池は江戸時代に作られたもので、元は上池と下池があったが、今は上池だけが残っていますよ」ということ、「江戸時代の頃はこの辺りを「金子」と呼んだから」という名前の由来が記されています。そう。猫関係ない。
 ちなみにWikipediaさんも「金子」説ですね。(出典がないので詳細は不明です)

 しかし、前回の「おからねこ」と同じように、ここにも猫の昔話があります。
 記録に残っている昔話を(私と違い)正確に描いた漫画の記事がありましたので引用しておきますね。

 「鬼婆」というのは、猫が化けた人食いのお婆さんのことです。江戸時代の話だとすると、土地の名前が「金子」だった時に由来の出来事が起きたことになるので、少し変な感じがします。①猫がある人の親族に化ける ②事実を知った人に「決して見るな」という というのは全国的にある猫の昔話の話型のようです。「そういうことがあった」からできた伝説というより、別の土地での話をどこかで聞いた人が「(か)ねこ」というこの土地に当てはめた、という感じが、するなあ……(本当のことはわかりませんけどね)。

 ただ、この話が結構最近まで昔話として残っていた、ということは、土地の人の精神的な事実として、ここは「化け猫の池」だったのだと思います。また池の周囲には「ここに猫を捨てないでください」の看板も見かけました。「猫の池」を現代人も引きずっているみたい(※いくら猫の池でも捨て猫はやめましょう)。それだけ「猫」の文字は人の心に強く引っ掛かるのだと思います。

 ところで、今月のサムネイルは名古屋を中心に活動しているインディーズバンド「Kulu」のメンバーの、ねこやろうさんに描いていただいておりますが

 今回の話、猫好きのねこやろうさんに、「猫可哀想!」と怒られてしまいました。私自身が「長生きした猫が猫又になる(ので、昔の人は忌むことがある)」という信仰を古い文章などでよくみていたので、配慮しきれなかったなあと思います。「私が拾ってあげたい」と言うねこやろうさんの話を聞いて、そういう話にしても良かったなと思っています。年取って化け猫になった猫を現代人が拾ってきて、めちゃめちゃ可愛がるの。
 みんな幸せになるし、ポップで素敵じゃないです?

 前回のSAND BOX   1099はこちらです。

 シリーズをマガジンにまとめています。