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エッセイ 公園のクジラに会いに行く

 名古屋市の南区に道徳公園という場所があって、そこにクジラの遊具があります。
去年のクリスマス、名古屋市の地理を色々調べているときに見つけました。

 タコとか富士山とか、モルタル塗りの公園遊具には日頃から注目している(好きだから。特に目的はない)けれど、今まで見たことがない様子の、なんだかいいクジラだったので見に行ってきました。

 道徳公園は愛知県の私鉄、名古屋鉄道の道徳駅から歩いて数分のところにある公園です。知多新線や常滑線から名古屋方面に向かうとき、ちらっと姿がのぞきます。

 入り口につくと、公園の地図がありました。

 左下のほうに「クジラ」の文字があります。


 入り口手前に大きな池と橋があります。「月見池」というそうです。でも、なんか変な形じゃない?
 細長い池で、丸くない。

 

 橋の反対側です。いい天気の日でした。


 橋の向こう側に。どん。このクジラです、いい顔つきでしょう。子供用、というにはあまりにリアル、というか江戸風。近くの南区図書館にこのクジラについての資料がないか調べに行ってきました。

 多くの地方図書館と同様に、南区の図書館にも「郷土史コーナー」があります。道徳公園のある道徳地区は江戸時代中頃まで海でした。このため、土地が低く、伊勢湾台風の被害を受けています。
 江戸中〜後期に埋め立てた土地は田んぼとして利用されました。この新田を大正14年に名古屋桟橋倉庫株式会社が徳川家より譲り受けます。そして住宅地にして分譲。この辺りがなかなか面白い歴史です。

「写真で見る道徳の昔と今ー名古屋市南区ー」という地元の方が自ら調べて出した本には、当時の様子を伝える昭和二年の名古屋新聞の記事が引用されています。

 東邦の火力発電、加藤土地の貯木とせまい地域に東洋一を二つものんでいる道徳町にまた誇るべきものが三つある。これは最近忠臣蔵の松の廊下を撮影して一躍その存在を知られた松の廊下を撮影して一躍その存在を知られたマキノプロダクションの撮影所と2万5千坪余の児童歩渉地、理想的な区画整理完成である。

「写真で見る道徳の昔と今ー名古屋市南区ー」加納誠

 少し文章が難しいですね。道徳公園は昭和初期、「実録忠臣蔵」というマキノプロダクションの映画の撮影が行われました。さっきの池のところにお堀のセットがくまれたそう。
 しかも、それだけでなく、道徳公園のすぐ近くには実際に映画の撮影所があり、そこで何本も映画が撮影されました。クランクインのたびに花火があがったり、とても賑やかだったそうです。

 この、撮影所もある新興住宅地区(ハリウッドみたい)の分譲の目玉、マスコットのひとつとしてつくられたのがこのクジラで、海だった頃捕鯨もおこなわれたことにちなんで作られたんだとか。しかも制作当時は潮を吹いていた、という記述があります。実際に公園のクジラをみてみましょう。

 見えますか? 頭のてっぺんに水を出すところがちゃんとあります。
(なんだか三角コーンが見えるのは、別の日にまた写真を撮りに行っているからです。恥ずかしい)

 にしても、公園の作りものが目玉……? と思うかもしれません。このクジラの作者、後藤鍬五郎さんの息子さんのインタビューが同書にのっています。

 クジラ池のクジラは聚楽園の大仏を造ってからつくりはじめました。聚楽園の大仏のあと仁王様と弘法様も親父が造ったが、弘法様は壊されて今はありません。親父が造ったもので今でも残っているのはクジラ池のクジラだけです。

「写真で見る道徳の昔と今ー名古屋市南区ー」加納誠

 『聚楽園の大仏』は、愛知県の方なら結構ご存知なのではないでしょうか。東海市にある個人造の巨大大仏です。このクジラの作者、後藤鍬五郎さんは大きなコンクリート像をたくさん作った方なのです。

 どうも、昭和初期には、大金を持った個人、あるいは企業がこうした職人に大きなコンクリート製の仏像などを注文し、それを呼び物にして集客する、という文化があったらしい……。道徳地区に昔あった巨大像、『道徳観音』のある山は滝の流れるプールや洞窟で、子供たちの大遊戯場であったことが同書から伺えます。

 さて、現在のクジラに戻りましょう。


 この顔をごらんください。江戸時代の絵に似ているなあと思ったのも、仏像を手がける方が作ったというなら納得です。
 ちなみに、昔は口から中に入って遊べたそうです。


 隙のない後ろ姿。この尻尾にのって記念写真を撮っている写真が同書にありました。



 水色のところは、昔プールだった頃の名残です。よく見ると排水溝もあります。

 2021年。このクジラは国の登録有形文化財に指定されています。

 クジラを見に行った日はとても天気が良く、遊んでいる子供達や、写真をとっている海外の方(なんでこれ知ってるの?)がいらっしゃって、始終にぎやかでした。
 こんなに愛されて身近な文化財はなかなかないんじゃないかなあ、と思います。
 プールだったころに、遊んでみたかったなあ。

エッセイNo.051

「実録忠臣蔵」と書いてある本もありますが、この映画自体は「名古屋で撮影された」という史実から「忠魂義烈 実録忠臣蔵」の略称だと思われます。

本文の記述に下記の書籍を参考にしました。

「写真で見る道徳の昔と今ー名古屋市南区ー」 
加納誠/著 2008年7月 篠田印刷

「道徳探検 昔と今」
加納誠/著 平成18年11月 篠田印刷
※いい書誌情報がみつかりませんでした。

これら二冊はいずれも南区図書館で閲覧できます。本を書いた加納さんについては下の記事が詳しいです。


また、クジラを知るきっかけになったのは下記の本です。
「名古屋ご近所さんぽ」
溝口常俊/著 2021年10月 風媒社

 富士山滑り台や、うそかげ、お店のスナップを撮る、など自分らしい街との遊び方を教えてくれます。