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140字小説集 遠くに匂う梅の花(2月のまねきねこ座)

 Twitterで毎月開催されている140字小説コンテスト「月々の星々」に参加しています。2月の文字は「分」。本文のどこかに「分」の漢字をいれます。応募数はひとり5本まで。2月の星々の参加記録です。


No.1

冬の夜、男が囲炉裏の火を見つめていました。ごうごうと吹雪の音がしています。「夜分すいません」声がしました。強盗かもしれない。男は思います。ひょっとしたら雪女かも。戸を開けると小さな狸でした。寒さで毛が逆立っています。入れてやりました。さっきよりほんの少し、部屋が暖かくなりました。

「夜分すいません」

 近所の方が夜に訪ねてくるとき、いつもそう玄関で言いました。文章で書くと「夜に訪ねてくる」「遅くにすいません」そんな風になる。でも、記憶の中のご近所さんはいつも「夜分すいません」って、すまなそうに頭を下げます。もしかしたら方言なのかもしれないなと思って辞書で調べてみるとどうにかこうにかありました。冬のお題だったので、吹雪の村に。たぬきは、ちょっと毛が生えすぎているくらいがかわいいです。


No.2

大きな大きな黒い影が目の前を横切った。喰われた。血を分けた兄弟たちが。振り返らない。群れは止まらない。ひたすらに泳ぐ。怖くはない。銀色の塊になった僕らはみんなで一尾の巨大な鰯だ。この海で1番大きな魚なんだ。みんなが僕で僕がみんな。誰かが欠けても誰かが進む。みんなが僕で僕がみんな。

「血を分けた兄弟」
 例えば蟻とか、蜂とか、集団行動する生物は、コロニーの犠牲になっても悲しくはない、というような文章をたまに見かけます。どうだろう。本当なんだろうか。『悲しいか』なんて個々にインタビューなんてとれないのに。個体で生活する生物だってもしかしたら悲しくないかもしれないし、集団行動しない生物も表現しないだけでものすごく悲しいかもしれない。ひょっとしたら「悲しい」という感情を定義しているのが人間だけ、ということも十分あり得ます。
 大きな群れの一部になるってどう言う感じなんだろう。ということで書いてみました。イワシの群れは本当に、本当に大きな一匹の魚なのかもしれない。


No.3

「ここでお別れだ」去年の春のことでした。「仕方のない事だ」兄弟は別れ別れになりました。夏が過ぎて秋が来て冬の寒さに必死に耐えて、お互い相手の事など忘れてしまった頃、ふわりと良い香りが兄の鼻をくすぐりました。「慌て者の弟だ」兄は笑います。2つに分かれた梅の枝に小さな花が咲きました。

「枝分かれ」
 この頃、朝の散歩のときよる神社では梅が咲き始めていました。同時に、ふと、Twitterでしばらく交流のなかった方が賞をとったのをお見かけしました。ずっと前に枝分かれした花の香りがふわりと香るみたいだ、そんなことを思った朝でした。


No.4

春になると台所の裏の畑に分葱が生える。母がぬたにして食卓に出す。酢味噌で食べる。ぺっちゃりしてぬめぬめしている。スーパーで見かけないこの野菜を小さい頃は恥ずかしく思っていた。買った野菜じゃなくて採った野菜だからだ。給食にも教科書にも出て来ない。畑のない我が家にもない。遠い春の味。

「分葱(わけぎ)」
 実家の裏ではわけぎがとれました。学校で習わないし、子供用の図鑑にも載っていないこの謎の野菜を私は忌み嫌っていました。「わきげ」と名前がちょっと似ていたからかもしれません。あと、ぬめるのもマイナスポイントです。あやしい気がする。
 ネギの仲間です。ぬたで出るので、ちょっと辛みがあります。子供心にさらにマイナスポイント。つくしの卵とじの方が好き。
 実家を出てみるとほとんど見かけなくなりました。お題の「分」の字で久しぶりにみたくらい。ちょっと寂しい。あんなに文句を言っていたくせに、おかしいですね。


No.5

「相席いい?」喫茶店の主人が二人席の女性に聞く。常連らしい。荷物を退けてくれた。迷う私に自分のお勧めを教えてくれる。季節のタルト。注文が来るまで世間話。大学生。本が好き。「あのこいつも一人で本読んでて心配で。楽しそうで良かった」帰り際に主人が言う。いつもは、本と話してるんですよ。

「自分のお勧め」
 もしかしたらバレているかもしれませんが、実話ですね。ちょっと前にnoteに書いたおはなし会の喫茶店です。
 私も喫茶店にはひとりで入る方です。美味しいお茶と、とっておきの本。思いの外、楽しいひとときなんですよ。

140字小説集 No.010

「2月の星々」受賞作はnoteでも読むことができます。素敵な作品揃いです。

3月はお休みして、4月から、三か月ごとの「季節の星々」としてリニューアルするそう。楽しみにしております!