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ChatGPTの旅

東京駅にて

突発的に始まった1人旅。
本当なら二月上旬に団員数名を連れて行くはずだったのだが、彼らが立て続けにインフルとノロに罹ったことで、長らくリスケが続いていた。

三月になり、私の中の少年が早く旅に連れて行けと騒ぐものだから、急かされるままにナイフとランプをカバンに詰め込んだ。男の子(アラサー)の冒険心はちょっとやそっとじゃ止められないのだ。

なんて意気込みながらも当日は寝坊をかまし、
予定から2時間遅れの午前9時から企画が始まった。
企画のルールは以下の通り。

ChatGPTが指定した場所へ向かう。
ゴールしたら次の場所の指定を行う。
タイムリミットまでこれを繰り返す。

某曜某でしょうのサイコロの旅とほぼ同じである。社会人のため、どんなに遅くとも月曜の朝までに東京に居なければならない。
旅費節約のために青春18きっぷを使うので、移動手段はJRの普通列車に限定する。

ただし流石のChatGPTも全てのJR駅を把握してはいなかったため、少しカスタマイズが必要だった。
詳しい方法はYouTubeで紹介しているが、要はJR駅のリストをChatGPTに学習させ、その中から選ぶように命令しておけばよい。

運命の第一投

最初の目的地は鳥取県岩美町の大岩駅になった。
東京駅から決して近くはないのだが、驚くほど遠くもない。それでも経路と発着時刻を調べると、
ギリギリ今日中に到着するのは不可能らしい。

帰路の時間的に第二投の出番は無さそうである。
早速この企画のズサンさが明らかになる。
「まずはやってみることさ」と言い訳し、
東海道線熱海行きの車両に乗りこんだ。

東京ー熱海

土曜日にしては空いている車内で面白いシーンを見かけた。小学校低学年くらいの男の子が、電車の進行方向に向かって仁王立ち、時々軽く跳ねては楽しそうにハシャイでいる。

観察していると、車窓から射す陽光が外の建物に遮られるたびに、車両奥からこちらまで順々に影を落としている。その様子が少年には迫り来る波のように見えるらしい。少年は波のタイミングに合わせてジャンプし、それを避けるゲームをしているのだ。

無邪気な少年の様子に、傍の父親は「こらこら」と「やれやれ」を往復している。電車の揺れにジャンプの振動が加算される。

私の隣の席が空き、その少年が座ってきた。
先のゲームは飽きたらしいのだが、その内なるエネルギーが行き場を求めるように小さな体をせわしなく動かしている。

そして少年の足が私の足にバシバシと当たる。
普段なら「おう小坊主、行儀良く座りぃ」と心の中で嗜めるのだが、私の胸中にそんなヤーさんはもういない。代わりに菩薩顔のおっちゃんが佇み「これでいいのだ」と歌っている。

子供というのは本当に、退屈と断ずるに些かの躊躇も持たない。どこかの王様みたいだが、それでいいのだと思う。自分の中に他者が存在しない時期が人には必要だと思う。

n番煎じの感想だが、遊びに対する子供の積極的な姿勢は参考にしたい。いつでもどこでも、何かを楽しむというのは本人次第なのだ。
私も大岩駅までの鈍行道中(約15時間)を楽しめるだろうか。

静岡駅にて

13時頃に静岡駅に到着。
まだまだ旅は序盤なのだが、ほんのり漂う不毛感を拭うために観光気分を差し込んでみる。
といっても昼食ついでに駅の近くを散策するだけだが。

駅を出てすぐ地下階段を下ると、繁華街まで通路が伸びていることが分かった。
奥に進むほど人通りも少なく、ニッチな雰囲気のお店が並ぶ。
人気の無い通路が無骨な白色蛍光に照らされ、
多少のダンジョン気分を味わう。

通路の最奥に到着し、繁華街に出ようと階段を探していると、角を曲がったところで唐突に妙な群衆に出くわした。

白いシーツのようなものを体に巻いた女性と、紳士服を着た男性が杖を構え、呪文を放つ魔法使いのようなポーズを取っている。その様子を30名ほどの人が囲んでいる。誰も彼も一切喋る事なく、淡々とそれが行われている。

しばらく呆然と眺めてしまった。
新興宗教の会合に出くわしてしまったのだろうか、巻き込まれて入信させられたらどうしようか。
一瞬そんな妄想が脳内をよぎる。

当然宗教の類いではなく、おそらく何かの演劇イベントなのだが、BGMもセリフも無いところが少し不気味で面食らってしまった。

腕を組みながら遠巻きにこれを眺めている男性に「これは一体何が行われているのか」と尋ねたら「いや、分かんないんすけど、イヤホンで何か聞いてるみたいですよ」と返してくれた。
なるほどどうやらイヤホンで何か聞いてるらしい。

後で調べてみると、アワーフェスティバルシズオカ2024のイベントの一つで、Mobile Theatre(回遊型体験演劇)というらしく、観客は事前に配布されたイヤホンで劇中のセリフやBGMを聞いていたようだ。

昼食は適当なラーメン屋で担々麺を食べた。
その後また少し歩き、14時頃に静岡駅に戻る。
次の目的地は愛知県の豊橋駅だ。

静岡ー豊橋

担々麺を食べたせいだろう、腹が痛い。
傷んだものが出されたわけではなく、
辛いものを食べると腹が痛くなる体質だ。
このタイプの腹痛はボディーブローのようにしばらく効いてくるので厄介である。
「なぜ食べた」というツッコミには返す言葉も無い。

豊橋ー米原

16:20頃に豊橋駅に着く。
一応南下しているはずなのだが異様に寒い。
気温を調べると豊橋は3℃(東京は6℃)だった。
このままでは凍えてしまうので、自販機でココアを買う。末端冷え性のかじかんだ手と缶の温度差によって、火傷するほどに熱い。

すぐに電車が来たため一気にココアを流し込み、16:30に快速列車に乗った。この旅で初めての快速列車だ。全体的に広く、窓も大きく、普通列車と同じ料金で快適な旅ができるというスグレモノ。

夕陽に照らされた丘や田んぼが車窓ごしに流れていく。"写るんです”を車窓の景色に向けてジリジリジリ、カシャリ。
このアイテム感がたまらない。

田舎の風景の郷愁に浸りつつ、今いる場所が生活圏から遠く離れているという解放感に心地よさを感じる。

先頭車両の醍醐味である運転席も覗いてみる。
運転士さんが指差し確認をしながら、ボタンやレバーを操っている。丁寧で無駄のない動作が画になっている。

レールをぼんやり撮影していると「こちらから撮りますか?」と声をかけてくれる青年がいた。
言葉に甘えて場所を譲ってもらい、より良いアングルで画を撮らせてもらう。
なんだかんだ、よい旅をしている。

席に戻り、残りの旅程を確認する。
この列車が滋賀の米原駅に着いたら、
米原→京都→豊岡行きへと乗り換える。
23時半頃に豊岡に到着し、本日の旅程は終了する。

念の為、今夜の寝床を調べることにした。
おそらく駅の近くにビジネスホテルかカプセルホテルがあるだろう。無ければネカフェでもいい。快適な宿など要らない。どうせ翌日は始発で出なければならない。

スマホで豊岡駅周辺のホテルを調べる。


.........出てこない。


ネカフェを調べる。


.........出てこない。


いや、ホテルについては、出てくるにはくるのだが、駅から徒歩で行けるような距離ではない上、
なかなかいい値段を提示してくる。

よく考えたらそりゃそうだろという話だが、田舎の駅近に利便性を期待するのはお門違いだった。

どうしよう、あそれ、どうしよう。

踊っている場合ではなく、
これは本格的にまずい状況かもしれない。

時間・経路的に、なんとしても今日中に豊岡に身を置いていなければ、翌日に大岩駅に行くという目的を果たした後、月曜の朝までに自宅に帰れないのである。

手に汗を握り、もう一度、
豊岡駅周辺の宿を探してみる。

すると表のサイトには当然出てこないであろう風貌の宿が1つだけ見つかった。
名をゴールデンエンペラーという。
そう、ラブホテルだ。

知らない土地の深夜に1人でラブホテル。
こういった施設を使ったことがない私にとって、
これは相当ハードルが高い案件だ。
そもそも1人で宿泊は可能なのか、手続きはどうすればいいのか、備品には何があって何が無いのか、どんな顔で眠ればいいのか。

いや待て慌てるな、クレバーにいこう。
今どきは民泊宿やゲストハウスなんかもある所にはある。

手汗を手首まで滴らせながら、ぬるぬるした指で
「豊岡 駅近 ゲストハウス」と検索する。

ゲストハウス1件
ドミトリータイプ
ベット空き1

あった、やはりあったぞ。
最後に掴んだ女神の後ろ髪、手放すわけにはいかない。

どうやらHPから予約できるらしいのだが、
注意書きにはこう書かれていた。

チェックインは22時まで。
それ以降は電話で直接連絡を入れた場合のみ、
24時までチェックイン可能。

豊岡駅に着くのは23時半頃だから、当然電話連絡が必要だ。宿は豊岡駅から歩いて15分ほどの場所だが、ギリギリ間に合うはずだ。

ラストベッドのため早く予約しなければいけないのだが、できることなら電話で直接予約を確定させ、かつチェックインが22時を過ぎる旨も同時に伝えておきたい。
しかし、今は公共の車内。
電話をかけるわけにはいかない。

なに大丈夫さ、米原駅に着いてから電話をかけたって十分間に合うはずだ。こんな当日まで埋まっていないベット、そう簡単に埋まるものか。

とにかく落ち着くことだ。
私のようなうっかりさんがこういうときに焦って行動してはいけない。

駅に着くまでまだ時間がある。
そういえば豊橋駅で一気飲みしたココアが膀胱に降りてきているのを感じる。ついでに担々麺のカプサイシンと緊張感がブレンドされた腹痛も感じる。
この荒ぶった内臓を鎮めてからゆっくりHPを読みつつ、米原駅到着を待つのがよかろう。
私は席を立った。

車内はいつの間にか満席になっていた。

人々に気を払いつつトイレへ向かう。

用を足している最中にアナウンスが聞こえた。

「次はおおがき〜おおがき〜」

なるほど、よしよし。

さっさと降りて電話を入れなければ。

トイレから出て、電車のドアをくぐる。

電話をかけるために待合室に入る。

電話の前に宿のHPを再度確認し、ついでに次の電車の発車時刻も調べておく。電話をかけている最中に乗り遅れては元も子もない。

京都行きの電車は18:47で、今は18:04。
次の電車まで思ったよりも時間がある。



おや?



……スーッと血の気が引くのを感じた。

急いで待合室を抜けて、駅名を確認する。

表札には「おおがき」と書かれていた。

何をしているのかよく分からないと思うが、
私も自分が何をしているのか分からなかった。
降りなければいけないのは米原駅である。
大垣駅は米原駅の1つ手前の駅である。

車内のトイレで聞いたアナウンスで「次は大垣駅に着く」ということを私はしっかりと認識している。
認識した上で降りる駅を間違えたのだ。

もちろん、さっき乗ってきた快速列車はとうに発車済みである。次の快速列車が大垣駅に着くのは30分後。

......現在時刻と駅名を経路検索に入力し、
今日中に豊岡に行けるかどうかを確認する。
30分後の快速で京都に着くのが20:12で、
京都から豊岡への終電が20:03だった。
タクシーが快速列車より速いはずもなく、
何をどうしてもこの終電には間に合わない。


つまり、この時点でこの旅は破綻したのである。


......もし今朝寝坊しなければ、静岡で散歩しなければ、担々麺を食べなければ、早めに宿を調べていれば、おそらくこういうことにならなかっただろう。

振り返ってみれば自業自得なのだが、体感としては突然不可解な現象に巻き込まれたような感覚がある。
自分で蒔いた種に咲いた花の香りに誘われた蝶の羽ばたきがここで竜巻に至ったような(?)

何のためにここまで来たんだか。
失意やら後悔やらに飲まれ、しばらくホームに立ち尽くしていた。
3月半ばだというのに、雪が降り始めた岐阜の夜だった。

後日談

結局次の快速で京都に行き、だらだら観光をして帰ったというのがこの旅のオチになる。
しかし、目的が達成されなかったことが心に引っかかっていたため、日を改めて鳥取県の大岩駅に向かうことにした。

今度は有給を召喚し、3日間の旅程を取った。
再度青春18きっぷを使い、前回と同じ道のりを辿る。
なんやかんや色々あったが、無事目的を果たすことができた。いずれどこかでこの時の話をしようと思うが、それはまた別の機会に。

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