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日記

少年院では日記を書きます。
毎日。

施設によって多少やり方は異なるけれど,基本的には,生徒(非行少年)が書いて,当直の先生がコメントを返す。

当直の先生はだいたい5〜7人でローテーションするので,生徒1人に対して複数の先生がリレーでコメントを返す形。1対多数の交換日記だ。

いろいろな考え方があるだろうけれど,個人的には少年院の矯正教育における結構重要な取組だと思っている。

あくまでも僕が経験した範囲ですが…少し紹介しておきたいと思います。

(最後に関連するYoutubeを1本ご紹介しておきます。)

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1)基本的な枠組み

冒頭に紹介したように,基本的には生徒と法務教官の1対多数の交換日記。

生徒は夕食後に日記を書き,提出する。
教官は夜間巡回の合間にコメントを書く。

その内容や書き方に特に決まりはなく,当然,生徒によって全然違う。

僕のいた施設では普通のキャンパスノートを日記帳にしていて…1日1ページ書くように指導はしていたけれど,分量を満たせなくても罰則はない。

生徒が手書きしたものにコメントを書くので,教官の方も手書き。

だから…

字が雑すぎる職員の場合,翌日に「これなんて読むんですか?」と生徒から質問に来ることもある。

少年院の日課は,施設ごとに細かい部分が違っていて,職業指導の科目や取れる資格が異なっているけれど…

日記を書かせていない施設は聞いたことがないし,これはきっと…少年院の矯正教育の歴史の中でずっと続いているものだと思う。調べたことはないけれど。

多くの教官は,出勤時の朝のルーティーンに「生徒たちの日記を読む」が組み込まれている。

1対多数とは言え,他の生徒が見ることはないので,少年院生活に前向きに取り組んでいる人は結構赤裸々に書いてくる。

中には,自殺願望のようなものを書いてくる人もいるし…生活状況や価値観,思考の癖など,多くのものを”読み取る”ことができる。

交代制勤務で平日を休むことも多い法務教官にとって,特に担任の日記は,重要な資料でもあり,大事な指導の場だ。

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2)実際どんな日記書いてるの?

何を書くかは人それぞれだし,それに対するこちら側の受け止め方も様々だけれど…

基本的にはその日の出来事とその感想を書いてくる。

加えて僕が勤めていた少年院では,前日の当直教官が書いたコメントへの返事をきちんと書いてくる人がほとんどだった。

もちろんその教官との信頼関係や,コメントの中身次第でそのへんの雰囲気は変わるけれど。

もちろん書く能力や知的水準等によって差はあるけれど,基本的に少年院に入ったばかりの人の日記は薄っぺらい。

できごとに対して一言感想を書いて終わりだ。

今日は母親が面会に来た。
特に変わった話はなかった。

とか

今日の体育では,ひたすら走った。
しんどかった。

とか

今日は午前中実習があって,午後は日課がなかったので暇だった。『ハリーポッター』を読んで過ごした。楽しかった。

とか。

必ずしもそれが悪いわけではないだろうが,正直な話…その日記を繰り返すだけでは書く意味がないなぁ…とは思います。

(そのへんはこのあと↓掘り下げます)

基本的には…

徐々に,思考の道筋が読み取れる文章を書いてきたり,価値判断が複雑になってきたりします。

 今日は母との面会があった。来てくれるのはありがたいし嬉しいけれど,今日の体育は大事な練習試合もあったので,そこは少し残念だった。

 面会では,出院後のことも話した。定時制の高校に通いたいと言ったら賛成してくれてよかったけど,仕事との両立について心配された。たしかにそこまで考えてなかった。

みたいなね。

もちろんポジティブな内容ばかりじゃないけれど,仮に少年院の日課や法務教官の指導に批判的な内容を書くにしても…一言の感情論ではなく,きちんと思考を伴うものを書けるようになってくる。

当然ながら…

「2回目の少年院生活」とか
「養護施設でも書いてた」とか

そういう経験次第で,かなり差がありますけどね。

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3)へいなかの個人的な考えと取組①

さて,

ここからはさらに個人的な意見。
若い法務教官に参考にしてほしい。

これは読書感想文にも言えることですが…教育に携わる人間はわりと「批判的な意見を否定してしまう」という傾向にあります。

例えば「走れメロス」の感想文を書かせた時…

何人かの生徒が「走れメロスはつまらなかった」とか「友情のために走るなんて馬鹿らしい」みたいな,作品のメッセージや価値に対して否定的な立場で文章を書いてくる。

するとつい…

「この作品は多くの人に読みつがれてる名著なんだ」とか,「君には友情の大切さがわからないのか!」とか言いたくなっちゃう。

でもそれ…
もったいないです。

日記にしろ読書感想文にしろ,大切なのは,その思考の経路を文章化することだと僕は思う。対象への賛否はどっちでもいいんだ。

だから…

『走れメロス』を読んだ。最高だった!

『走れメロス』を読んだ。くそつまらなかった!

も,

「その理由や理屈を書いていない」ということがもったいないわけで,賛否自体を指導するのはタイミングが違う。

法務教官や教員はつい,課している課題や日課に対して批判的なことを言われると反論しがち。

でも,

反論より先に,「これは自分で理屈わかって言えてるのかな…」と考えて,そこに手を入れてあげた方がいいと思う。

日記は…

ただ事実の記録にするのではなく,その日課や課題から何を感じたかを起点にして思考を走らせ…明日の自分にとって価値のある何らかの気づきを残した方がいい。

少年院の教育を下らないと思っても
法務教官の指導にむかついても
メロスがつまらなくても…

そう感じた理由をきちんと言語化できていれば,気づきのチャンスが生まれる。

それができていない子が多いので,まずはそこから指導したらいいんじゃないかなと,僕は思います。

是も非も,書き出しておけば後から読み返すことができるし,自分の思考や価値観が文字で見える。

思考や価値観に触れる指導をするのなら,そのあとの方があらゆる意味で効果的です。

本人だって自覚していない思考回路を,横から文句言ったって理解できないでしょ。

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4)へいなかの個人的な考えと取組②

何度も言うようですが,少年院における日記は1対多数の交換日記。法務教官は,リレーでコメントを書いていく。

だから,

力のある教官ほど,前後の文脈をきっちり意識して書いています。

前日の職員のコメント
それに対する生徒の反応
本人の問題性とその反応の関連
自分と生徒との関係性や日中のやり取り etc…

可能な限り詳細に文脈を押さえて,今日の日記を受けてコメントを書いていく。中には,次の日の若手職員へのメッセージを込めて書いているツワモノもいる。

自分と生徒との関係性だけ,その日記に書かれた文章だけを見たコメントでは,効果が薄くなる。

「リレー」であることを念頭に,「指導をつなぐ」ことのできる職員がいると,チームとしての指導が加速していきます。

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5)参考にこちらもどうぞ

こちらはVtuberのかなえ先生。

彼も少年院で勤務していた人で,2020年9月からYoutubeで活動を始めた人。

中の人と直接お会いしたことはありませんが,チャンネルを見ている限りでは僕より遥かに理論的なことを押さえてらっしゃる。

ライブ配信ではきっちりリスナーとコミュニケーションを取っていて,内容のエッジの立ち方とのギャップが凄いですが…それも含めてファンの多い方です。いろんな意味で勉強になります。

ご参考にどうぞ。

放デイのスタッフをしながら、わが子の非行に悩む保護者からの相談に応じたり、教員等への研修などを行っています。記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。