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元法務教官が冷静に少年法の是非について考えてみる。

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本稿はほかの記事同様あくまでも個人的な見解に基づくものです。法務省を含むあらゆる組織・団体とは無関係に個人の経験と考察に基づいて記しています。
2021年11月7日現在約2800字。
不定期に追記するかもしれません。


1)はじめに


年少者の全国的に報道されるような事件が起きるたびに議論になる少年法。昨今はそれらの事件とは別に、「成人年齢」という角度からも議論が繰り返された。


私は2021年3月まで少年院で勤務していた元法務教官だ。非行少年の教育に携わってきた人間だから当然といえば当然なのかもしれないが…私は少年法は必要だと思っている。


ただし…


それは安直に「子どもたちの未来を…」とか「非行少年は社会の被害者だ」なんてキラキラした言葉で思考停止した話ではない。


私なりに少し考え、ほかの可能性も検討した上で、改めて少年法は必要だし、その適用上限は20歳でよいと思っている。


これまでもTwitterなどで少しずつ発信してきたことではあるが、ここにまとめて記しておきたいと思う。


なお…


実際に塀の中で勤務していた人間ではあるが、私はあくまでも現場の人間である。目の前の非行少年と向き合うことにだけ注力してきた非学者であり、これから記すものも体感的な知識にもとづくもの。いわゆるエビデンスや正確な統計によらないものであることをご了承願いたい。


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2)少年法のコスパ


必要だという結論を言っておきながらいきなりなんだが、少年法を土台として運営されている少年院はコスパが悪い。その傾向は年々進んでいる。


そもそも刑務所も少年院も経済的利益を上げる施設ではないから国からすれば直接的に見れば赤字であるのは当然なのだが、少年院は刑務所と比べても遥かにコスパが悪い。


私の記憶がまちがってなければ、この国には現在、約3000人の法務教官がいる。少年院や少年鑑別所に勤務し、非行少年の健全育成に心血を注いでいる。


では一体、年間何人の非行少年が少年院に来るかというと…実は最近2000人を下回った。(ちなみに検挙された少年の数も年々減っており、最近20万人を少し下回った。)


要するに逮捕された少年の100人に1人が少年院に送られるわけだが、少年院では少年よりも職員の方が多いという状況になっているのだ。


その傾向は僕が勤めていたところにもあてはまる。令和2年度はだいたい職員数と少年の数が同じくらい。令和元年度は下回っていることも多かった。


職員と少年の数が同じということは、職員一人の人件費が丸ごと一人の少年に使われているということ。それ以外に衣食住にまつわる様々なコストも当然発生する。


国家公務員一人の人件費を丸ごと非行少年一人に使う…果たしてそれが妥当か…というところには意見が分かれると思う。


非行少年がきちんと更生し、その後、納税者として長年仕事をし続けたとして、自分に使われた金額分を納めるのに何年かかるだろうか…仮に一人がそれを達成したとして、別の一人が再犯すればそっちはまた大赤字になる。


それが再犯防止に繋がるのか、少年の更生の可能性をつぶしていないかという議論を一旦脇に置いて経済の観点からいけば、少年院を潰し、少年法を廃止して、刑務所に一本化した方が、税金のコスパはいいのかもしれない。


もし仮に少年院や少年鑑別所を廃止して、すべての非行少年を大人と同じ司法制度に乗っければ、職員も不動産も大幅に削減でき、法務省のコストは大幅に減るだろう。


当然のことながら、少年審判を行う家庭裁判所も実質的に必要ない。


純粋にコストのことだけを考えれば、刑務所に一本化した方がいいに決まっているのだ。


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3)本当に「少年法の廃止」だけを行うとどうなる?


では実際に少年法を廃止して未成年も大人と同じように裁判にかけたらどうなるか少し考えてみよう。


成人に裁判でくだされる判決には「執行猶予」というものがある。


あなたの行為は刑務所でタダ働き3年に該当します。ただし、あなたには自分で更生する可能性がありますから、今すぐ刑務所に送るのではなく少し様子を見ます。


というのが執行猶予だ。文字通り、本来今すぐ受けるべき刑の執行を少し猶予(先延ばし)する制度。


大半の場合、初犯では執行猶予がつく。執行猶予がつくということは、そのまま社会に戻ってくるということだ。逮捕されて裁判受けはしたが、罰も教育も受けてはいない。そのままの人間が戻ってくる。


今少年院に入っている子たちを、大人と同じように裁判にかけたら…その大半は執行猶予がついたはず。つまり塀の中に送られることなく、一旦社会に戻ってくる。


少年法によってくだされる保護処分にそれはない。


少年院送致は保護処分。法的な考え方では罰ではない。「本人の人生のために周りの環境から切り離しましょう」ということ。だから執行は猶予されずすぐに行われる。


つまり


少年法による保護処分だから、いち早く塀の中で教育を受けることができるのであって、少年法がなくなったらそのタイミングは少なくとも数ヶ月は遅れる。その間、ほぼ確実に次の非行・犯罪が行われ、次の被害者が生まれることになるだろう。


少年法は「子どもがかわいそうだから刑務所に送らないようにしよう」ではない。あくまでも「早めに手を打ってより一層重大な罪を犯す前に教育を授けよう。彼らのためにも社会のためにも。」というものなのだ。


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4)一旦まとめ


犯罪とは理不尽なものだ。ルールに反した人間の手によって、ルールを守っている人間が甚大な被害を受ける。


この国は、ルールを守ることが何よりも重視され、それがアイデンティティになっている稀有な国だ。それは技術革新や世界的ビジネスにおいては足かせかもしれないが、世界的にも稀な犯罪率の低さや、震災などへの粛々とした対応となって十分なメリットも生んでいる。


ところが…


昨今は思考停止したままルールを守ること自体が生きる目的になってる本末転倒人間も増えていて、ルール違反にアレルギー反応を起こし、感情に任せて乱暴なことを言う人間も増えてきているようだ。


本来接触を避け、感染を防ぐためにマスクをつけましょうと言っているのに「マスクをつけろよコノヤロウ」などと飛沫をとばしながら近寄ってくる大馬鹿者も続出した。


理不尽に対して怒りが湧くのはよくわかる。でも、非行少年の大半が刑務所に行かないという事実に対して「刑務所に入れるべきだ!少年法は意味がない!」というのはちょっと乱暴にすぎるのではないかと思っている。


少年法は、「あなたの街に帰ってきたはずの非行少年を、帰さずに少年院に送る」ことによってあなたの生活を守っているかもしれないのだ。


現行制度が絶対的に効果的かどうかはわからない。改善の余地もあるのかもしれない。ただ…少年法が不要だとは、私にはどうしても思えない。


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本稿はここまでです。少年法に関心を寄せてくださったあなたへの感謝を込めて無料で全文を読めるようにしています。感想やご意見をコメント欄やTwitterなどに書いていただけたらとても嬉しいです。


この下には僕からの「最後までお読みいただきありがとうございます」だけが記されています。


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放デイのスタッフをしながら、わが子の非行に悩む保護者からの相談に応じたり、教員等への研修などを行っています。記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。