カブの旅 第18話「定義山」
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仙台の市街地は10度近くあって、ネックウォーマーをしていると少し暑いくらいだったのに、山に入った途端気温がぐっと下がったのを、だんだんと冷えゆく指先で実感する。今日の目的地である定義山も、その名の通り山にあるので、この季節にバイクで行く人は油断しない方がいい。
定義山は山の名称というより、一般に定義如来と呼ばれる西方寺がある場所の通称だ。仙台では割と有名な観光地で、門前町では名産品が売られている。中でも人気の『三角油揚げ』なら知っている人も多いのではないだろうか。
もちろん僕も知ってはいたが、例によって例のごとく地元の観光地に疎いので、実際に食べたことはなかった。よってこれまたT氏と走りがてら、訪れてみることにしたというわけだった。
山の麓はなだらかな上りだが、だんだんと峠感が増していく。
途中ではこんなに道がぐねぐねとしている。
「しかし、やっぱり意外に上りに強いよな、おまえ」
坂がきつくなったらギアを落とせるので、一般的な原二スクーターよりはきびきびと登っていく……ような気がする。こいつ以外に乗って公道を走ったことがないからわからないけど。
(上りはな。逆に下りは弱いぞ)
「そうなの?」
(ブレーキやタイヤが山を走るにはプアだからな)
「ああ、まあね」
基本的にカブは市街地を走るものなためか、ブレーキは前後ドラムだし、タイヤもノーマルなビジネスタイヤだとグリップはほどほどしかない。
「でも大丈夫でしょ。それほどスピード出るバイクじゃないし」
(全然大丈夫じゃないんだがな)
カブの言う通り、全然大丈夫じゃないことを、僕はこの日身をもって知ることとなった。
仙台市街地は近頃雪はまったく降っていなかったが、さすがに山には残雪が散見された。しかし路面にはなく、たまに雪解け水で濡れているくらいだったので、引き返すことなく進む。
大倉ダムを越えてもう少し行くと、定義山の入口がある。
平日のせいか冬場のせいか、年間100万人観光客が訪れるという割には、人の姿はまばらだった。閉まっている店もいくつかあった。
バスの本数……利用者が少ないのかもしれない。
とりあえず門前町の方へ。売店や食事処がある。
看板犬が『引っ越した』らしい。
その先にはお寺がある。
順路を進み、本堂へ。
さらに奥には五重塔がある。
五重塔付近の庭園は雪化粧されていた。
CLOSEだったカフェの前に、黄色のリトルカブが。
「かわいいな」
(浮気か?)
「その話はもういい」
そして名物の三角油揚げを食べに。こちらのお店でいただく。
肉厚でさくさくでもっちり。にんにく七味と醤油の相性がバツグンで、これで1枚130円というのだから、評判になるのも頷けた。
(うまいな)
とカブも舌鼓を打つ(?)くらいだ。
(豆腐好きの私の舌を鳴らすとはなかなかのものだ)
「豆腐好きなの? まあスーパーカブにはお似合いな食べ物か」
まあ普通のカブは豆腐を配達するだけで、食べはしないと思うけど。
山は日が落ちるのが早い。暗くなる前に、早めに下山することに。
明るいうちなら、峠道は怖さより楽しさが勝る。
やっぱりバイクは車のいないワインディングロードを走ってこそだよな——僕は意気揚揚と帰りの山越えに臨んだ。
☆
といった具合に。
主はこの時、いささか調子に乗っていた。
自身を、そして私を過信していた。
想像力に欠けていた。
それは決して他人事ではなく。
いつか自分も起こすかもしれないということを。
いつでも遭う可能性があるということを。
幸い、主も私も無事だった。他の誰にも迷惑をかけなかった。
しかし、それで良しとしないことだ。
それは単に運が良かっただけにすぎない。
ゆえに、ゆめゆめ忘れぬことだ。
私は、バイクは、容易に転ぶのだと——。
その分活字を取り込んで吐き出します。