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カブの旅 第14話「七ツ森湖」

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 バイクに乗ると、というかヘルメットをかぶると、髪が物の見事にぺちゃんこになる。それは間違いなくデメリットだけど、逆に考えれば、どうせぺちゃんこになるのだから髪型を整える必要がないとも言える。ヘルメットを脱いだ時用の帽子は常に用意していることでもあるし。
 なので、髪を濡らして寝癖を直すこともなく、衣服を着込んでいると、その防寒対策を嗅ぎつけたか、カブが話しかけてきた。
(今日はどこをカブつくんだ?)
「何だって?」
 カブつく? って言ったのか?
「カブつくって何だよ」
(『カブでぶらつく』の略だ。つまりカブに乗ってどこかに行くことを意味する)
「そんな若者言葉はないからな」
 いや、今時の若者言葉なんか知らないけど、バイク離れが進む昨今、カブがティーンに人気だなんて話はまずないはずだ。
(若者言葉じゃない。カブ言葉だ)
「カブ界にも流行とかあるんだな」
 というかその前にカブはみんな言葉を話すのか?
(流行というか、カブつくはもう定番になっているぞ。主ら人間の言葉でいうと『マジ』くらいにはみんな使っている)
「もう辞書に載るレベルじゃないかそれ」
 いやカブ界に辞書があるのかわからないけど。
 でもいいな、カブつく。悪くない言葉だ。
 流行らないかな。
(で? 今日はどこをカブつくんだ?)
「今日は大和町にある、七ツ森湖ってとこだよ」

  *

 宮城県黒川郡大和町は、仙台市の北側に隣接している。なので七ツ森湖も遠くはない。地図でいうとこの辺り。

『湖』と名称ではあるが、実のところはダムだ。七ツ森とは周辺に7つある山の総称で、それらに囲まれているから『七ツ森湖』らしい。
 なぜここを選んだかというと、以前青葉城趾に行った時に通った山道が楽しかったからだ。なので今度は山の方に行こうとなり、ちょうどいい距離で目的地になりそうな七ツ森湖を地図で見つけたので、行ってみることにした。

  *

 仙台市街にある東北大学病院から泉区の方に伸びる、国道264号線を北に向かう。この道は宮城県図書館辺りまでは来たことがあるが、その先には行ったことがなかった。七ツ森湖はもう少し先にあった。
 264号線は概ね長い直線なので、非力なカブには辛いかと思いきや、車が少なかったこともあり特に問題なかった。常時60キロ以上で走っていて気付いたけど、どうも風防のおかげで高速の維持が楽になったようだった。大した違いじゃないかもしれないが、背中を丸めて走ることは確かに少なくなっていた。

 しばらくして山の方に逸れると、お待ちかねの山道になった。とはいっても峠のように急勾配でもくねくねもしていないので、4,50キロでのんびり走る、まさにカブつくにはもってこいの道だ。

 坂道を登り切ったところで、視界が開けた。

 日曜なのに人がほとんどいないのは、元々なのか、真冬だからか。しかし静かなのはありがたかった。

 ダムを横切る橋を渡る。

 広大なダムの直上をバイクで走るのは少々怖い。

 渡り切ったところに公園があったので、そこに駐輪して散策する。

 遠くに見える山は七つの内の一つなのだろうか。

 焼き場があった。キャンプもできるらしい。

 見晴台らしき丘があったので、登ってみる。

 木が邪魔で景色はよく見えなかった。
 苦労して登った甲斐がなかった。

 橋に戻り、今度は歩いて渡ってみる。

 橋から釣り糸を垂らしている猛者のおじいさんコンビがいた。
 釣りはまったくしないからわからないのだけど、釣り人にとっては普通のやり方なのだろうか。

 周辺にダム資料館や物産展らしきものがあったけど、もちろん寄らずに帰った。もう慣れたのか呆れきったのか、カブが何か小言を言うことはなかった。

  *

「でも、どうしてバイクだとどこかに行きたくなるんだろ」
 帰り道、なだらかな下り坂を良い気分で走りながら、思わず呟いた。
 七ツ森湖はいいところだったけど、一人で車に乗って来ようとは思わない。果たして誰かと一緒でも来ようとしただろうか。
(それは、走ること自体が目的かどうかの違いだろうな)
「走ることが目的かどうか?」
(ああ。主にとって車は、あくまで移動の手段なのだろう。でもバイクはほとんど走ること自体が目的になっているんだ。行く先はそのついでにすぎない。今日だって主は、山道を走るために七ツ森湖に行ったのだろう?)
「確かに」
 ATで楽なスクーターではなくギアチェンジのあるカブを選んだのも、その方が走る楽しさがあったからだ。
 ということは、車で走るのが好きな人は、きっと一人でも車でぶらっとするのだろう。確かに、僕もロードスターとか持っていたら楽しくてよくドライブしていたかもしれない。
 なかなかいいことを言うカブだった。さすが流行語を作るだけはある。
「しかし、話は変わるけど……おまえって山の中にいると、保護色でステルス性が増すのな」
(そうだな。見事にカブルスってるな)
「カブルスってるって……」
 それは流行りそうにないな。

その分活字を取り込んで吐き出します。