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カブの旅 第6話「衣装替え」

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 ピンポン、とチャイムが鳴ったので、僕は待ってましたとばかりに判子を持って玄関に向かう。
(何だそれは)
 とカブが唐突に話しかけてきたのは、僕が宅配のお兄さんから抱えるほどの大きな荷物を受け取った後のことだった。
「通販で買ったんだけど……って、おまえはどこからこれを見てるんだよ」
 僕の自宅は四階、カブは一階の外に置いている。たとえカブに目があるのだとしても、“肉眼”でこの荷物が見えるはずがない。
(なに、おまえの視覚をハックして見ているだけだ)
「……ほんと何でもありなやつだな」
 脳に直接話しかけられるし。
(まあ、カブは何でもできるからな)
「僕のプライバシーは守ってくれよ」
 どことなく誇らしげにしているカブをそう窘めつつ、ダンボールを開けていく。
(何買ったんだ?)
「箱だよ。ボックス。おまえにつけるやつ」
 リアボックスってやつだ。これがあるのとないのとでは収納力が全然違う。まあ見た目の良さはスポイルされてしまうけど、特にスクーターのようにシート下のないカブには必要となるものだ。
(箱か。まあ外見が許容できるなら付けた方がいいだろうな。合羽などの常備しておきたいものは入れておけるし、ヘルメットも外に出さずに済む)
「そうそう。ああそういえば、あとステッカーも買ったんだよ」
(本当に主ら人間は、私にステッカーを貼りたがるな)
「なんか貼りたくなるんだよな。レッグシールドが真っ白でキャンバスみたいだからかな」
(MacBookにステッカーを貼りたくなるみたいな感じか?」
「いや、僕はそっちは別にならないんだけど」
 というかなんでバイクがMacBookにステッカーを貼りたくなる気持ちを知っているのか。何でもできるからか?
(人間って面倒だな)
「カブは面倒じゃないの?」
(単純極まりないぞ。機能美ってやつだ)
「羨ましいな」
 嫌みじゃなく。
 そういうカブに、僕もなりたい。
「ってことで、今日はおまえの衣装替えをしようと思う」
(了解した)

  *

「よし、まずはステッカーを貼ってみたぞ」

(何だこれは。おまえのロゴじゃないか。自分で作ったのか?)
「ピクシブファクトリーってサイトで作ったんだよ」
 ピクシブファクトリーとは、同人グッズの制作を行えるサイトだ。ステッカーを作るなら他にもネット印刷屋がたくさんあったが、どれも注文単位が100枚からなどと多く、その点ピクシブファクトリーなら1枚から注文できたので、試しに作ってみたのだった。他のグッズはわからないけど、ステッカーなら画像をアップしてちょっと修正するだけでこちらの作業は終わりだったので、とても簡単だった。
「届いてみてわかったけど、四角形のステッカーの角が微妙に丸いのもよかったな」
 角が丸いと剥がれにくいらしいから。
(物は確かにいいが、でもこれだと、私がおまえのものだってバレバレだぞ。いいのか?」
「いいよ別に。ぱっと見某ビールのロゴにしか見えないだろうし、もし僕だってわかる人がいるのなら、むしろ会ってみたいくらいだよ」
(私も会ってみたいが、果たして私が生きている内に会えるのだろうか)
「やかましいな」

  *

「箱もつけたぞ。どうだ?」

(……箱の前に、どこだここは。いきなり海にいるぞ)
「それは次の話で書くよ。で、どう? 問題ない?」
(ぴったりだ。まあ定番の箱だからな)
「まあね」
 カブのリアボックスといえばこれ、アイリスオーヤマの鍵付きRVBOX。
 カブの荷台にぴったりだし、何といっても安い。2000円くらいで買えてしまう。僕は容易に取り外せるように荷締めベルトで取り付けたけど、それはホムセンで500円くらいだったから、合計で3000円もかからずにリアボックスを装備できたことになる。
(だが、なぜこの向きなんだ?)
「いや、最初はこれから90度回転させた向きで、左側から開けられるように付けたんだけど、それだと背中が窮屈だったんだよ」
(だろうな。その向きにしたいなら荷台の後ろの方に取り付けないとだめだろう。まあこれでもいいんじゃないか。もしくはここから逆にして、後ろから開けられるようにするとか)
「それも考えたけど、この向きならがんばれば乗ったまま開けられるんじゃないかって思って」
(ふーむ、そういう考えもあるか)
「よーし、これでひとまず最低限の装備は整ったな。これからの旅はもっと捗るぞ。なあ?」
(そうだな……)
「……?」
 何やら思案げなカブが気になりはしたが、カブの衣装替えに満足した僕は、深く考えずに自宅へと戻った。

  *

 そのカブの歯切れの悪さがどこから起因したものだったのか、この時の僕は知る由もなかった。

  ☆

 まあ無理もあるまい。
 この箱の取り付け位置が、後にとんでもない出来事を引き起こすことになるなど、未来を見通すことのできない人間である主がわかるはずもない。
 何でもできる、私ならいざ知らず。

その分活字を取り込んで吐き出します。