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カブの旅 第2話「契約」

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 摩訶不思議な喋るカブの仕業で、そいつ(中古のスーパーカブ110)が売られている販売店にグーバイク経由で問い合わせたところ、翌日には丁寧な返信が送られてきた。これは行かなきゃ失礼だなと思い、予定のない日に出向くことにした。
 場所は仙台市太白区、JR南仙台駅近くにある原付専門のバイクショップだ。
 ガレージを改造したかのような建物の内外に、原付バイクが並べられている。見たところ主に中古を扱っているお店のようだ。
 さて奴はどこだ、と探しながら入店すると、奥から割と若めの男性が現れた。おそらくは店主だろう。
「すみません、ネットの方からスーパーカブ110を問い合わせた者なんですが」
「ああはい、こちらですよ」
(——ここだ)
 店主の声に重なるようにして、またもやあの男とも女ともつかない声が脳裏に響いた。
 振り向くと、そいつはいた。
 緑色の丸目スーパーカブ110が。
(ようやく会えたな)
 カブが言う。心なしか、その丸目のヘッドライトから声が聞こえるような気がする。もしかしたらその辺りがカブの口なのかもしれない。
「本当にカブだったんだな……」
 声の主が、だ。どうやら僕の頭がおかしくなったわけではないらしいので、その点は安心することができた。……怪奇現象は依然続いているんだけどね。
「え? 何がです?」店主が訝しんでいた。
「あ、いえ……」
 店主にはカブの声が聞こえないのか……となると、僕の頭だけがおかしくなった説はまだ拭えないみたいだ。
「な、なかなか状態良さそうですね」
 ごまかしついでに件のカブを眺める。さすがに二万キロ走っているだけあって、細かな傷や錆はあったが、全体的には十分きれいで、むしろヴィンテージ感というか、いい具合に歳月を経ているような印象を受けた。
「エンジンも調子良いですよ」と店主。「かけてみましょうか」
(心して聞くがいい。私の魂のサウンドを)
「カブのくせに、何を大層に——」
 所詮は110ccの単気筒エンジンだろ——という侮りは、店主がセルスイッチを押した瞬間キレよく始動したこいつに吹き飛ばされた。
 静かな、けれども確かなアイドリング。一定のリズムで刻まれるそれは、同時に僕の胸を——いや、心そのものを共振させ、高鳴らせた。
 心地良い——胸の昂揚と矛盾することなく落ち着きを得られるその音は、日本人のミームを震わせる、まさに魂の鼓動だった。
「どうでしたか?」
 店主に聞かれて、初めてカブのエンジンが切られていたことに気付いた。
「……いいですね。アイドリングも安定していますし」
(いいだろいいだろ。欲しくなっただろ)
「うーん……どうしようかなあ」
(何を悩む必要がある? 破格の安さだぞ)
「そこがなんか引っかかるんだよなあ。安物買いの銭失いになる気がしてさ」
(新車を買っても宝の持ち腐れになるかもしれないぞ)
「言われてみれば、確かに」
 バイクに乗ってみたいと思って免許を取ったのだけど、僕は基本的に出不精なので、買ってもそれほど使わないんじゃないかという心配が依然あった。
(それにこの値段を見たら、もう新車を買う気にはなるまい? 14万円くらい違うんだぞ。浮いた金で新型iPhoneが買えるじゃないか)
「え、嘘。マジかよ」
 新型iPhoneが買える——それは殺し文句だった。
「買います。このカブ」
 優柔不断の僕にしては珍しく即決だった。だって欲しいもの、新しいiPhone。
「ありがとうございます」
 ではこちらで契約を、とレジの方に向かう店主についていき、書類に記入と捺印をする。
(これで契約は完了した)
 店を出る際、カブとすれ違いざまに言われる。
(これからは、おまえが私のマスターだ)
「ああ、よろしくな」
(旅の支度をして待っているぞ)
 どうやら納車前の整備のことを言っているらしい。
「僕もおまえの乗り方を勉強しておくよ」
 なんせ取得した免許は小型AT限定だ。もちろんスクーターの乗り方しか知らない。足でリアブレーキをかけるってどんな感じなんだろう。
 納車日に即事故る——なんて不吉な、けれどありがちなことにならないように、きちんと予習しておこう。
 ちなみに納車日は来週とのこと。
 近頃仙台はめっきり冬の様相になった。
 雪が降らないことを祈ろう。

その分活字を取り込んで吐き出します。