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今年はドキュメント72時間の年末スペシャルを見ることができる

うちの会社は例年、きっちりと12月30日まで営業する。
これは卸業である米屋という職種柄というか、あるいはそういう体質である。

東京は30日ともなると如実に人口が減り、私の職場が位置するオフィス街においては、ことさら顕著である。
通勤電車も、皆が座れるほどにガラガラ。
それは道中で「今日って出勤日で合ってるよな?」と、軽く不安を覚えるほどで、あるいは、遠足なのに間違えて普段通りに登校してしまった焦燥感にも似ている、ような気がするが、その経験はない。

休みに越したことはないのだが、この30日の出勤が、嫌いではない。

大概いつもより早めに業務が終わり、運良ければ日が沈む前に帰れる。
そして、私は駅の、会社とは反対方面の出口を突っ切り、歩みを進める。
しばらく行くと高層ビル、マンションが乱立し、倉庫などが並ぶベイエリア、港湾地域に出るのだが、そこを闇雲に散歩する。
この時間が一年で一番好きな時間、とは言い過ぎかもしれないが、とにかくとても、著しく気分が良い。
あくまで、ただの仕事納めであり、どうせ一週間も経たないうちに、またいつもの、決して楽しくはなく、しかし退屈ではない、でも多少つまらない、おそらくは世間一般で言うところの普通の生活が始まる。
しかし、その散歩をしている際は、何か漠然と全てが、何もかもが終わったかのような清々とした感覚が、幾らかある。
稼働していないビル、倉庫、そこのほぼ大多数は海外旅行にでも行って"もぬけの殻"となっていそうなタワマンなど。
晦日、30日の、そのベイエリアの廃墟感、終末のデストピアを彷彿とさせる雰囲気に、"終わった感"の後押しをされているような気もする。

ついでに、その気分に乗じて、歩きタバコをしたりする。
これは私が行う、数少ない悪事の一つであり、普段は決してしない。
申し訳程度に携帯灰皿は持参している。
しかし、この日この時間帯のこの地においては、人っこ一人いない田舎道で吸っているようなものであり、路上喫煙条例の適用外だと見なしている。
偶然、小田和正みたいになった。

しかし、うちの会社は完全土日祝日休みであり、今年は運良く?30日が土曜日に当たるため、29日が仕事納めとなる。
おそらくはオフィス勤めのホワイトカラー層も大方そうであろうから、今年はあの終末感は難しいか。
かと言って、30日にわざわざそこに足を運ぶのはちょっと違うし、あくまで"仕事を終えた流れ"というのが味わいとして大事であり、また、億劫である。

家で大人しく「ドキュメント72時間〜年末スペシャル〜」でも見ようかと考えている。
これは、今年放送したNHKの「ドキュメント72時間」を総ざらいする番組で、30日の昼過ぎから長丁場で行われており、もう、年末恒例と言えるだけの年数は重ねているように思う。

そう、今年はこれを見られるという幸せを得た。

毎年のレギュラー出演者の一人である吹石一恵。
彼女を見ると未だに、頭の片隅のどこかで眠っているこの曲が鳴り出す。

これは彼女のデビュー曲にして、おそらくラストシングル。
わんぱくな5歳児の塗り絵のように、枠に収まらない、豪快な歌いっぷりである。
プロレス技で例えるならば、引っこ抜きジャーマンスープレックス、あるいは本田多聞のデッドエンドのような、圧倒的な力技という意味での、パワーソングとも言える。

細野晴臣が風の谷のナウシカのレコーディングにおいて、安田成美の歌に苦したといった話を聞いたことがあるが、そうした事象においての、どうにもならなかった、できなかったある種の一つの形が、この曲のような気がする。
あるいは細野氏、他の人ならば、上手く収めることができたのだろうか。

話は戻り、ドキュメント72時間。
30日、妻は出掛けるつもりでいるから、実際に見られるかどうかはわからない。
その過ごし方の、一つの選択肢として存在しているという事実が嬉しい。何だか"まどろっこしい"が。
この番組は他所の忘年会を覗いている、もしくは参加しているような気分になれる。
実際のそれは、どんな間柄であれ、最低限の気は使うし、金も使う。
これは当然その必要がなく、何なら途中小1時間ほど寝てしまったりして、起きてもなお続いているというのがまた良く、ダラダラとした幸せな年末感を煽ってくれる。

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