【YMS】イギリスにコロナがやってきた

わずか数週間前までは、東の果てにある故郷のことばかり心配していた。全国の学校が一斉休校、イベントは次々と延期または中止。政府の対応、デマと買い占め、マスク不足、破産する旅館。日本のニュースを見ては暗い気持ちになるばかり。これじゃ家族に何かあっても、簡単には帰国できないぞ。なんて思いながら、一方で‟自分だけ難を逃れた”そんな気がしていた。

ウイルスは着々と勢力を拡げ、気がつけばヨーロッパでも猛威をふるっていた。イタリア、スペイン、スイス、フランス。そしてついに、ヨーロッパの西の端、この小さな島国までやってきた。

「ブリストルでも1人感染者が出たらしい」。そんな話を聞いて、魔の手が迫っていることを実感する。気を引き締めて迎えた週明けの月曜日は、朝からよく晴れて気持ちの良い日だった。まるで悪いことなんて全部、 なくなってしまったかのような。

学校でお昼を食べていると、いつもの顔が見当たらない。「あの子はどうしたの?」と別の友達に聞いてみると、「パニックになって部屋に閉じこもっている」という。「あの子もいないね」というと、「国へ帰るらしいよ」という。どこか遠くに感じていたコロナが、本当にすぐそこまで来ているようだ。急激に危機感が膨らんでゆく。その日は珍しく、1度も雨が降らなかった。

事態は良くなるどころか、日一日と悪化していった。イタリアやスペインでの被害が深刻になり、イギリス国内の感染者も飛躍的に増えている。私の耳に入ってきたのは「イギリスはコロナをコントロールできない」という言葉だった。

どうやらこの国は、各国と違う独自の対策を実践しているようだった。毎日のように届くようになった日本大使館からのメールに、ジョンソン首相の言葉が記載されていた。今は「感染症のピークを遅らせ」ようとしているところらしい。まあどの国の対応が正しかったのかは後々専門家にしっかりと検証していただくとして、問題は私たちの生活である。

学校からは日を追うごとに人がいなくなっていた。ほとんどの生徒が帰国するらしい。「自国のほうが安全だから」「政府が国境を閉鎖するから」「ここで家に籠っていても時間とお金の無駄だから」。理由はそれぞれだが、誰もそれを望んではいないように見えた。

私が通っているのは語学学校である。ここがどんなに危険な場所か、はたと気がついた。こんな状況でも、新しい生徒がやってくる。そう、外国から。既存の生徒でもこの週末、国に帰っていたというスペイン人が学校にいたりする。スペインといえば、いまヨーロッパで2番目にひどい状況だ。(なんでいるんだよ…)と思いつつ、異常な状況のなか他国に来ている私たちはみんな、何が正しいのかわからない状態だった。

当の学校だが、ボスは「政府の要請があるまでは学校を閉めない」と言っていた。だが展開は予想以上に早かった。その週の水曜日には国から全校閉鎖の発表があり、すぐにオンライン授業への移行が告知された。

とはいえ、これは異例の事態。普段オンラインで授業なんてやっていない学校なので、大慌てで準備を整えたようだが、先生ですらちゃんと把握できていないような有様だった。誰もが混乱したまま、週末を迎えた。

たった1週間で、状況が一変してしまった。朝、学校へ向かうバスも、月曜日までは満席だったが、金曜日にはスカスカになっていた。私は最後まで学校で授業を受け、引きこもり生活に備えて買い物へ向かった。スーパーの棚はその多くが空っぽだった。

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(トイレットペーパーとパスタが真っ先に店から消えた)

つい最近レストランで働き始めたワーホリ仲間は、店が12週間閉鎖になるからと、わずか2週間で職を失ったという。語学学校でも、パートで働いていた先生が何人か切られたようだ。3カ月先の大型イベントもすでに中止が発表された。この国でも経済は無傷ではいられない。

次の週からオンライン授業が始まったが、ログインのパスワードが一向に送られてこず、1回目は受け損ねてしまった。その日の午後、日本に帰るからいらないものを譲ってくれるという友達の家へ向かった。帰国を急遽決めたので、処理しきれないものがたくさんあるのだという。

帰り道、大量の荷物とともに街を歩く。ここ数日、イギリスでは珍しくも晴天が続いており、「春が来たなあ」と感じる。桜も咲き始め、散歩やランニングをしている人がいたり、子どもが庭先で遊んでいたり。とても平和な雰囲気だった。

その日の夜9時、ついに外出禁止が通告された。生活必需品の買い物と、毎日の運動、本当に必要な仕事の通勤のみが許可され、理由なく出歩いていると警察の介入もあるという。すでにこの国の現状は、日本よりもはるかに深刻になっていた。

さて、引きこもり生活のはじまりだ。幸か不幸か、私は家で一人で過ごすのが苦にならないタイプだ。そもそも、オンラインで短縮されているとはいえ、今まで通り授業がある。最近始めたケンブリッジ検定のコースがかなり難しいので、勉強に集中できるのはありがたい。

他にもやりたいことはごまんとある。ずっと後回しにしていた、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの本を英語で読む、ということにもようやく取り掛かれそうだ。

それに私にはギターもある。ここに来て1カ月ほど経った頃、「ギターが弾きたくて堪えられない」という話をしたら、先生の1人が「息子のが余っているから」と貸してくれたものだ。学校は閉まってしまったが、「あなたには必要でしょう」と、持ってていいと言ってくれた。音楽があれば怖いものはない。

しかしやはり、学校の友達との急なお別れは寂しかった。誰かが学校を卒業した時にはたいていパーティーをしていたが、それすらできなかった。日本で数週間前に起こったことと同じことが次々と起きているイギリスだが、突然別れの時がきてしまった卒業生たちの気持ちまで体験することになるとは思わなかった。生き延びて、また会いに行こう。

イギリスにおけるコロナの蔓延は、本当にあっという間だった。わずか1週間前までは、外に出られなくなるなんて全く想像していなかった。夜が明けるごとに日常が大きく変わっていく。世界中の国々が、同じ原因によって危機に瀕している。こんなこと、今まであったかな。

そしてこの非常事態に、日本の外にいる今、自分がこの世界の一員であることを強く実感している。寒さがうすれ、暖かい晴れの日が続いている今日この頃。堂々と外に出て春の訪れを喜べるときが、一刻も早く来ることを願う。

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