【YMS】イギリスという国のこと

高い木の上で震えている子猫に手を伸ばすように、慎重に、ゆっくりと進められていたロックダウンの緩和もやっと最終段階に入り、街は普通の状態に戻ってきた。しかし閉まったままのレストランやカフェも多く、全く元通りとはいかないようだ。

イギリスではつい最近、公共交通機関や店内でのマスクの着用が義務化された。日本人にとっては信じられないことかもしれないが、感染が深刻な状況だった時も、マスクをしている人はほとんど見かけなかった。

イギリス人の友達によると、マスクは医者や看護師が医療で使用するもの、というイメージらしい。手術服を着て街中を歩く、みたいな感じなのかな。今は罰則があるのでみんなマスクをしているけど、店を出た瞬間に外す人がほとんど。慣れていない人にとってはかなり気持ち悪いそうだ。

海外生活で誰もが経験するであろう「カルチャーショック」だが、私の場合はこういった些細なことに驚かされることが多かった。というかそもそも、私が思い描いていた「イギリス」という国は存在しなかった。

日本語でいうイギリスとはもちろん、「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」のことで、これはイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4つの地域をまとめた総称なのだ、と思っていた。が、実はこれ、ただの「地域」ではない。

彼らはウェールズ、スコットランド、アイルランドは「国」だという。国境を渡るのにパスポートもビザも必要ない、でも違う「国」なんだって。それぞれに自治組織があるので、例えばさっきのマスク義務化もウェールズでは適用されないし、ロックダウンの緩和速度もイングランドと少し違った。全くもってややこしい。

ほかに日本と違うところといえば、「建物」が最初に思い浮かぶ。こちらの家は石で作られていて、古いものが多い。何百年も前に作られた家に今も人が普通に住んでいる、という状態が日本ではありえなくてなんだか不思議。

もちろん中はリフォームされて住みやすくなっている。イギリスの家に欠かせないのがセントラル・ヒーティング・システムだ。ラジエーターという分厚い板のようなものが各部屋にあり、ボタン一つで家全体を温めることができる。

これが火も使わないので危なくないし、とにかく暖かい。冬は家の中でも寒い、という日本での常識にとらわれていると、室内で汗をかくことになる。イギリスでは冬でも信じられないほど薄着で出かける人が多いが、きっとこれのおかげなんだろう。

季節といえば、今は夏だ。なのに全然暑くないどころか、むしろ涼しい。これが夏のピークらしいと聞いて歓喜した。6月頃に一度だけ30度を超す日があって、あまりに暑くて夜寝られないくらいだったのだが、それはかなり珍しいことだったようだ。それ以降暑さに悩まされたことはない。

そんなわけで、家にはクーラーなんてないし、扇風機すら必要なさそうだ。日本の夏がどれだけ湿気と熱気で不快で蒸し暑いか、よくわかった。うん、日本人はすごい。よくあんなの毎年毎年耐えている。私はもう一生夏はここで過ごしたい。

それと夏は太陽がなかなか沈まない。夜の7時でも外は昼間のように明るいし、9時頃になってようやく暗くなってくる。夏至近くは10時を過ぎても陽の光が空に残る。地球ってやっぱり丸いんだなあ。

驚いたことはまだまだあるけど、最後に一つだけ。もう結構前になってしまったけど、5月に Victory in Europe という祝日があった。戦勝記念日だ。ヴィクトリーだって!ちょうど今年は75周年で特別に祝日だったようだ。その日はいろんな家が、ユニオンジャックを掲げていた。

大したことじゃないのかもしれない、けれど私には衝撃だった。日本で戦争と言えば、悲惨、反省、過ち、弔いといったイメージだが、ところ変われば戦争を「終わらせた」としてお祝いをするのだ。勝った国と負けた国の違いをまざまざと見せつけられた気がした。

イギリスではどんなに小さな町でも、大戦に出兵した人たちを弔う記念碑が必ずある。決してイギリス人が戦争を肯定しているとか、そういうことではない。ただ戦争に対して使われる「勝利」という言葉が、強烈に胸に刺さった。

イギリスに限らず、すべての国の人が知っている日本の都市がある。ヒロシマだ。その日、友達に聞かれた。「原爆は戦争を終らせるために必要だった、と考える人もいるけどそれについてどう思う?」

私は以前どこかで読んで知っていたけど、初めて知ったときはかなりショックだった。そんな考え方が存在するのかって。たしかに一理あるのかもしれない。でもあんなものは絶対に肯定されちゃいけないし、したくない。「日本人は誰一人そんな風に思わないよ」と、願望も込めて答えた。

ちなみに、語学学校で会った人はみんなフクシマも知っていたし、ツナミはもはや英語で通用する。あの日起きたことも確かに世界に衝撃を与えたんだ。日本ではまだ原発が動いてるんだって言ったら驚いてた人もいたな。なんか悔しかった。

いろいろ書いたけど、私がこの国に来て何より一番驚いたのは、イギリス人がどれだけ日本人に似ているかってこと。島国の由縁なのかな。礼儀正しいし、周りに気を遣うし、どことなく落ち着いている。まあ人によるけれど。

ただ、街にはいろんな人種の人がいて、それがとても普通だ。他人が何しててもそんなに気にしないし、いい意味で適度に自由。そんな雰囲気が私にはとても心地よい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?