帰国子女の私が韓流ドラマの翻訳者になるまでの話④

③影の立役者

2003年にBSで放送されたY様主演の韓国ドラマは大好評で、地上派放送が決定します。私の訳した全訳も監修の先生に「いい訳だね」と褒めてもらうことができました。

 しかし中高、大学の途中まで韓国で住んでいた、いわゆる帰国子女の私。現地の学校に通っていましたので、国語力があるわけがありません。あるとしたら韓国語理解力ぐらい。どうやったら原語の意味をくみ取って自然な日本語にできるか、とてつもなく苦労しました。

(外国語から日本語の翻訳において重要なのは日本語力であり、実は外国語力はあまり必要なかったりします。有名ドラマの翻訳者さん、たとえばXファイルやアリーマイラブを翻訳していた方々は留学経験はなかったはず、それほど流ちょうにしゃべれなくても日本語力、センスがあれば訳せてしまうのです)

 

センスだけに頼るわけにはいかないし、締め切りはあるし…

そこで力になってくれたのは、小説家志望の大学の先輩でした。恥をしのんで、先輩と一緒に、ドラマを見ながらこういう意味だけど自然な日本語にしたらどうなる?とすべての台詞を考えました。

たとえば、韓国語だと子供の結婚相手の両親のことをサドンと言います。

直訳はできないので、日本語にしたら「お母様」が自然かな、など、親戚関係を表す言葉が日本よりもたくさんあるので、会話の中では何が適切なのか、ということを、帰国子女でひよっこ翻訳者の私は、その先輩にいちいちチェックしてもらいながら、直していきました。

 

今思うと気の遠くなる作業…先輩もよく付き合ってくれたものです。

あの先輩がいなければ今の私はいないと言っても過言ではありません。

特に苦労したのは、ドラマに出てくる歌の翻訳です。駆け出しの翻訳者でしかも日本語に弱い帰国子女…

韓国語の歌は抽象的な歌詞が多いので直訳したらちんぷんかんぷん…

これどういう意味なんだろう…と原語でも理解が難しい。

それを日本語に訳すなんて…

今でもあの時、ああ訳した歌詞は間違ってたな、今から訳し直したい、と思う歌詞が1つあります。
(監修の先生もスルーしていた…汗)

20年経った今でも思い出す、ということはよほど悔いが残ったのでしょう。

恥ずかしくて穴があったら入りたくなるほどです。

中高時代から、日本語と韓国語の2カ国語とも中途半端にだけはなりたくない、と思っていました。中学の時から始めた韓国語は発音も文章力も中途半端です。韓国にいた時も日本語の小説をたくさん読んではいましたが、ちゃんとした国語の授業なんて受けてないので、文章力なんか自信があるわけがありません。

よく編入試験に受かったなと思います。

日本語での会話はともかく、編入後も日本語の文章で自分の思いをうまく伝えることが難しかった、、というか難しいと思っていました。

それを思うと、この厳しい(と言われる)翻訳の世界でよくもまあ今まで生き残れたと不思議でたまりません。

その経験を踏まえて言えることは、やる気になれば才能や実力がなくてもかなう、ということです。
つまり成功するのに、才能も実力も要らない。

さて、その先輩の協力のおかげで、2作目の韓流ドラマも翻訳を依頼されました。翻訳料(下訳)は5000円から7000円に上がりました。

ちなみに下訳ではなく、直に字幕や吹き替えができるようになる、と、翻訳会社レベルでその10倍近くはもらえます。

制作会社からの依頼であれば、ギャラはそのさらに倍以上です。

講座を受けながら大体のやり方はつかめてきた頃、N●●の後続の3作品目を依頼されました。

2作品目までは先輩に見てもらえましたが、いろいろ事情があり、3作品目の「●●イン」は自力でやらないといけなくなりました。ギャンブルの話で専門用語がたくさん出てきてかなり苦労しました。

ギャンブルの本も買って(ギャラは1話7000円ですが)勉強しました。専門用語などは、信頼できる公式のホームページか本を参考にします。翻訳で一番大変なのは裏取りです。特にTVで放送されるものは調べ物が重要になります。裏が取れないと、1フレーズを訳すのにも何時間もかかることもあります。

 

3作目の時に、私は勝負に出ました。いつまでも下訳をやっていられない、と制作会社に売り込みのメールをしたのです。

するとすぐに会社まで来てほしいと連絡がありました。

すでにN●●のドラマは翻訳者が2人いると聞かされていたようで、私も訳していると言うと、知っていたという話でした。

 

まだ吹き替え翻訳の実績はないけれど、特典や下訳などお願いします、と言ってくれました。その会社とは(B社とします)今でも20年のおつきあいになります。

 

初めての吹き替え作品デビューは、B社ではありませんでした。

ホームページ上で翻訳者を募集していた会社(N工房)に登録をしていたのですが、そこから連絡が来たのです。

N●●で韓国ドラマが大ヒットし、次第に民放でも放送されるようになっていました。それも週5のお昼の帯放送でした。

 つまりそれだけ急ぎで翻訳できる人を探していたのです。

実績はなくても、自分が教えるから、ということで、N工房の社長さんがつききりで監修してくれました。

 

吹き替え翻訳で一番難しいのは尺です。キャストがしゃべっている長さにぴったりハマるように台詞をつくらないといけません。それも、自然な口調で…

一人前になるには相当の経験値が必要です。つききりで見てくれた社長さんは残念なことに吹き替え翻訳者ではなく字幕翻訳者でした。

一応、書式は教えてもらいましたが、尺の合わせ方が私も経験がなく甘かった…

その記念すべきデビュー作品は、ねこみみプロ(仮名)のスタジオで収録が行われました。

役者さんはいい人が集まっていました。大御所ばかりです。場所は新大久保の近く…

クライアントさんも来ていました。

台詞の尺はある程度、ディレクターさんが調整してくれていたのですが、スタジオの中では大御所さんが「長くて読みにくいんだよ」と大ブーイング…

その声がマイク越しに聞こえてきます。
私は外でヒヤ汗をかきながら消えてしまいたい…と思っていました。
が、ここで帰るわけにはいきません。

幸い、ディテクターさんが本当に優しい人で救われました。(20年近くこの業界にいますが、あんなにいい人はいないと思う)

とにかく自分の尻ぬぐいはせねば!と読みにくいとか長いとか言われるたびに、代案を考え続けます。

初心者はつい早口の韓国語につられて台詞を詰め混みすぎるのですが、詰め込みすぎは削ればいいからまだいい、とは言われています。

台詞が長いより短いとセリフを足さないといけないので大変なのです。
これをパクる、と言います。
きっちりの長さより2ことぐらい長いほうがいいと言われていますが、
私は韓国に移住して10年ぐらいたつので、今は収録にはお邪魔できていません。
吹き替えの仕事は続けてても勘はちょっと鈍ってるかもしれない…
それでも依頼が来続けているのですから、優秀な人材がいないのです。

とにかく優しいMディレクターのおかげで役者さんの機嫌も直り、私も毎回収録に立ち会い、最終話の16話ぐらいにはなんとか尺も合うようになってきました。

まさに実践あるのみ…

そんなヘタクソでひよっこな私ですが、なぜかディレクターさんに気に入っていただけ、次の作品も吹き替えを任せていただけることになりました。

これでまた実績がつくれる、、と喜んでいたのですが…

収録が終わって衝撃的な事実が明らかになります。

 


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