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『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』における「人類補完計画」のドイツ語表記とその意味について

はじめに

 今回は『人類補完計画』のドイツ語表記について見ていきたいと思います.

 先日,通算4回目の『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』(2021年)を観に行ったときに気がついたのですが,マイナス宇宙の精神世界で碇シンジが父親の碇ゲンドウと対話を行い,電車の中でゲンドウが自らの過去を振り返る回想シーン(ラフスケッチで描かている)で,「人類補完計画」の表記の下にドイツ語で"Menschheit Instrumentalitäts Projekt"と書いてあることに気づきました.

この表記を映画館で確認したときに私は『オッ,これは!』と心の中で思いました.その理由について以下で説明していきます.

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』における「人類補完計画」のドイツ語表記("Plan zur Komplementarität der Menschheit")とその意味について

 Googleで「人類補完計画」を画像検索すると,ドイツ語で"Plan zur Komplementarität der Menschheit"と表記されている画像が見つかります.『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』(2007)では,「人類補完計画」はドイツ語で"Plan zur Komplementarität der Menschheit"と表記されていたようです(下の画像参照).このドイツ語を日本語に直訳すると「人類の補完性〔相補性〕に向けたプラン」と訳せます.

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「人類補完計画 第27次中間報告書」の下にドイツ語で"Plan zur Komplementarität der Menschheit 27.Zwischenbericht"と表記されている.
(上の画像は,株式会社カラー khara inc. official「【公式】ダイジェスト これまでの『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』」2019/11/01, YouTubeより)

ドイツ語の"komplementieren"という他動詞は"(〜の)欠けた部分を補う"という意味を持っています.ということは,「人類補完計画」の意味は,前提として人類には何かが欠けていてそれを人類が相互に補い合うための計画ということになるでしょうか.

「人類補完計画」の由来としての「人類補完機構」(コードウェイナー・スミス)

 以前英語で旧劇エヴァの感想を書いたときに,エヴァ関連用語の英語表記を調べてみたのですが,その際「人類補完計画」は英語で"Human Instrumentality Project"と表記されていることを知りました.「人類補完計画」の由来は,アメリカ合衆国のSF作家であるコードウェイナー・スミス(Cordwainer Smith, 1913-1966)の「人類補完機構」(Instrumentality of Mankind, 伊藤典夫の訳語)にあるそうです.コードウェイナー・スミスの小説は「人類補完機構シリーズ」として長編と短編集が出版されています.

コードウェイナー・スミスの翻訳者である伊藤典夫さんは,ハーラン・エリスン『世界の中心で愛を叫んだけもの』(共訳,早川書房,1979年)という本の翻訳も手がけています.このタイトルが,旧TVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(テレビ東京)の最終話「世界の中心でアイを叫んだけもの Take care of yourself. 」のタイトルに転用されていることは疑う余地がありません.

『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』における「人類補完計画」のドイツ語表記("Menschheit Instrumentalitäts Projekt")とその意味について

 ここでもう一度『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』における「人類補完計画」のドイツ語表記を見てみましょう.ゲンドウの回想シーンでは「人類補完計画」がドイツ語で"Menschheit Instrumentalitäts Projekt"と併記されています.この表記は,これまで英語で通用していた"Human Instrumentality Project"という表記に寄せて来たとも言えますが,そもそも「人類補完計画」の由来とされていたコードウェイナー・スミスの「人類補完機構」(Instrumentality of Mankind)に合わせて来たとも読み取れるのです.しかも"Instrumentalität"という(やや破格の?)ドイツ語を用いていることからもわかるように,"Menschheit Instrumentalitäts Projekt"という表記は,スミスの英語を「人類補完機構」という日本語独自の訳語を迂回した上でドイツ語へと重訳したものであることが窺えるわけです.これこそが,私が映画館で「オッ,これは!」と思った理由です.

 『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』では「補完」を"Instrumentalität"(媒介性,手段性)と表記しているのですから,「人類補完計画」は当初のように人類の欠点を補い合うための計画("Plan zur Komplementarität der Menschheit )ではもはやなく,むしろ碇ゲンドウが初号機に取り込まれて会えなくなってしまった碇ユイとの再会を果たすという目的のために,単一な個体となった人類を媒介としてゲンドウ自身の目的を実現するための単なる手段にされるという意味合いを持っていると言えるのかもしれません.

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