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ヘーゲル『論理の学』試論

はじめに

 本稿では,G・W・F・ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel, 1770–1831)の主著の一つである『論理の学』(Wissenschaft der Logik, 1812–16)の読解を試みる.

 ヘーゲル『論理の学』は1812年から1816年にかけて三分冊の書物として刊行された(Hegel1812; Hegel1813; Hegel1816).ヘーゲルが死んだ翌年の1832年には『論理の学』第二版「存在論」が出版された(Hegel1832).

 ヘーゲルのいわゆる『ハイデルベルク・エンツュクロペディー』(Encyklopädie der philosophischen Wissenschaften im Grundrisse, 1817)において,体系の一部門として「論理の学」が収められた.『エンツュクロペディー』は後に1827年に第二版が,1830年に第三版が出版されている.この『エンツュクロペディー』に収められた「論理の学」は『小論理学』と呼ばれる.先に触れた『論理の学』は『大論理学』と呼ばれて,『小論理学』と区別されている.本稿では主に『大論理学』を取り扱う.

ヘーゲル『論理の学』の邦訳について

 本書はこれまでに,ヘーゲル論理学の先駆的な研究者として著名な武市健人(1901–1986)による岩波書店のヘーゲル全集の邦訳(ヘーゲル2002=2016)と,亡くなるまでライフワークとして取り組まれたとされる寺沢恒信(1919–1998)による邦訳(ヘーゲル1977)を通じて,長らく親しまれてきた.比較的新しいものとしては,山口祐弘(1944–)による邦訳(作品社)がある(ヘーゲル2012).最新の初版の邦訳は,新全集版を底本に日本で再編集された現在刊行中の『ヘーゲル全集』(知泉書館)に収められている(ヘーゲル2020).

『論理の学』「存在論」初版と第二版における表題紙の違い

 『論理の学』「存在論」初版と第二版の表題紙の違いについて確認しておく.

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(ヘーゲル『論理の学』「存在論」初版,1812年,表題紙)

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(ヘーゲル『論理の学』「存在論」第二版,1832年,表題紙)

初版の出版地はニュルンベルク(Nürnberg)であり,第二版の出版地はシュトゥットガルトおよびテュービンゲン(Stuttgart und Tübingen)となっている.しかし,山口祐弘訳(作品社)の「凡例」には次のように書いてある.

一 本書は,Georg Wilhelm Friedrich Hegel, Wissenschaft der Logik, Erster Band, Die objektive Logik, Erstes Buch, Die Lehre vom Sein, Nürnberg 1832 の翻訳である.
ヘーゲル2012:ⅸ)

さしあたり以下の二点を指摘しておきたい.

 第一に,もし山口訳が『論理の学』第二版(1832年)を底本としているならば,"Erster Band, Die objektive Logik, Erstes Buch, Die Lehre vom Sein"ではなく,"Erster Theil, Die objektive Logik, Erster Band, die Lehre vom Seyn(Sein)"としなければならないのではないだろうか.

 第二に,もし山口訳が『論理の学』第二版(1832年)を底本としているなら,出版地は Nürnberg ではなく Stuttgart und Tübingen ではないだろうか.

哲学の変容と論理学

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 ほぼ二十五年来,われわれのもとで哲学的にものを考える方法に完全な変更が加えられてきた.また,この時期に精神は自己について一層高い自覚を持つようになった.しかし,こうしたことはこれまでのところ論理学の形態に対してはまだわずかな影響しか与えていない.
Hegel1812: ⅲ,山口訳3頁)

山口祐弘よれば,ここで「二十五年来」とは,カント『純粋理性批判』第2版(1787年)が想定されているようである.訳注の中で山口は次のように述べている.

この序文の日付は一八一二年三月二十二日であるから,それからほぼ二十五年前とは,カントの『純粋理性批判』第二版(一七八七年),『実践理性批判』(一七八八年)が刊行された時期に当たる.カントは一般的論理学に対して超越論的論理学を構想し,伝統的形而上学に代わる実践的形而上学を提唱した.
ヘーゲル2012:418,訳注1)

アリストテレス以来の「伝統的論理学」がカントによって「一般的論理学」と呼ばれ,これに対してアプリオリな形式の認識に基付く企図が「超越論的論理学」と呼ばれる(山口2019:5).ヘーゲルは二つ先のパラグラフでカント哲学に言及しているから,ここでヘーゲルがカントの三大批判が哲学史上に及ぼした影響を前提としていることは確かであろう.

 とはいえ「こうしたことはこれまでのところ論理学の形態に対してはまだわずかな影響しか与えていない」とヘーゲルが述べる時,論理学の分野におけるカント哲学の徹底が不十分であるとヘーゲルは指摘しているのかもしれない.

カント批判哲学以前の伝統的形而上学

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 この時代より前に形而上学と呼ばれたものは,いわば根こぎにされ,学問の系列から消失してしまった.かつての存在論,合理的心理学,宇宙論,或いは以前の自然神学ですら,その声はどこかでまだ聞かれようか,また聞くことができようか.例えば,霊魂の非物質性,機械因,目的因についての探求は,どこかでなお関心を持たれているだろうか.神の存在についてのそれ以外の証明も引用されることはあるが,ただ歴史的にのみであるか,教化と情緒の昂揚のためにすぎない.
Hegel1812: ⅲ,山口訳3頁)

前回みたように,ヘーゲルは〈形而上学〉の転換点をカント批判哲学のうちに看取している.すなわち「学としての形而上学はいかにして可能か」を問いただしたカントによって,「いわば根こぎにされ,学問の系列から消失してしまった」ことになろう.
 「かつての存在論,合理的心理学,宇宙論,或いは以前の自然神学」という諸分野は「伝統的形而上学」の区分であったとされる.クリスティアン・ヴォルフ(Christian Wolff, 1679–1754)によって整序された形而上学体系は,バウムガルテン(Alexander Gottlieb Baumgarten, 1714–1762)の形而上学体系のうちに摂取され*1,そしてカントは自身の『形而上学講義』でバウムガルテンの『形而上学』を批判的に採用した.

カントが四十数回に及ぶ形而上学の講義テクストとして,常にバウムガルテンの『形而上学』(Metaphysica, 1739)を使用したことは周知の通りである.このいわゆる伝統的形而上学は,存在論,宇宙論,心理学および「自然神学」(Theologia naturalis)に区分されている.カントも『形而上学講義』において,バウムガルテンの区分を踏襲し,「存在論」,「宇宙論」,「心理学」および「合理的神学」(Die rationale Theologie)の四つに分けて講義を進めている.
近藤1986:141)

 なおヘーゲルが例として言及しているのは,いわゆる「霊魂論」および「神の存在証明」*2である.『論理の学』初版(1812年)刊行時点でこれらのトピックに関する議論があまり聞かれなくなったという時代状況がヘーゲルの叙述から窺える.

なぜ或る民族から形而上学が失われることは「奇妙」なのか

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一方では以前の形而上学の内容に対して,他方では形式に関して,また両方ともに対して関心が失われているというのが事実である.或る民族にとって,例えばその国法の学が役に立たなくなり,その心情,道徳的慣習や徳が無用になった場合,それは奇妙なことである.同様に,少なくとも,一民族がその形而上学を失い,その純粋な本質に携わる精神がもはや現実的な存在を民族のうちに持たなくなった場合,それはおかしなことである.
Hegel1812: ⅲ-ⅳ,山口訳3頁)

形而上学の〈内容〉と〈形式〉の両方への関心が失われているということは,つまり「形而上学の没落」(Hegel1812: ⅳ,山口訳4頁)を意味する(次のパラグラフ参照).

 ではヘーゲルがここで「奇妙なこと merkwürdig 」だと述べているのは,一体どういう意味なのだろうか.ヘーゲルは「国法の学」を例に取っている.「国法の学」とは,すなわち憲法や政治学に関する学問のことである*3.民族が国家共同体である以上,「国法の学」や「その心情,道徳的慣習や徳」といったものは共同体を成立させる諸要素であるから,それらが無用になるということはほぼあり得ないことである.そのようなあり得ない事態が起こるのと同じくらい,「一民族がその形而上学を失い,その純粋な本質に携わる精神がもはや現実的な存在を民族のうちに」持たなくなってしまっているような事態は「おかしなこと merkwürdig 」であり,つまりあってはならないような事態だとヘーゲルは述べているようである.

ドイツの「形而上学を持たない教養ある民族」

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 カント哲学の公教的な学説——悟性は経験を飛び越えてはならない.さもなければ,認識能力は,単独では幻想しか生まない理論理性となるだろう——は,思弁的な思惟を断念することを学問の側から正当化した.この通俗的な学説を歓迎したのは,現代の教育学の叫び,視線を直接的な必要事に向けている時代の要求であった.すなわち,認識にとって経験が第一であるように,公共的,私的生活における巧妙さにとっては理論的洞察は有害でさえあり,訓練と実践的教養一般が本質的であり唯一有益なものである,というわけである.——そのようにして,学問と常識は形而上学の没落を引き起こすことに手を貸したのだった.そのことによって,形而上学を持たない教養ある民族を見るという奇妙な光景がもたらされるように思われた.——他の点では様々に飾り立てられていながら,最も神聖なものを欠く寺院を見るようにである.
Hegel1812: ⅳ,山口訳3–4頁)

ここでヘーゲルはカント哲学に触れている.カントの「悟性 Verstand 」に関しては,『純粋理性批判』の超越論的分析論の第2章「純粋悟性概念の演繹」が参照されなければならないであろう.カントによれば「純粋直観と純粋悟性概念にかんしていえば,それらは私たちのうちにア・プリオリに見いだされる認識の要素である」(カント2012:194).「ア・プリオリ a priori 」とは「より先のものから」を意味するラテン語であるが,カントはこの術語を「経験に先んじて」という意味で用いた(それゆえ,これは「先験的」と訳される場合もある).ヘーゲルが上で「悟性は経験 Erfahrung を飛び越えてはならない」と述べているのも,カントのいうア・プリオリな悟性概念に関説してのことである.

 前回見たパラグラフにおいてヘーゲルは「一民族がその形而上学を失い,その純粋な本質に携わる精神がもはや現実的な存在を民族のうちに持たなくなった場合,それはおかしなことである」と述べていたが,このパラグラフではカントの批判哲学によってドイツの教養ある民族は形而上学を持たなくなってしまったとヘーゲルが述べているように読み取れる.ヘーゲルの生きていた時代の要求は,理論よりも実践を求める風潮があったということがここから窺える.

*1:この点について詳しくは井奥2020を参照のこと.
*2:「神の存在証明」について詳しくはヘンリッヒ2012を参照のこと.
*3:この点について詳しくはヘーゲル『法の哲学』で扱われる.

文献

Hegel, 1812, Wissenschaft der Logik, Erster Band, Die objective Logik, Nürnberg. (University of California, 2007)
Hegel, 1813, Wissenschaft der Logik, Erster Band, Die objective Logik, Zweytens Buch, Die Lehre vom Wesen, Nürnberg. (University of California, 2007)
Hegel, 1816, Wissenschaft der Logik, Zweiter Band, Die subjective Logik oder Lehre vom Begriff, Nürnberg. (University of California, 2007)
Hegel, 1832, Wissenschaft der Logik, Erster Theil, Die objective Logik, Erster Band, Die Lehre vom Seyn, Stuttgart und Tübingen. (Princeton University, 2008)
カント 2012『純粋理性批判』熊野純彦訳,作品社.
ヘーゲル 1977『大論理学1 1812年 初版』寺沢恒信訳,以文社.
ヘーゲル 2002=2016『ヘーゲル全集6a 大論理学 上巻の一』武市健人訳,岩波書店.
ヘーゲル 2012『論理の学 Ⅰ 存在論』山口祐弘訳,作品社.
ヘーゲル 2020『ヘーゲル全集 第10巻1 『論理学』客観的論理学:存在論(第1版,1812)』久保陽一責任編集,飯泉佑介・岡崎秀二郎・三重野清顕訳,知泉書館.
ヘンリッヒ, ディーター 2012『神の存在論的証明』本間謙二・須田朗・中村文郎・座小田豊訳,法政大学出版局.
井奥陽子 2020『バウムガルテンの美学』慶應義塾大学出版会.
近藤功 1986「カントにおける神学の概念と先験的神学——『哲学的宗教論』に関する一考察——」哲学36号.
山口祐弘 2019『存在の諸相 ロゴスと存在——ヘーゲルの論理思想 第1巻』晃洋書房.

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