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『リズと青い鳥』は数学ダジャレ映画なのです!

数学の問題

映画『リズと青い鳥』の理解において、端緒となるのはこの数学の証明問題です。

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2つの自然数x,yに対し「xとyは互いに素」ならば、「x+yとxyは互いに素」であることを示せ。

比較的簡単な問題です。

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たとえば、2と3、4と5のように、最大公約数が1以外の共通した約数がない関係、そのような二つの数字、それを互いに素と言うわけです

互いに素

二つの整数 a, b が互いに素(たがいにそ、英: coprime, relatively prime, prime to[1])であるとは、a, b を共に割り切る正の整数が 1 のみであることをいう。このことは a, b の最大公約数 gcd(a, b) が 1 であることと同値である。a, b が互いに素であることを、記号で a ⊥ b と表すこともある[2]。なお、「互いに素」を意味する英単語には coprime と disjoint があるが、coprime は整数について「互いに素」「共通点を持たない」という意味で使用される。

disjointは冒頭で使われたことばです。

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証明には「素因数」を使います。

素因数(そいんすう、英: prime factor)とは、数学における自然数の約数になる素数のことである。

たとえば6は2*3なので、素因数は2と3です。7は素数だから素因数は7だけです。1は素数ではないので除外します。

希美の書きかけの解答はこうです。

「x+yとxyは共通の素因数Pをもつ」と仮定すると

x+y = Pa …(1)
xy = Pb …(2)

xがPの倍数のとき
x = Pc (cは自然数)

正しい証明のつづきは以下の通りです。

(a,bは自然数)
「xとyは互いに素」と(2)から、Pはxの素因数か、yの素因数かのどちらかであり、両方の素因数ではない。
(1)の両辺をPで割り

x/P+y/P = a

を考えると、x/Pとy/Pの一方は自然数であり、もう一方は自然数ではない。しかしaは自然数だから、この等式が成り立つことはない。仮定が誤りであり、x+yとxyは共通の素因数を持たない、つまり互いに素である。(証明終)

希美の解答方針は間違いではありませんが、どうすればいいのかよくわかっていません。背理法を使うことは知っているから、授業はまじめに聞いているようですが、数学力はあまり高くはありません。

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希美はセンター試験を受けるつもりでいます。正直この数学力では厳しいのですが、国公立専願だから数学の勉強を始めたとも言えます。なぜ数学のない私学を志望しないかというと、お金がないからです。お金のかかる音大など、はなから無理だったのです。希美は個人レッスンどころか、自宅で練習することもなかったと思われます。

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あと、まあ、お金もかかるじゃん?
個人レッスン行ったりしなきゃだしさ

希美は新山先生に「みぞれと差をつけられた」ので、自分には才能がないのだと思っていますが、それは口にはしません。

さて、素因数は英語でprime factorです。primeとfactorの辞書的な意味は

prime
音節prime 発音記号・読み方/prάɪm/発音を聞く
形容詞限定用法の形容詞
(比較なし)
1主要な,主な,最も重要な.
a prime concern 最大の関心事.
2優良の,最良の,第一等の; すばらしい,極上の.
prime beef 極上牛肉 (⇒beef 【関連】).
3根本的な,基礎的な,本質的な.
factor
音節fac・tor 発音記号・読み方/fˈæktɚ|‐tə/発音を聞く
名詞可算名詞
1(ある現象・結果を生ずる)要因,要素,原因 〔of,in〕《★【類語】 ⇒element》.
a factor of happiness 幸福の(一つの)要因.
2代理商,問屋,仲買人.
3【数学】 因数,因子.
a common factor 共通因子, 公因数.

こんな感じです。この映画のprime factorには「素因数」以外に「最良の要因」といったダジャレ的な意味があり、具体的には、音楽に必要な才能である「感情」と「表現」がprime factorです。

最初の数学の問題に戻ります。

2つの自然数x,yに対し「xとyは互いに素」ならば、「x+yとxyは互いに素」であることを示せ。

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傘木さん、オーボエの音を聞いていますか
悪くはありませんが、すこしあなたのほうが、感情的になりすぎることがある
この部分は、おたがいの音を聞くことが、なによりも大事です
あなたから鎧塚さんへ、そっと語りかけるように
できますか?

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鎧塚さん
ここは、オーボエとフルートのかけ合いがなにより大事です
あなたも、フルートからの問いかけに、答えなくてはなりません

吹奏楽部顧問のイケボが「かける」と三回も言いました。

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あーあ、これ
こないだ一回聞かせてもらったときに思ったんだけど
これ、オーボエとフルートのかけ合いのとこ、大丈夫?

外部のパーカッション指導者のアロハも「かける」と言っています。

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第三楽章のソロのかけ合いは
きっとリズと少女の別れ

新山先生も「かける」と言っています。合奏においてはふたりの関係はかけ算、xyなのです。ふたりの関係がxyからx+yに変わることが暗示されています。「x+yとxyは互いに素」とは、xyの素因子prime factorにはxとyのどちらか由来のものしかないが、x+yのprime factorはxにもyにもない、まったく新しいものだということです。たとえば7と11なら、7*11=77の素因数は7と11ですが、7+11=18を考えると、18=2*3*3なので、(相異なる)素因数は2と3です。これらは7にも11にも含まれません。

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希美はみぞれと二人きりになれるのでウキウキしており、みぞれは希美にもたれかからんばかりです。ふたりは紛うことなきユリなのですが、おたがい相手の気持ちに気づいていない、というのが初期値です。

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希美は社交的だがそれは振舞いにすぎず、本当は孤独であることがリズの境遇から察せられます。どうもこの子は他人の気持ちを読み取ることも苦手のようです。みぞれは言わずもがなです。

結論を先取りすると、本来は希美とみぞれの両方に「感情」と「表現」が備わっているのですが、ある理由から、希美は無意識に表現を抑圧して感情だけ、みぞれは感情を抑圧して表現だけになっています。おたがいに相手が持っているものは自分は持っていないので、ふたりはdisjointだというわけです。自宅にグランドピアノのあるみぞれは金持ちなので「お金」もprime factorのようです。映画の最後に、希美は表現を、みぞれは感情を解放し、ふたりとも両方を手に入れ、また「まったく新しいprime factor」を生み出すことを予感させます。

希美の才能

この映画を普通に観ると、「希美にはあまり才能がない」「希美はみぞれの才能に嫉妬している」ように思われます。たぶん原作はそのとおりなのでしょう。しかし映画にはその決定的な描写はありません。

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希美は、練習、が好き…?
ん?好きだよぉ?
めっちゃ好き
この曲…も…?
すごい好き
だって…
本番楽しみだね!

希美が好きなのは「練習」と「この曲」です。音楽への情熱はあるが、自分には才能も音大に進むお金もないと思っており、みぞれがいるから音楽をつづけているようなものです。進路調査を書いてしまうと、みぞれといる部活の時間が壊れてしまうような気がして、白紙で出しました。

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本番なんて一生来なくていい…

この点についてはみぞれもおなじですが、この時点では音楽への情熱はありません。

傘木さん、オーボエの音を聞いていますか。
悪くはありませんが、すこしあなたのほうが、感情的になりすぎることがある。
この部分は、おたがいの音を聞くことが、なによりも大事です。
あなたから鎧塚さんへ、そっと語りかけるように
できますか?
あーあ、これ
こないだ一回聞かせてもらったときに思ったんだけど
これ、オーボエとフルートのかけ合いのとこ、大丈夫?

イケボとアロハはふたりの演奏がダメだということを見抜いています。イケボの言うように、希美は感情は豊かだが表現が下手なので感情過多になるのでしょう。

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わたしから見れば、ふたりともフルートとオーボエのエースって感じで、かっこいいけどな

しかし部員の中川さんは、希美もみぞれも上手いと思っています。

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もうすぐオーディションだよ…
だねえ…
フルートのソロはさあ、たぶんのぞ先輩だよね
だよぉ、上手いもん!

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下級生も希美を上手いと思っています。おそらく感情過多が「上手い」と感じられるのでしょう。希美は自分の才能のなさ=表現下手は知っているので、「表現が上手い」とホメられたと思い、うれしくなりました。つまり「誤解」です。この映画ではいくつもの誤解が重要なはたらきをします。

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わたしのレベルにあわせてたから、今まで全力が出せなかったんだ
違…

希美はみぞれは自分が「追いつける」程度だと思っていました。「誤解」ですが、希美のモチベーションになっていました。

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わかってたけど、みぞれ昔から上手いもん…

「自分は感情はあるが表現が下手、みぞれは表現が上手いが感情に乏しい」という認識だったことわかります。結果的に合奏はイケボやアロハが見抜いたように、残念なものになっていました。

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外部の木管楽器の指導者である新山先生がみぞれに音大を勧めたが、希美は自分とみぞれは同レベルだと思っていたので

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わたし、ここの大学、受けようかな

ちょっと夢を見てしまいました。フルートは金属製ですが、木管楽器だそうです。

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わたし、音大、受けようと思ってて
あら、そう
がんばってね、わたしでよかったら、なんでも聞いてね
はい!
じゃあ
はい!

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進路調査の紙、白紙で出したのみぞれだけじゃない
わたしもだよ…
でもさ、西山先生が声をかけたのって、みぞれだけなんだよね

夢はすぐに砕かれました。しかし

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第三楽章のソロのかけ合いは
きっとリズと少女の別れ

かけ合いなのだから、どちらかがダメではいけません。新山先生は希美にみぞれと同等以上の素質を見出しているのです。

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わたし、希美がいなかったら、なんにもなかった
楽器だってやってない

新山先生は学外の人ですがすべてお見通しで、希美の演奏からは音楽への情熱=感情を感じ、みぞれからはそうではなかったので自分から音大を勧めた、ということなのでしょう。

わたし、音大、受けようと思ってて
あら、そう
がんばってね、わたしでよかったら、なんでも聞いてね
はい!
じゃあ
はい!

新山先生には自閉症の傾向があり、希美はほうっておいてもいいと思ったのでそう対応しただけなのです。

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鎧…じゃなくて剣崎さんが、ここにいるんじゃないかって教えてくれたの

こういった取り違えは、いかにも短期記憶の弱い自閉症っぽいのです。

新山先生はふたりの真の才能を見抜くことができ、イケボとアロハにはそれができなかったが、ふたりの演奏がダメだということはわかり、部員はそれさえもわからなかった、という三段階のセンスの違いがあります。この段階の希美とみぞれはイケボやアロハのレベルですが、持っている素質としては新山先生レベルのものがあるのでしょう。

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先輩、希美先輩と相性悪くないですか?

高坂さんは空気を読めませんが才能アリです。

みぞれの才能

みぞれは希美とは逆に、「表現」は豊かだが「感情」が乏しいのです。みぞれはほとんどの場面であまり感情を露わにせず

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感情豊かな喜びの表情をするのは、最後の最後だけです。オープニングのやりとり

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ありが…とう?
…なんで疑問形なの?

のように、どうも自分の感情を考え考え話しているようです。

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みぞれって、思ってることあんましちゃんと話してくれないからさー
いまいちわかんなくて

希美もみぞれの感情をよくわかっていません。最後の生物室の場面では、希美はこのことを「ずるい」と言っています。

さて

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気持ちは…わたしにはわからなくて
好きな人を突き放したりなんかできないから

みぞれのこれまでの演奏がダメだったのは、リズの気持ちがわからなかったからです。

どう?青い鳥は飛びたてたかしら

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リズが…リズがそういったから受け入れた

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リズの選択を、青い鳥は止められない
だって青い鳥は、リズのことが大好きだから
悲しくても、飛び立つしか、ない
青い鳥は、不幸だった?

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わからない…
でもリズに、しあわせになってほしいって

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それだけは、きっと本当…
それが、青い鳥の愛のありかた
飛び立つしか、ない…

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みぞれは青い鳥の気持ちを理解し、飛び立ちました。

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あたし、ずっとリズに自分を重ねようとしてました

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リズと青い鳥ってさあ、わたしと…みぞれになんか似てるなって思ってた

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みぞれが

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リズで

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希美が

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青い鳥

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でも、いまは

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(音声なし)

新海誠監督みたいですが、実は「みぞれがリズで、希美が青い鳥」と「希美がリズで、みぞれが青い鳥」の両方です。みぞれはリズの気持ちはわからないままだが、青い鳥の気持ちはわかったので、それを「つぎの」演奏に反映させることができます。楽器はとくにリズや青い鳥を担当するのではないようです。

みぞれの覚醒にいたるまでですが

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わたし、音大、受けようと思ってて
あら、そう
がんばってね、わたしでよかったら、なんでも聞いてね
はい!
じゃあ
はい!

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まず、希美と新山先生の会話がありました。みぞれが先生に音大を勧められたことを知っていますが、自分はスルーされました。希美は自分とみぞれの才能は同レベルだと思っているので、「新山先生がみぞれをえこひいきした」と腹を立てています。完全に「誤解」です。

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傘と雨です。希美の姓は傘木なので、彼女の心情の表現だと思われます。

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演奏がはじまります。

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演奏前に新山先生がみぞれを指導します。このへんから女子の「デートで行った水族館のフグ」の話がはじまります。フグは観客に深読みをさせるためだけに存在し、意味はありません

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えっ?あっ、うん

話を振られたが、希美は上の空でした。

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希美はみぞれが手を振っているのに気づいたが、スルーしました。新山先生にムカついているからです。

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みぞれは目を開いて、めずらしく感情を出しています。

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のぞみ…
あっ、みぞれ

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お疲れ

希美が手を振ります。みぞれ「には」怒っていません。

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じゃね

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希美!

小さくてわかりにくいが、希美は白目をむいてギクッとした表情をしています。

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ん?
なにか…怒ってる…?

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ん、ないよー

心当たりがないなら「ん?なにが?」になるはずです。なので本当に怒っていますが、相手はみぞれではなく新山先生です。

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じゃあ、してくれる?

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ん?

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やはりみぞれにはめずらしく、強い調子でハグを求めています。「大好きのハグ」や「ハッピーアイスクリーム」を本気にしているところをみると、みぞれも自閉症的なのです。

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リズなら、わたしが借りたやつ貸したのに
それ、ダメなんだけど
え?
また貸しに、なるんだけど
どうしたのそれ?
図書館の本は、人に貸したらダメなんだけど
はーいはい、わっかりましたー

妙な潔癖さも自閉症くさいです。

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希美は「大好きのハグ」は知っていますが

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「ハッピーアイスクリーム」は知りません。この場にいたのはみぞれだけです。

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今度ね…

「怒っていないならハグしてくれ」と言われたのですが、希美も自閉症なので柔軟に対応することができず、「新山先生に怒っていたからハグできなかった」のです。ことさらみぞれを傷つけようとしたわけではありません。

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鎧…じゃなくて、剣崎です

剣崎さんも名前を間違えますが、才能アリです。この世界は自閉症=才能アリなのでしょう。この事実は希美の行動の理由の説明に重要な役割をはたします。

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このシーケンスを見ればわかるように、希美は「えこひいきした新山先生に腹を立てていた」かつ「自閉症的な言動をした」のです。希美はまだみぞれの才能を知らないので、嫉妬したのでも解放しようとして突き放したのでもありません。

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またいつか…
はいー

希美の気持ちは土砂降りです。みぞれは自閉症なので振られた人の気持ちはよくわかりませんが、希美が妙に冷たい理由がわからず不安になっています。

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気持ちは…わたしにはわからなくて
好きな人を突き放したりなんかできないから

希美にはみぞれを突き放したつもりはまったくないので、完全にみぞれの「誤解」ですが、「青い鳥=みぞれにはリズ=希美の気持ちがわからない」ので無問題なのです。

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それだけは、きっと本当…
それが、青い鳥の愛のありかた
飛び立つしか、ない…

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青い鳥=みぞれは誤解したまま希美の突き放しを受け入れて飛び立ちました。なぜならそれが愛のありかただからです。いかにももっともらしいが、自分が飛び立てばリズがしあわせになれる理由を青い鳥は知らないので、映画に都合よく設定された特殊なありかたでしかありません。しかし、「トリは飛ぶのがしあわせだ」という先入観を持ったり、絵本「に」才能の話「を」重ねたりして観てしまうとだまされるのです。

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希美が決めたことが、わたしの決めたこと

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わたしがリズなら
青い鳥をずっと閉じ込めておく

実際、かなり歪な愛のありかたです。

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もうじき寒くなるわ
そうね、冬が来る

ちなみにリズが青い鳥を解放しなければならないのは、もうすぐ冬が来るからです。

映画でトリが飛ぶ場面はいくつかありますが

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後輩が演奏する場面でも飛んでいますが、どうやら「気持ちが通じている」ことのようです。

生物室でのやりとり

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希美はみぞれの本気の演奏を聞いて涙目になり、演奏が終わると楽器をほうりだし、生物室でひとりで呆けていました。希美はいかにもみぞれに嫉妬しているように見えますが、そんなことはまったくなく、親友に本当は才能があったことを喜んでいるのです。

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嫉妬は他人に対してするもので、リズが青い鳥に嫉妬していないのは示唆的です。希美はリズとおなじくみぞれと自分を同一化しており、みぞれに嫉妬せず、わがことのように喜んでいますが、それは才能豊かなみぞれを突き放さなければならないことでもあり、身が引き裂かれるような思いでいます。嫉妬できればどれほど楽かというところです。

わたし、音大、受けようと思ってて
あら、そう
がんばってね、わたしでよかったら、なんでも聞いてね
はい!
じゃあ
はい!

希美は「新山先生はえこひいきしたのではなかった」ことも思い知りました。「みぞれにだけ才能があった」もまた誤解なのですが。

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希美…

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みぞれ…

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希美…

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泣いてるの…?
ううん

どうみても希美は泣いています。しかしみぞれには希美が泣く理由がまったくわかりません。そのためこの場面は以降ずっと話がすれ違ったままです。また希美は表現が下手、みぞれは感情に乏しいので、言っていることはウソではないが事実からすこしズレています。

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だいじょうぶ…?
みぞれさあ、

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いままで手加減してたんだね?
えっ?

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わたしのレベルにあわせてたから、いままで全力が出せなかったんだ
違…
わたしバカだねー

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みぞれに「がんばってー」とか言って

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みぞれが本気出せないの、わたしの実力が足りてないだけだったわー
違う…

みぞれは「感情」を抑えていたので、いままでの演奏は本気で下手だったのです。みぞれが正しいことを言っており、それを知らない希美は間違ったことを言っています。

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新山先生に音大勧められたの、みぞれだけだもんね
わかってたけど…
みぞれ、昔から上手いもん

ずるいよ、それは
ほんとずるい

「昔から上手いもん」は、みぞれの「表現」の上手さのことを言っています。希美はみぞれが自分になにかを隠していると思っています。「ずるい」とはそのことです。もちろん誤解です。

希美…
あたしさー、みぞれに負けたくなくて

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なんか同等になれるかなーって思って、おなじ音大行くって言った

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あたし、才能ないからさ
みぞれみたいにすごくないから
音大行くって言ってれば、それなりに見えるかなって思って
希美…

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あたし、みぞれみたいにすごくないから

みぞれも希美とおなじく、自分は感情が貧しいが希美は豊かであり、希美のほうが才能があると思っています。なので「希美はいったいなに言ってんの?」というところです。

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あたし、普通の人だから
違う…

「普通の人」=才能のない人、という意味でも、「普通の人」=特別でない人、という意味でも、みぞれがただしく希美は間違い。

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みぞれはさ、これからきっと、広い世界に出ていくんだよね
『リズと青い鳥』は、なんとかみぞれの演奏に見合うように頑張るよ
希美…
みぞれのソロを支えられるように…

希美はここで、才能のあるみぞれを突き放そうとしています。

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ん?
なにか…怒ってる…?

みぞれは希美のほうが才能があると思っているので、新山先生がわざわざ音大を勧めるまでもないと思っています。自分がなにか希美を怒らせてしまったから見放そうとしていると考えているのですが、その理由にはまったく見当もつきません。誤解なのだから当然ですが。

聞いて!

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希美は、いつも勝手…
一年生のときだって、勝手に辞めた
わたしに黙って
昔のことでしょ

一年生のときから希美は感情表現が下手だったようです。

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昔じゃない、わたしにとってはずっといま
わたしは、ずっと希美を追いかけてきた

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希美に見放されたくなくて、楽器もつづけてきた
わたしのいちばんは、ずっと希美
希美といっしょにいたいから、オーボエも頑張った

みぞれは、希美>みぞれ、という認識でいます。

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希美といられればなんだっていい!

みぞれがだんだん感情的になってきました。感情が解放されたからでしょう。

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そんなおおげさなこと言わないでよ…
おおげさじゃない!

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全部ほんと
ずるいよ…
希美が、わたしの全部なの

希美の認識は逆の、みぞれ>希美、なので、みぞれの言うことがさっぱり理解できません。なぜそんなに自分を買っているのかわからないのです。希美はみぞれがなにか隠していると思っていて、それが「ずるい」です。

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わたし、みぞれが思っているような人間じゃないよ
むしろ、軽蔑されるべき

「みぞれを手放したくないという思いがある」という意味です。

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わたしには、青い鳥を逃がしてやるリズの気持ちが、よく理解できません

しかしそれはみぞれもおなじなのです。

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希美は、わたしの特別

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希美にとってなんでもなくても、わたしには全部、全部特別!
うーん、なんでそんなに言ってくれるのか、わかんな…

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どうしたの…
大好きの、ハグ…

希美がわからんちんなので、作戦変更しました。

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みぞれっちったらダイターン!

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希美っちにはちょっとためらいがあったが

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このとおり。

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わたし、希美がいなかったら、なんにもなかった
楽器だってやってない
希美が、声かけてくれて、友だちになってくれて、やさしくしてくれて、うれしかった
ごめん、それよく覚えてないんだよ…

作戦その一は失敗でした。

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みんなを引っ張って、いつも楽しそうで、すごいなって思ってる
みぞれは努力家…だよ…

作戦その二も失敗しました。希美の社交性は振舞いでしかないので、みぞれの言うことは事実ではありません。希美も無理やりホメているようで

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めっちゃ努力家で

元ネタはこれです。

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希美の笑い声が好き
希美の話しかたが好き
希美の足音が好き
希美の髪が好き
希美の…
希美の、全部…

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みぞれのオーボエが好き

作戦その三は大成功でした。表現に長けるみぞれは考えて気持ちをことばにしていますが、希美は半分無意識に口をついて出たようです。なぜ成功したのか?それはこういうことです。

みぞれの笑い声が好き
みぞれの話しかたが好き
みぞれの足音が好き
みぞれの髪が好き
みぞれの…
みぞれの、全部…

希美にはコミュ障なところがありますが、みぞれのことばを聞いて、みぞれの気持ちが自分の気持ちとまったくおなじだということに気がつきました。disjointなふたりですが似た者同士なのです。作戦その一とその二の「好きなところ」はみぞれにはあてはまりませんでした。

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希美は自分のことばにきょとんとしていましたが、破顔一笑です。「みぞれのオーボエが好き」は、いままでどうしてもことばにできなかった自分の本心だったから、愉快になったのです。みぞれのオーボエは、通じない気持ちや、来るべき別れの予感を象徴するものでもあり、希美を苦しめていました。しかし表現下手を克服できたようで、これから才能を開かせるのでしょう。

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希美っちもダイターンにみぞれっちを抱き返したので、みぞれも希美の気持ちが自分とまったくおなじだと理解しました。

ありがとう
ありがとう、みぞれ
ありがとう

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もちろん「自分の本心をことばにさせてくれてありがとう」です。

荷物を取りに行く廊下で、希美はみぞれに出会ったときのことを思い出しました。

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きれい…

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最後のスクショが希美の回想です。青い鳥とリズは冒頭、みぞれの回想は前半にあります。首の傾げ具合から青い鳥=希美、表情からリズ=みぞれでしょう。中学生のみぞれの希美の第一印象は「きれい…」でした。意義なーし!しかしそれはおたがいさまなのです。

ん?あ、なにこれ、めっちゃ青い
きれー…

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あげるよ?

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ありが…とう?
…なんで疑問形なの?

冒頭からですが、みぞれの羽根=才能も「きれー」で、希美が芽を出させたようです。こちらもおたがいさまです。

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最後のカットは二羽のトリです。解放された青い鳥はどちらも一瞬で戻って来てハッピーエンドですが。

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わたしさー、リズが逃がした青い鳥って、リズに会いたくなったら、また会いにくればいいと思うんだよね
えへっ、それじゃリズの決心がだいなしじゃん
ふーん
でも、ハッピーエンドじゃん?

エンディング

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みぞれ、わたし、みぞれのソロ、完璧に支えるから

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今は、ちょっと待ってて

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わたしも

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わたしも、オーボエつづける
うん

みぞれがオーボエをつづけると言うのは

希美が決めたことが、わたしの決めたこと

にくわえ

みぞれのオーボエが好き

希美がこう言ったからです。どうもみぞれには音楽そのものにはあまり情熱はなかったようです。希美のほうはわかりませんが、みぞれを支えることに音楽をつづける理由を見つけたことは間違いありません。みぞれはやや特殊な性格をしていますが、なんにせよふたりはここではじめて自分の意志を示しました。みぞれには音楽への情熱が芽生えるでしょう。ハッピーエンドなので、希美は特待と奨学金で音大に行けるでしょう。

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これはみぞれの感情ですが

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みぞれのオーボエが好き

希美の表現はテクニックというより、「直観」や「ひらめき」といったものです。芸術は人生そのものであり、prime factorは感情・情熱・直観・お金の四つです。
イケボやアロハや新山先生は合奏を「かける」ととらえていましたが、ここで希美は「支える」と言っています。これが「みぞれ+希美」ということなら、まったく新しいprime factorが生まれます。希美の才能はみぞれと同等以上なので、みぞれが上にいることには意味はありません。「支える」にあわせて配置しているだけです。

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ハッピーアイスクリーム!
なに?みぞれ、アイスが食べたいの?
じゃあ、アイスにするかー
決まり―!

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みぞれっちが劇中でいちばんイキイキしています。希美はハッピーアイスクリームを知らないのですが、「アイスクリーム」と聞いて常識的に判断しました。みぞれは通じたと「誤解」して喜んでいます。希美のドヤ顔から、みぞれを驚かそうといきなり振り向いたようです。

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みぞれがこの笑顔になるのは、他には手振りでやりとりしたときと、スイーツの話のときだけです。ことばでのやりとりはおたがい苦手のようです。

おそらく原作小説はハッピーエンドではないのだと思いますが、映画は見事にハッピーエンドに魔改造されています。

文学の本質

みぞれと希美の素質が解放され、音楽をつづけることになる(だろう)のは、人物はだれひとりそのことに気がついていませんが、重なる誤解によるものでした。順番としては

・希美が後輩にホメられて誤解する
・希美が新山先生を誤解する
・みぞれが希美を誤解し、それによりみぞれの才能が解放される
・みぞれと希美はおたがいを誤解し、みぞれは希美に自分をぶつけ、それにより希美の才能が解放される

です。非常にオーソドックスな文学のスタイルです。文学ではこういった「奇跡」を起こすのはなんらかの「神秘」です。たとえば映画『聲の形』で飛び降りた西宮さんが助かったのは亡くなった祖母の守りだったり、映画『スター☆トゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて』では、溺れて死んだひかるとララを沖縄地上戦の犠牲者が生き返らせたり、まんが『この世界の片隅に』の最後、広島ですずと周作を引き合わせたのは空爆で死んだリンだったりと死者が多いです。神秘の正体は文学作品の大きなテーマだから一般的にたいへんわかりにくくなっていますが、この映画では「リズ」の祈りです。「絵本は奇跡を起こす」というのが作者のメッセージでしょう。

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ああ、神様
どうしてわたしに

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籠の開けかたを教えたのですか…

希美はこの時点ではみぞれの才能を知らないので、たんに覚えていたセリフを言っただけです。

さて

希美の笑い声が好き
希美の話しかたが好き
希美の足音が好き
希美の髪が好き
希美の…
希美の、全部…
みぞれのオーボエが好き

これらのことばは「事実を述べている」文ですが、世の中には「発語内行為」というものがあります。

オースティンの言によれば、「発語内行為」とは「何かを言うことで何かを行う」ことであり、聖職者が結婚式で「私は今、あなたがたを夫婦と宣言する」と言うようなことを指す(オースティンは同書の中でもっと正確な定義をしている)。

言霊」も似たようなものです。

声に出した言葉が、現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされた。そのため、祝詞を奏上する時には絶対に誤読がないように注意された。今日にも残る結婚式などでの忌み言葉も言霊の思想に基づくものである。
日本は言魂の力によって幸せがもたらされる国「言霊の幸ふ国」とされた。『万葉集』(『萬葉集』)に「志貴島の日本(やまと)の国は事靈の佑(さき)はふ國ぞ福(さき)くありとぞ」(「志貴嶋 倭國者 事霊之 所佐國叙 真福在与具」 - 柿本人麻呂 3254)「…そらみつ大和の國は 皇神(すめかみ)の嚴くしき國 言靈の幸ふ國と 語り繼ぎ言ひ繼がひけり…」(「…虚見通 倭國者 皇神能 伊都久志吉國 言霊能 佐吉播布國等 加多利継 伊比都賀比計理…」 - 山上憶良 894)との歌がある。これは、古代において「言」と「事」が同一の概念だったことによるものである。漢字が導入された当初も言と事は区別されずに用いられており、例えば事代主神が『古事記』では「言代主神」と書かれている箇所がある。古事記には言霊が神格化された一言主大神の記述も存在する。

真実を述べたことばを口にすると、神秘の力により事実になる、というのが文学です。希美なら

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みぞれのオーボエが好き

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上のスクショでははっきりとした事実ではなかった「みぞれのオーボエが好き」が、下のスクショでははっきりと事実になった、と考えられます。みぞれの

希美の、全部…

も同様です。

エスカレーション

ここからはちょっとハードコアな話になります。これもまた文学の本質なのです。ホントだから!

希美はみぞれに激しい恋愛感情を抱いていますが、それをことばにすることができず、「せいよく」だと思っています。「せいよく」とひらがななのは、性欲とおなじものだとは言い切れないからです。「みぞれは友だちだけど、性欲の対象でもある」ではありません。なぜなら希美には友だちがみぞれしかいないので、友情がわからないのです。単一の「せいよく」だけがあると思っています。みぞれも同様です。

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のぞ先輩は、デートしたことありますかぁ?
はぁ?

初恋なので同性愛者の自覚もありません。希美はそれをみぞれに知られて嫌われたくないので、表現を抑圧しています。

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あたし、普通の人だから
違う…

「普通の人」には「同性愛者ではない人」という意味もあります。希美はみぞれを自分のせいよくの対象から解放しようとしています。

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DNAの模型や試験管がセックスや試験管ベビーをイメージさせます。二穴パンチは「穴をふたつ同時に開ける」という下品な意味です。

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わたし、みぞれが思っているような人間じゃないよ
むしろ、軽蔑されるべき

みぞれをせいよくの対象としていることを「軽蔑されるべき」だと言っています。「普通の人」を「違う…」と否定されたので、つまり同性愛者だと認められたので、こんどは自分を卑下しました。

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みぞれのオーボエが好き

希美はいままで自分のみぞれへの感情を「せいよく」だとしか認識できませんでした。「みぞれのオーボエが好き」は「せいよく」とおなじものの別の表現であり、みぞれのオーボエ(大吠え)とおなじくらい希美のせいよくは激しいと言えます。みぞれは「希美の全部が好き」なので「希美のフルートが好き」です。

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自分で吹いたのだから、当然みぞれのせいよくもオーボエとおなじくらい激しいはずです。みぞれが感情を抑圧するのも希美とおなじく、相手に嫌われたくないからでした。『リズと青い鳥』のいちばんのおもしろみは、美少女ふたりの煮えたぎるせいよくを音楽で表現するところです。

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ふたりとも、おたがいにせいよくを抱き合っていることを理解しました。これでもう遠慮はいらないのです。

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トリはせいよくの隠喩でもありました。

みぞれ、わたし、みぞれのソロ、完璧に支えるから

「支」という字は「又」の上に「+」があります。これでxyはx+yになったのです。

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又の上でx+yだから、新しいprime factorはふたりの赤ちゃんなのです。

みぞれは努力家…だよ…

「努」は「女の又に力」なのです。小学生かよ。

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スケフェ・ニンヘン」はオランダの地区Scheveningenのことです。中学生かよ。

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ミドリフグ自体には意味はありませんが

ゲノムサイズが既知の脊椎動物中、最小のゲノムを有することから、遺伝学におけるモデル生物として選択されている。2004年には本種ゲノムのドラフト配列が発表された[4]。

こういう理由で選ばれたのでしょう。みぞれは遺伝学のことを考えているのです。

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リズの…気持ち…

この映画には下品なダジャレが他にもたくさんあります。また「渾身のダジャレ」は断じてルー・リードではなく、reed=簧とreed=millなのです。メッチャ難しいです。最後から二番目のダジャレの

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jointは「つながった」です。二穴パンチを使いました。

頭から順に観る


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