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村上春樹氏には小説を読む力がないのです(トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』)

村上春樹氏は自分ではデビュー作からこういう芸当ができる子なのですが、翻訳はまるでダメなのです。サボっているとしか考えられないのです。

💛

『ティファニーで朝食を』の冒頭のパラグラフです。

I am always drawn back to places where I have lived, the houses and their neighborhoods. For instance, there is a brownstone in the East Seventies where, during the early years of the war, I had my first New York apartment. It was one room crowded with attic furniture, a sofa and fat chairs upholstered in that itchy, particular red velvet that one associates with hot days on a train. The walls were stucco, and a color rather like tobacco-spit. Everywhere, in the bathroom too, there were prints of Roman ruins freckled brown with age. The single window looked out on a fire escape. Even so, my spirits heightened whenever I felt in my pocket the key to this apartment; with all its gloom, it still was a place of my own, the first, and my books were there, and jars of pencils to sharpen, everything I needed, so I felt, to become the writer I wanted to be. (Breakfast at Tiffany’s, Truman Capote)

以前暮らしていた場所のことを、何かにつけふと思い出す。どんな家に住んでいたのか、近辺にどんなものがあったか、そんなことを。たとえばニューヨークに出てきて最初に僕が住んだのは、イーストサイド72丁目あたりにあるおなじみのブラウンストーンの建物だった。戦争が始まってまだ間もない頃だ。一部屋しかなくて、屋根裏からひっぱり出してきたようなほこりくさい家具で足の踏み場もなかった。ソファがひとつに、いくつかのむくむくの椅子、それらはへんてこな色あいの赤いビロード張りで、いやにちくちくして、まるで暑い日に電車に乗っているような気がした。壁はスタッコ塗りで、色あいは噛み煙草の吐き汁そっくりだ。浴室も含めて、いたるところにローマの遺跡を描いた版画がかかっていたが、ずいぶんな時代もので、そこかしこに茶色のしみが浮き出ている。窓はひとつしかなく、それは非常階段に面していた。とはいえ、ポケットに手を入れてそのアパートメントの鍵に触れるたびに、僕の心は浮き立った。たしかにさえない部屋ではあったものの、そこは僕が生まれて初めて手にした自分だけの場所だった。僕の蔵書が置かれ、ひとつかみの鉛筆が鉛筆立ての中で削られるのを待っていた。作家志望の青年が志を遂げるために必要なものはすべてそこに備わっているように、少なくとも僕の目には見えた。 (『ティファニーで朝食を』村上春樹訳、新潮文庫)

この訳は非常に問題ありです。一文ずつ解説していきます。

I am always drawn back to places where I have lived, the houses and their neighborhoods.
以前暮らしていた場所のことを、何かにつけふと思い出す。どんな家に住んでいたのか、近辺にどんなものがあったか、そんなことを。

drawn backと受動態でalwaysもついているので、懐かしさをイメージさせる「思い出す」はふさわしくありません。言外に「今住んでいるところは居場所ではなく、生きているとはいえない」という含みがあります。以下、カポーティの「読者だまし」のオンパレードです。

For instance, there is a brownstone in the East Seventies where, during the early years of the war, I had my first New York apartment.
たとえばニューヨークに出てきて最初に僕が住んだのは、イーストサイド72丁目あたりにあるおなじみのブラウンストーンの建物だった。戦争が始まってまだ間もない頃だ。

East Seventies(マンハッタン島のイーストサイド70丁目から79丁目まで)は高級住宅街のイメージです。

アッパー・イースト・サイドは富裕層の住宅街として知られ、高級住宅地として有名である。またこの地域の住民のための私立学校もある。20世紀以前は大富豪の屋敷が並んでおり、現在はセントラルパークに面する住宅街とパーク・アベニューの周辺を中心に高級アパートメント、コンドミニアムが並ぶ。

すくなくともブラウンストーン張りをするのは高級建築です。建物の古さを考えると、19世紀の大富豪の戸建てです。

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たぶんこんな家です。there isと現在形になっているのは、現存するからでもあるし、主人公がdrawn backされたからでもあります。時制には意味があるのです。apart-ment「親元から離れて一人でいる心(mentalとのダジャレ)」という意味もあります。

It was one room crowded with attic furniture, a sofa and fat chairs upholstered in that itchy, particular red velvet that one associates with hot days on a train.
一部屋しかなくて、屋根裏からひっぱり出してきたようなほこりくさい家具で足の踏み場もなかった。ソファがひとつに、いくつかのむくむくの椅子、それらはへんてこな色あいの赤いビロード張りで、いやにちくちくして、まるで暑い日に電車に乗っているような気がした。

ニューヨークの高級建築がワンルームマンションのはずがありません。主人公は高級住宅の一部屋だけを借りて下宿したのです。atticは屋根裏ではなく、「アテネ風の、古典的な、高貴な」という意味です。ニューヨークの高級住宅に屋根裏はないのです。村上氏はparticularとpeculiarを見間違えたのかもしれませんが、普通に訳せば「特別に赤いビロード」です。ピカピカの高級調度なのです。また、ビロードの肌理が微粒子particleを散らしてキラキラしているイメージになっています。hot days on a trainは「栄光の日々の連続」です。訳からは狭い部屋しかイメージできませんが、かつては大勢の人が集まった社交場だったのです。広いのです。

The walls were stucco, and a color rather like tobacco-spit.
壁はスタッコ塗りで、色あいは噛み煙草の吐き汁そっくりだ。

スタッコは化粧漆喰のことです。煙草を噛んで吐いた唾は茶色です。変色したのではありません。漆喰でイメージされる白ではなく、最初から茶色に着色しているのでratherですが、訳せていません。この小説にはbrownということばが、最初のページにだけ3回出てきます。おそらく小説を通じてなんらかの意味があるのでしょう。

Everywhere, in the bathroom too, there were prints of Roman ruins freckled brown with age.
浴室も含めて、いたるところにローマの遺跡を描いた版画がかかっていたが、ずいぶんな時代もので、そこかしこに茶色のしみが浮き出ている。

風呂場に版画をかけるアホはいません。紙が濡れたり湿気たりします。風呂場の絵はフレスコやレリーフなどです。作者は「よく読めばありえない」描写をしています。このprintsは「印象」です。ローマの旧跡みたいなので建物は古いように見えますが、部屋はボロくはなく、きれいに維持されています。freckled以下はruinsにかかり、壁にシミがあるわけではありません。

The single window looked out on a fire escape.
窓はひとつしかなく、それは非常階段に面していた。

窓の下にオリロー避難はしご

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があったようですが、なんにせよ大富豪の邸宅なので屋外の非常階段なんて無粋なものはありません。またlock outのダジャレです。読んではいませんが、この小説は

Flanked by potted plants and framed by clean lace curtains, he was seated in the window of a warm-looking room: I wondered what his name was, for I was certain he had one now, certain he'd arrived somewhere he belonged. African hut or whatever, I hope Holly has, too.

とwindowの話で終わります。

Even so, my spirits heightened whenever I felt in my pocket the key to this apartment;
とはいえ、ポケットに手を入れてそのアパートメントの鍵に触れるたびに、僕の心は浮き立った。

家は大邸宅で、部屋は広いし、ローマの旧跡みたいで、豪奢なイスがあるから、主人公は皇帝気分なのでしょう。村上訳は浮ついた感じでよくありません。spitとprintsとspiritsがダジャレになっています。apartmentは原文に二回出てきますが、訳には「アパートメント」が一回しか出てきません。これをなんとかしなければいけせん。

with all its gloom, it still was a place of my own, the first, and my books were there, and jars of pencils to sharpen, everything I needed, so I felt, to become the writer I wanted to be.
たしかにさえない部屋ではあったものの、そこは僕が生まれて初めて手にした自分だけの場所だった。僕の蔵書が置かれ、ひとつかみの鉛筆が鉛筆立ての中で削られるのを待っていた。作家志望の青年が志を遂げるために必要なものはすべてそこに備わっているように、少なくとも僕の目には見えた。

gloomは「さえない」ではく「薄暗い」です。gl-+roomのダジャレで、gl-は「光る」という意味の接頭辞です。物理的には暗くても、主人公にはキラキラして見えます。stillは「ホッとする」です。firstは

I had my first New York apartment

を受けていますが、「最初の」だけでなく「(人生で、絶対的に)最高の」という意味があります。jarは「つかみ」よりは多く、jarsは「ひとつ」よりは多いです。主人公が鉛筆をsharpenするとも、鉛筆が主人公をsharpenするともとれますが、大事な意味はもちろん後者です。so I feltもeverythingにかかります。「自分のなりたい作家になるために必要なものすべて、つまり作家になれると感じられるものすべて」という意味です。everythingは本と鉛筆だけでなく、ここで描かれているものすべてを含みます。とくにspiritsは重要です。現代では滅んでしまったギリシャやローマの古典の技巧=「だまし」を継承、再興しようという自負や、脱出路を断つ心構えも読み取れます。

I felt in my pocket the key to this apartment

everything I needed, so I felt

apart-mentも必要なものです。作家はだてにおなじことばを使わないのです。二つのfeltは同一か、非常に近いことばに訳さなければ、読者はそこのとがわからなくなります。村上氏は一般論にしてしまいましたが、the writer I wanted to beはどんな作家でもいいのではなく、ジェイン・オースティンやジェイムズ・ジョイスのような、「だまし」を駆使する作家のことです。カポーティも見事そうなれました。村上氏にはspiritsもsplitもありません。

村上春樹氏は最初のパラグラフを、ただの一文もまともに訳せませんでした。しかしカポーティの真価はこんなものじゃないのです。

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Even so, my spirits heightened whenever I felt in my pocket the key to this apartment;

男子のみなさんがズボンのポケットに手を突っ込んだら、なにに触れるでしょうか。そうです、ポケットモンスターです。

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主人公はポケモンに触ってfeltカンジてしまって、spirits(sperm精〇の隠喩)がheighten「わきたった(沸、湧)(立、勃)」したのです。彼は実家では自分の部屋がなかったのです。

it still was a place of my own, the first,

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gloomで一人で「キラッ☆」とします。

and my books were there, and jars of pencils to sharpen,

どういう種類の本なのか、pencils to sharpenがなんのたとえなのか、もうおわかりですね。

hot days on a train

毎日やってたようです。

The single window looked out on a fire escape.

the single windowは、邸宅の主人である「single独り身のwidow未亡人」のダジャレです。

可算名詞 (ガス・水などの)漏れ〔from〕.
There is an escape of gas from the main. 本管からガスが漏れている.
(weblio)

「戦争が始まってまだ間もない頃」とあるので、高齢ではなく、若く美しい戦争未亡人ですが、fire escapeを注視していたようです。

the writer I wanted to be

writeは洋の東西を問わず「かく」です。カポーティとは親友のような気がしてきます。最初の文の

I am always drawn back to places where I have lived,

drawはwriteとかけていますが、こんな意味があります。

A
3 a〔+目的語(+from+(代)名詞)〕〈水・酒などを〉〔…から〕くみ上げる; 〔容器から〕〈液体を〉出す.
4 c〔+目的語(+前置詞+(代)名詞)〕〈人の〉心を〔人に〕引きつける,〈人に〉〔…の〕魅力を感じさせる 〔to,toward〕.
6 b〈ため息を〉つく.
draw a long sigh 長いため息をつく.
9〈苦痛が〉〈顔を〉ゆがめる 《★通例過去分詞で形容詞的に用いる; ⇒drawn 3b》.
B
1(鉛筆・ペン・クレヨン・チョークなどを用いて線で)描く 《★【類語】 paint は絵の具で絵を描く; write は字を書く》:
(weblio)

places where I have livedは「生きてるってカンジ」のことです。

カポーティはアホなのかと思われるでしょうが、その通りです。

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(村上)一語一句テキストのままにやるのが僕のやり方です。そうしないと僕にとっては翻訳をする意味がないから。(『翻訳夜話』村上春樹、柴田元幸、kindle 151/3104)

たったの一パラグラフでこのザマです。村上氏の言うとおり、一語一句テクストのままにやれていない彼の翻訳には意味がなく、無価値です。ロクに辞書を引いた形跡もありません。村上氏とおなじ高速翻訳家の柴田元幸氏もどうせ同レベルでしょう。というか、今の日本に小説をきちんと訳せる翻訳家は一人もいません。そもそもまともに読めるやつが世界にほんのすこししかいないし、見ての通り翻訳不可能なので、読めるやつでも柳瀬尚樹氏のような特異なチャレンジャーでなければ、丸ごと一作品を翻訳する気なんて起きないのです。

(村上)正解の翻訳は原理的にありえないと僕は思います。でもそんなことを言いだしたら、正解の読み方というものも原理的にはないということになってきますよね。どんな言語で読んだところで。(240/3104)

ここで解説したように、テクストをひたすら忠実に読み、作者の「だまし」を読み解くところまでは、「正解の読み方」があります。そこから先どう感じるかは人それぞれですが。


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