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カタコト

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#文通小説

『片言の片想い』②

『片言の片想い』②

台風は町中を覆った暑苦しい空気を連れて太平洋に消えた。
残された空は澄んでどこまでも高く、
小さくまとまった雲のかけら達がまばらに散っている。

リビングにあつらえたほんの飾り程度の出窓からは、
隣家の庭を挟んだ向こうに浜辺が見える。
ほんの数日前まで賑わいを見せていたビーチも、
今は人影もなく全く別の場所のように思える。
波は人だかりを名残惜しむように静かにゆっくりと寄せては返している。

この

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『片言の片想い』①

『片言の片想い』①

私の鼻先を春の薫りがかすめる。風に揺れるカーテンは、眠る大きな森の妖精が深く静かに呼吸をするようにゆっくりと膨らんではしぼんでいる。
読もうと思って本棚から持ってきた本は、開かれることもなく私の手の届く範囲内の一番遠い所へ置かれている。
いや、私が意図して脇へ追いやった。こんな本を読んでいる所を見られたら、彼はなんて言うだろう。そしてそれを見られた私は、なんて反応をしたら良いのかわからない。

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