「『Because it's there.』を『そこに山があるから』としたのは藤木九三の大誤訳」というのは、いろいろ無理があると思うという話
はじめに
本記事を書くにあたり、カミツキワニさんのnote『「そこに山があるから」 の起源についての検証』、mitimasuさんのnote『ジョージ・マロリー「Because it's there」の it はエベレストではない』を大いに参考にさせていだたきました。また、資料検索にあたり川喜多記念映画文化財団様にお世話になりました。皆様、ありがとうございます。
そもそも「Because it is there.」を最初に日本に紹介したのは藤木九三でいいのか?
クイズガチ勢の方なら、「Q.ジョージ・マロリーの『Because it's there.』を『そこに山があるから』と訳した朝日新聞の記者は誰?(A.藤木九三)』みたいな問題を目にしたことがあるのではないでしょうか。
なぜ「藤木九三が『そこに山があるから』と最初に訳した人と言われるかというと……
1954年に刊行された藤木の著書『エヴェレスト登頂記』の中に「マロリーが『山があるからだ』と答えたと伝えられる」みたいな記述がある
2004年に朝日新聞が「マロリーの名言を日本に初めて伝えたのは、藤木のこの本」という記事を書く
といった経緯があったからだそうです(より詳しい流れは、カミツキワニさんの『「そこに山があるから」 の起源についての検証』をご覧ください)。
しかしですね、国会図書館デジタルコレクションに「Because there マロリー エヴェレスト」などとぶっこんで検索してみると、『エヴェレスト登頂記』が刊行された1954年以前に、マロリーの言葉が日本に紹介されている例がけっこう見つかったりするのですよ。僕が発見した中だと、一番古い例で1942年でした。……って、「藤木九三がマロリーの名言を初めて日本に紹介した」とされる年より10年以上前だよ! いくらなんでも定説と違いすぎませんかね……。
まぁ、とりあえずはその「デジタルコレクションで発見できた、最古の『Because it's there.』の日本語訳」を紹介しましょうか。以下、1942年に刊行された『青春の氷河』という本から。
『青春の氷河』は世界の山岳小説を集めた短編集。で、その中に収録された『K3の頂上』という小説の中に、とりあえず僕が確認しえた最古のマロリーの名言の日本語訳的なものが登場している感じです。ということは、藤木九三の『エヴェレスト登頂記』が刊行される12年前に、これを訳していたた妹尾韶夫こそが「マロリーのアレを日本に初めて紹介した人(暫定)」ということになるんじゃないかなぁ、とか思ったり。
さて、この妹尾韶夫という人なのですが……。僕自身は『妹尾アキ夫探偵小説選』(論創社)を読んだことがあったり、この人が訳した海外ミステリをいくつか読んだことがあったりするレベルの割とガチ目のミスヲタだったので、「え、これって、あの妹尾アキ夫?」と軽い衝撃を受けたりしたのですが、普通の人はまず知らないですよね……。まぁ、「このnote、今後もチェックしてやるわ」と思ってくださる奇特な方におかれましては、そういう推理作家・翻訳家がいたということを覚えておいていただけるとちょっといいことがあるかもしれません(実はこの人、現在僕が調査中の別ネタでもけっこう重要な役割を果たす可能性があるんですよ)。
ジェームズ・アルマンという山岳小説家について
さて、続いてはさきほど話題となった小説『K3の頂上』を書いたジェームズ・ラムジー・アルマンというアメリカの作家です。この人について調べてみたところ、『K3の頂上』以外の小説にもマロリーのアレをネタにした記述がいくつか発見できたので、紹介しましょう。
「エヴェレスト征服の闘い」が掲載された雑誌『リーダーズ・ダイジェスト』が刊行されたのは1946年、小説『白い塔』が新人社から刊行されたのは1950年です。これらも藤木九三の『エヴェレスト登頂記』(1954年)より前ですね。これらの結果からするに「マロリーのアレを日本に紹介したのは藤木九三」というのはどう考えても無理があって、「マロリーのアレは、アメリカの作家ジェームズ・アルマンの作品を通して日本に入って来た」というのが正しいんじゃないかなぁ、と思ったりします。
「Because it's there.」を「そこに山があるから」としたのは、本当に誤訳だったのか?
さて、アルマンの小説をいくつか紹介してきたのですが、読み比べて気になったのは「マロリーが『なぜ山に登るのか?」と訊かれたシチュエーションが作品によって違う」という点です。比較すると
『K3の頂上』……誰に訊かれたか不明
『エヴェレスト征服の闘ひ』……あるとき、友人に訊かれた
『白い塔』……1922年のロンドンの講演会で、観客の少女から訊かれた
という感じですね。まぁ、実際のところは、ジョージ・マロリーの「Because it's there.」は、1923年の『ニューヨーク・タイムズ』紙のインタビューで初めて登場した言葉。よって、アルマンの小説のような「友人に訊かれた」「観客の少女に訊かれた」というような事実は無かったわけですけど(余談ですが、実は僕、『白い塔』を読んだ後、原文の
を確認したうえで「もしここ書かれた通り、1922年にロンドンのアルバート・ホールでマロリーが講演していたら、’『Because it's there.』の初出は1923年『ニューヨーク・タイムズ』説’を覆す大発見になるかも?」とか思っていろいろ調べてみたのですが、時間の無駄に終わりました……)。
さて、ここで思い出していただきたいのは、藤木九三の『エヴェレスト登頂記』内での記述です。
藤木は「マロリーは知人に尋ねられた時に答えたと伝えられる」と書いているのですが、これってアルマンの作品だと『エヴェレスト征服の闘ひ』に近いシチュエーションですよね。「ということは、藤木九三は『エヴェレスト登頂記』を執筆する際に、『エヴェレスト征服の闘ひ』の原文を参考にしてマロリーのエピソードを入れた可能性があるんじゃないかなぁ?」とか思ったので、『エヴェレスト征服の闘ひ』の原文にあたってみました。
どうでしょう? 個人的には、藤木がこの文を参考にしたなら、『エヴェレスト登頂記』の中で「 何気ない様子で『山がそこにあるからだ』と答えたと伝えられる」と書いても不思議ではないかな、と思ったりしました。
そもそもの話ですが、『「Because it's there.」を「そこに山があるから」と訳すのは誤っている」というのは、「この言葉の初出となった『ニューヨーク・タイムズ』のインタビュー記事を見れば明白」というような話だったりするわけです(詳しくはmitimasuさんの『ジョージ・マロリー「Because it's there」の it はエベレストではない』)参考)。しかし、藤木九三はその『ニューヨーク・タイムズ』の記事を読んだことはなさそうなんですよね。だって、もし実際に記事を見ていたなら「答えたと伝えられる」という伝聞調の書き方にはならないはずですから。なので、藤木は「『ニューヨーク・タイムズ』の記事を誤訳した」のではなく、「自身が発見したソース(おそらくアルマンの小説)を忠実に訳した」だけだと思うのですよ。なのに、
など「大誤訳の戦犯」扱いされてしまうのは、さすがにかわいそうじゃない? とか思ったりしました。
あと、せっかくなので、アルマンのもうひとつの小説『K3の頂上』からも、当該部分の原文を紹介しましょう。
ここで注目すべきは、マロリーへの質問が「なぜ未登頂(unconquered)のエベレストに登りたいのか?」となっている点でしょうか。「Because it's thereの『it』を山と訳すのは間違いで、『エベレスト』が正しい」というのはよく言われる話ですが、それに対しにmitimasuさんの『ジョージ・マロリー「Because it's there」の it はエベレストではない』では「単なる『エベレスト』も間違いで、正しくは『処女峰の』エベレスト」という話をされています。ということは、この「unconquered Everest」は、まさにmitimasuさんの指摘にピンズド! 残念ながら、妹尾アキ夫がによって訳された時点でこのニュアンスは削れてしまったのですが、もしもっと登山に詳しい人……それこそ、藤木九三あたりによって訳されたらどのような日本語になったのか、ちょっと気になるところではあります。
映画『エヴェレスト征服』について
カミツキワニさんの『「そこに山があるから」 の起源についての検証』で『エヴェレスト征服』という映画を知りました。で、この作品についてもいろいろ調べてみたので、その結果についても紹介します。
『エヴェレスト征服』は、1953年に史上初のエヴェレスト征服を果たしたイギリス遠征隊を取材した記録映画。日本では53年に公開され、54年の『キネマ旬報』の外国映画ベストテンで5位に入賞しています。
で、実は「そこに山があるから」という表現は、この映画の日本公開時に字幕で使われ、それが映画評などに引用されることで広まっていった可能性があるっぽいのですよ。ということで、そのあたりについて考えてみます。
この映画に2度、「Because it's there.」という言葉が登場します。
1回目(割と序盤)
Why should a man climb evelest? It was Mallory himelf who gave the classic reply "because it is there".
2回目(エンディング付近)
Up avove seve thousaand feet higher it where these two wer yesterday. And why did they climb it? They climbd it because it is there.
で、カミツキワニさんは当時の新聞などをもとに
と推測されています。……が、僕の調べた感じだと、1回目は「そこに山があるからだ」、2回目は「そこに山があったからだ」という訳があてられたんじゃないかなぁ、という気もするのですよね。以下、川喜多記念映画文化財団の資料室でコピーさせていただいた記事からの抜粋。
両記事とも、1回目が「そこに山があるからだ」、2回目が「そこに山があったからだ」としているんですよね。複数の記事から同じような記述を発見できたということは、僕の説はそれなりにイケてるんじゃないかなぁ……と思ったんだけど、後から出版された『映画ストーリー』の方が、『映画の友』の記述をパクっていただけって可能性もありますね。まぁ、雑誌記事2つで事実を確定させるのは難しいので、参考程度ってことで。
あと、カミツキワニさんが「最初の『Becausei it's there.』にあてられたのでは?」と推測されていた「そこにそれがあるから」という言葉ですが、僕はこれは「配給会社の人が、字幕の完成前にプレスシートとかパンフレットに載せた文であって、実際には映画に使われていないのでは?」「で、朝日新聞などの記事に書かれた『そこにそれがあるから』は、プレスシートから引用したのではないか?」と思います。……まぁ、ぶっちゃけて言ってしますと、「Because it is there.」を「それがそこにあるから」って、映画に使うにはあまりにも不細工な訳じゃないですか? 清水俊二(『エヴェレスト征服』の日本語字幕担当、レイモンド・チャンドラーの小説の日本語訳などでおなじみ)なら、もっとオシャレな訳(それこそ「そこに山があるからだ」みたいな)をするんじゃないのという、ミスヲタ的な願望込みではあるのですが。
まぁ、いろいろ推測したところで、実際どうだったかについては当時の日本語版の字幕を見ないと分からないですけどね(余談ですが、図書館に『エヴェレスト征服』の日本語版DVDがあったので借りてみたのところ、DVD化の際に新たな字幕がつけられたようで、2回とも「山がそこにあるからだ」という同じ訳でガッカリでした)。
川喜多記念映画文化財団の職員の方によると、日本での上映権を持っていたのは東和商事(川喜多記念映画文化財団の前身?)とのこと。もし財団がまだ権利を持っていて、フィルムが残っているのなら、ぜひ川喜多映画館あたりでの再上映を検討していただきたいところです。
なお、この映画の英語版はYou Tubeで全編見れますので、興味を持たれた方はぜひ。
おわりに
記事の方針を立てぬまま好き勝手書いてたら、全然まとまりのない記事となってしましましたが、結論としては
マロリー「Because it's there.」を最初に日本に紹介したのは藤木九三ってのはさすがに無理があると思うよ。
とはいえ、「藤木が『エヴェレスト登頂記』を書く際に、自力で海外の文献(おそらくアルマンの小説)からマロリーネタを引っ張ってきた可能性は否定できないかなー。
ただし、藤木のネタ元は『ニューヨーク・タイムズ』ではないので、「『Because it's there.』を誤訳したのは藤木」などと責任をかぶせちゃダメ、ゼッタイ!
映画『エヴェレスト征服』の中の「Why should a man climb evelest? It was Mallory himelf who gave the classic reply "because it is there".」の"because it is there"を、清水俊二が「そこにエベレストがあるから」と訳していたら歴史が変わったていたかも?
今後もこのnoteにお付き合いいただける方は「妹尾アキ夫」という名前を覚えておいていただけると幸いです。
って感じでしょうか。しかし、1万字越えか……。こんなの、誰が読むんだろう?
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