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無常命脈の誓い 2

 

オクトはマールム王国の暗殺者ギルド所属の暗殺者である。
暗殺者。暗殺を生業とする者。
暗殺は事前に計画立て、未知や障害を排除して臨むのが彼のスタイルだ。
とはいえ、予想外の出来事も起きないわけではない。標的が死にながら放った魔術や────今自分の視界に、映っている明らかな異常。

「……光?」

少し遠く、それこそ今の今までオクトが標的と共にいた屋敷の方向。
そこに淡い光源が輝いているのを見る。
室内の照明とも違う。
屋敷に侵入した際には確認していない未知の光。
まさか見落としたか、もしくは……。

(魔術による現象……!)

極力足音を立てず、駆け足で来た道を引き返す。

ガラスの散乱する2階部屋の窓下まで戻ってきたオクト。
その頃には、不可思議な光源が尋常ならざる現象だとはっきりと分かった。

光が、建物を透過している。

光源は位置的には彼がいた2階部屋の少し奥に見える。
しかし、その場所は本来なら屋敷の外から視線が通る箇所ではないはずだ。
にも拘らず、光が見える。
光量が多いわけではない、屋敷の外壁が光っているわけでもない。
ただ、その光だけが物質を透過しているかのようにそこに在る。

「……」

儚げに輝く、粒子状の光源。
見る限りそれは、人の輪郭をかたどっていた。


★★★


大好きだった姉、アウレア=フォン=フレスティアの生首が照明の元、床に転がっているのを見る。

まだ、震えが止まらない。
身体が動かない。声も出ない。
隠れる際、口に詰め込まれた枕のシーツが始終、辛うじて声を抑えてくれた。それでも漏れ出る嗚咽は、姉の悲鳴で掻き消された。

なぜ、なんで、どうしてこんなことに。

どうして姉様が死んで、私が生きて。

とりとめのない感情が脳内を渦巻く。
悲しみ、絶望、恐怖、嘆き、悲憤、自棄、失意、安堵。

「ぅあ……ッ」

自己嫌悪に首を振る。
たとえ一時的であろうと、命が助かったことに安堵してしまった自分が憎い。爪を剥がれる姉の姿は、今までの人生で見たことが無い程に苦痛と恐怖に満ちていた。あれが自分でなくて良かったと、なぜそんな醜い感情が浮かんでしまうのか。

ギィイ……

唐突に、部屋の扉が開く音がした。
びくり、と身体が震える。
次いでゆっくりと歩いてくる足音。

「……っ!」

座り込んだクローゼットの中の隙間からは、角度的に室内に入った人物は見えない。
しかし、この惨憺たる部屋に踏み入れていながら驚きの声も上げず無言を貫く人物など数えるほどもないだろう。

ガチャリ

クローゼットの扉が開けられた。
目の前に、男。

「こんばんは」

姉を殺した、暗殺者がいた。

「わ、私を──」

途端に、口を塞がれた。
強い力で、クローゼットから引き出され、横の壁へと押し付けられる。
一瞬足元が浮くが、頑張って伸ばすと辛うじて足が床についた。
もがこうとしても、男の手は石像のようにビクともしない。
喉元が苦しい。息ができない。

より一層抵抗を強くしようとした私の眼球の、本当に僅か先に、ナイフの先端が添えられた。身体を強張らせ、動きを止める。

「今から質問をします。答えは『はい』なら瞬きを一回、『いいえ』なら瞬きを二回。3秒以内、それ以外の動作は目玉を抉り、嘘をついても抉ります。わかりましたか? わかったなら一回、どうぞ」

感情の見えない、丁寧な口調。
だが姉を殺した時と比べ、威圧感が更に大きい。
ガタガタと震えながら、瞬きを大きく、一回。

「貴方は帝国の王族ですか?」

再び、瞬きを一回。
呼吸ができない。苦しい。

「貴方がアウリア=フォン=フレスティア?」

一回。
でも、無理やり息をしようとすれば、右目にナイフが突き刺さるかもしれない。

「貴方は……っと」

すると、男は私が息を止めていることに気づいたのか、口を覆う手の力を少し緩めた。
視線は男に向けたまま、ひゅーひゅー音を立てて喘ぐように息を継ぐ。

「先ほど魔術が使われたと、知っていますか?」

一回。

「あの魔術は貴方が使った?」

少し迷い……二回。

「今、嘘をつきましたね?」

ナイフの先端が更に近づき、ゆるりと弧を描いて私の眼球の輪郭をなぞる。
瞬きしたらそのまま瞼が切れるような距離だ。

「現状、僕にも余裕がない。では残念ながら────」

必死に、左目だけで瞬きを大きく二回……そして一回。

「…………」

ナイフが引かれた。
今度は男が迷うように、ナイフの先が空中を泳ぐ。

「単純な『はい』と『いいえ』じゃ答えられない?」

大きく、一回。

「……先ほどの魔術について何か知っている?」

一回。

「そうか……仕方ない、仕方ないか。……これから貴方の口を開放します。質問に口頭で答えなさい。ただし、質問に答える以外の動作、僕から見て妙な真似をしたらその瞬間、貴方の喉を掻き切って心臓を刺します。貴方が魔術を使おうと関係ない。最初の一文字を発音する前に殺す。わかりましたか?」

両目を閉じ、覚悟を決める。

命の覚悟。
姉の死を無駄にしない覚悟。
目の前の仇をなんとしても言いくるめ騙し、利用し、地を這ってでも生きる覚悟。そしていずれ必ず────殺す覚悟。

大丈夫。
勝算はあるのだ。

私は生きて、生きて、生き延びなくてはならない……!

そうでなくては、姉も家臣も浮かばれない。
皆の無念も晴らせない。
終わってしまう。全てが無駄になる。だから……!!

時間にして数秒も無い筈だが、
ひどく長く感じるひと時を経て、

────閉じていた目を、開けた。
口を覆っていた手がすぐさまどけられる。

ズプリ

………………え?

「では、最初の質問。あの魔術の名称は?」

男の声が聞こえている。
だがアウリアはその内容がわからない。

彼女の腹部にナイフが半ばまで埋まっていた。
最初に熱を感じ、次に冷たさを感じる。
痛みはその後に波のように押し寄せて……。

「あ、あ、あぁぁアア────!!」

少女の口が再び塞がれ、その顔は強引に正面へと向けられる。
バタバタと暴れるアウリアを意に介さず、男は再び少量、口内の霊薬を飲み下した。


【続く】

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