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天の尾《アマノオ》 第12話   ――『後悔の念』――

11話 目次 12話

★★★

「……ナワトお兄ちゃん、ボクの話を聞いてくれる?」

「おん? おお、いいぞいいぞ」

次は何を話そうかと考えていたらポポラから話を振ってきた。渡りに舟と胡坐をかき、完全に聞き専体勢に移行。

「ボクね、本当はナワトお兄ちゃんと戦いたくなかったんだよ」

「わかってるって。天の尾《アマノオ》のせいだそりゃ。しょうがねーよ」

未だ俺自身にその欲求の自覚はないが、先ほどのポポラの変わりようは、他に説明のしようがないのではないだろうか。

「これでも堪えている方なんだ。一日一殺、森の向こうに行って人を殺すだけ。昔はもっと酷かった。この世界に来た直後……、ボクの生まれは無地の泥色《デイショク》だったんだけど、その頃は凡そ理性と呼べるものがほとんど機能してなかったんだ。毎日死闘に明け暮れてたよ。位階が上がったタイミングで精神力も上がったのか、ようやくまともな思考ができるようになった」

遠い昔に思いを馳せているのか、ポポラの瞳は焚火も俺も通り越して、別の何かを見ているようだった。

「そしてボクは、自分が他人を傷つけたくないって思っていることに気づいてしまった……。ボクが傷つけられたら痛いから、痛いのは嫌だったから、相手も痛いのは嫌がっているから、だから他人を傷つけたくない。自分も傷つけられたくない。でも、」

彼女の表情が歪む。

「抑えきれない闘争心が、尽きることない戦いへの欲求が、ボクの中から湧き続ける。蓋をしても溢れ出してきて、心を苛む。堪えきれない……! 傷つけたくない、傷つけたくないのに……ッ」

零れる水滴を、隠すように小さな手が覆う。

「戦って相手を殺した後は罪悪感で身が裂かれるように痛い、戦わずに一人で暮らすと寝ても覚めても心身が焦がされるように辛い」

それでも彼女の手の隙間からとめどなく流れ出る涙。

「……殺し合っている……最中だけが、極楽のような時間なんだ。闘争心に溺れている時だけが。そんな自分が嫌いで嫌いでしょうがない。ボクは駄目な人間だ。認めたくない、こんな自分の姿なんて…………」

「ポポラ……」

手で顔を覆い、俯いて懺悔するように心中を吐露したポポラに俺はなにか言葉をかけようとした。
しかし、顔を上げた彼女のあまりにも悲痛な表情を見ると軽々しく何かを口にすることも躊躇われ、口を開けど言葉は出てこない。
……あと、さりげなく毎日殺人をしているという衝撃的告白に動揺するがこういう世界だ。割と普通のことなのだろう。きっと。多分。

「……ふふ、なんだってナワトお兄ちゃんがそんな顔してるのさ。大丈夫、ボクは大丈夫だ。慰めて欲しくてこんな話をしたんじゃないんだから。何も言わなくてもいい。何も言わなくてもボクを気遣ってくれているのがわかるしね……。やっぱ優しいなぁ、ナワトお兄ちゃんは。良い人だ」

複雑な表情をしている俺を見てか、ポポラが再度口を開く。
良い人過ぎて、余計に我慢しきれずに襲うのは辛かったけどねと、カラカラと明るく笑い飛ばすポポラ。気を遣ってのことだろうが、先程までの悲嘆が嘘のような表情に、思わず俺までつられて頬を緩める。

「こんな世界じゃ、どっちかっていうと隙あらば襲ってくるし、取れるならあるだけ強奪するような人の方が多いんだけどさ。ナワトお兄ちゃんは全然そんなことなかった」

勘違いして別の意味で襲う可能性があったのは墓まで持っていこうと思う。

「食べ物とか水とか、遠慮してたでしょ。あと着替えの時とか寝てる時とか、ボクが弱っている時とかも。それにボクが隙だらけで無防備な状況でも一向に手出ししてこなかったよね。というか、耐えてたよね。時折凄い表情で歯食いしばったり舌噛んだりしてたし」

「いや、そんなことは……」

ばれていた。邪な思考が過ぎりそうになるたびに自傷して自制していたことが思ったよりもばればれだった。これは恥ずい。

「手を出してくれても、よかったのに……」

プイと視線を地面に落としながら小声で、しかし俺に聞かせるように呟き膝を抱えるポポラ。庇護欲をそそる彼女の姿に、思わずどきっと鼓動をうつ俺の心臓。勘違い……だよな。そのはずだ。

「そうすれば我慢が限界に達する前に自衛の名目で迎撃できただろうから襲うにしても多少は気持ちが楽って言うか」

思った通り、勘違いだった。
間一髪でセーフ。危うく騙される所だったぜ。
くっ、男の純真な心を弄ぶなんて、とんだ悪女だ。……いや、俺が勝手に自分で騙されに行っているだけだが。
視線を夜空に向けて星を見る。夜空の星達は我関せずと綺麗に瞬いていた。努めてそれに意識を集中させる。うーん、大自然の雄大さは心を鎮めてくれますね。

「でも結局、ナワトお兄ちゃんはボクに手を出さなかった。逆にボクの方が我慢できず、自分だけの都合でナワトお兄ちゃんを襲っちゃった。ふふ、ダメダメだ。ボクは。ふふ、ふふふ」

「あー、だからそれは……」

「自分の中で決めてたのに、自分から人を襲わないって。自衛以外で人を殺さないって。戒めを守ると決めたあの日から、不必要な殺人は禁じていたにも関わらず、ボクは己に課したはずのルールを破ってしまった」

再度、自責の言葉を諫めようとして空からポポラに視線を向けた俺は、彼女の表情に固まった。

「自らに信頼を寄せる相手を裏切ってしまった」
「いけないことだ。悪いことだ」
「駄目なことだ。恥ずかしいことだ」
「情けないことだ。許されないことだ」
「なのに……――」

そこにあったのは喜色満面の笑み。
見たことが無い類の、満面の笑顔。ポポラは心底楽しそうな表情で、嘲笑するように笑っていた。言葉では自分を戒めつつ、表情は後悔の念に駆られる者のそれではない。

「――それなのに、ああ、どうして、何故――、こんなにも気持ちがいいのだろうね」

★★★

ナワト=アズグラードの心臓が先ほどとは別の意味で鼓動を飛ばす。遅すぎる危機感。

男の認識が現実に追いついたのは幾つかの出来事が同時に起こり、完膚なきまでに終了してからだった。
彼の脳みそは現状を必死に理解に落とし込もうとする。

一番初めにあったのは――衝撃。
次いで高速かつ断続的な破裂音。同時に鳴り響く破砕音。
気がつくとナワトは先程まで座っていた焚火の傍から吹き飛ばされて数メートルの位置に転がっていた。
視線の先ではポポラがカラカラと笑いながら彼を見据えている。
両者の間の地面に突き刺さっている白い棒……いや槍の柄は、見紛うことなく、先刻の戦闘でナワトによって半ばから折られ、空の果てまで蹴り飛ばされたはずのものだ。

毒槍レプティリア。

かすり傷一つついてない美しい長物が、ナワトの目前でひとりでに地面から抜け、宙に浮きあがる。
夜の闇に映える純白の柄、緑に透き通る鉱石の刃。
刃からは、赤い血が滴っていた。

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