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バトルショートショート      ――『苦痛の歓声』VS『蒼海の果実』――2

 目次 

「オラァ!」

「ぐっ!? しまっ───」

頭蓋を陥没させる裏拳がレノムに突き刺さり、彼女は脳漿を散らしながら勢いよくカッ飛ばされてる。

「ハハァ、脳への一撃はキツイよなあ。傷は回復しても、衝撃はなかなか抜け無えからなァ!」

痙攣しながら手を地面について立ち上がったレノムは、数歩歩いてすぐさま崩れ落ちる。
無防備なのは、明らかだ。
ルクスの口角が吊り上がった。

止めを刺すべく、彼女の元へ向かう。
心臓を潰しても脳を砕いても即死はしないが、長く脳へ酸素が行き届かねば無論死ぬ。

「楽しかったぜぇ。最後まで」

脳を攪拌するか、首を払ってそれで終わりだ。
殺し合いこそ自分達の本分であり、長く深く楽しめるならそれに越したことはないものの、手抜き手加減は彼女が望む所ではない。

「さようなら、我がご同類。冥土の土産に覚えて逝ってくれ」

「ルクス。お前をぶち殺した、俺の名前。そして、」

「『苦十快百』。お前が屈した俺の能力だ」

「お前を糧とし、俺は生きる」

血まみれで倒れているレノムの傍に立ち、踵をうなじに振り降ろす。

それは、『苦十快百』の影響下であっても絶死の一撃。


「……ああ、」


この瞬間が絶頂、命脈引き裂ける快感。

荒れ野に咲く花は美しく。
手折られる際にこそ精彩を放つ。

美しい、光景だった。


「これが、お前の能力か」

半透明の、水晶のような花。
淡く、透き通る色彩はまるで真水で作られているかのよう。

レノムの首を断つ寸前、彼女を覆うように虚空から唐突に咲き誇った透明の花々。ルクスが接触に気づいて飛び退くが……既に、それらは爆発的な速度で彼女の肉体を絡め取り、根を下ろしていた。

「……”お前”じゃなくて、レノムと呼びなさい。まあ、」

振り降ろした右足の踵から太ももまで、
無数の水晶が咲き溢れているが如き様相。その部分全ては、白熱する痛みの結晶に置き換えられたよう。抵抗するように力を込めても痛みは増すばかりだ。

「私は別に、覚えて欲しいとは思わないけれど」

痛みで視界が白く霞む。違う、今考えるべきはそこではない。
この寒気は、血液が沸騰するような焦燥は、戦慄は。
信じ難くも認めざるを得ない、決定的な勘違い。
致命的なまでに……読み間違えた。

「ぐあッッ!!?」

毟り取ろうという試みは、右手で掴んだ矢先、植物の根が皮膚を食い破り体内へ伸び上がる感触で断念。左の手刀で右手を手首から千切り落とす。これくらいならばすぐに再生するだろう。
しかし、右足に関してはそうもいかない。
既に胴まで根が這っているのだ。

(───死ぬ、死んでしまう、世界が、畜生)

右足に咲く水晶の花々が、ジワリと花弁を鮮血のような赤に染めて美しい。
同時、意識が遠くなる。血が、吸われている急激に。命を掬われる感覚。
届くかもしれない。否、そう、確信的に───届く。

(ダメだ、美しい、死ぬのか、なんて)

ルクスは直感で理解する。
この花は、植物は、自分の命に届きうる。

なんて、綺麗に、世界が輝いて──────ッ!!

急激な貧血と過剰な痛みで視界が白く明滅する。キラキラと霞み輝き、それでいて例えようもない程に色鮮やかな光景の中。伏していた地面からゆっくりと、淑やかな動作で起き上がる相手、レノムを見た。

「……最後だろうから、見せてあげるわ」

自らを覆う水晶の花達を丁寧にかき分け立ち上がる彼女の声が、姿が、これ以上ない程に鮮明に、脳内に焼き付いていく。

「死に場所としては、悪くない景色でしょ」


───Stream-World『蒼然水漠界』───
水中に浮かぶ樹木や花々が、超高速かつ超短期のスパンで繁栄と没落を繰り返す世界を具現化する。


───言葉と共に、世界が展開された。


★★★


拳を握り、歯を食いしばり、力の限りに戦い続けた。
自他の血も見慣れ、骨を折ることにも親しみ、命を奪うことはただの作業となって、思う。

「砂を噛むような、毎日よ」

ああ、虚しい。
感情が、鈍い。つまらない。

戦闘に余裕ができたわけではない。相変わらず死線ギリギリを綱渡りするような毎日。それでも、つまらない。だるい、気だるい生活だ。命の奪い合いのなんと面白みのないことか。

「私が勝っても」

人生の、なんと味気ないことか。

「たとえ負けても」

どうでもいいと思ってしまう。
殺し合うことに何の意味がある。死ぬことに意味はあるのか。死なないことに意味はあるのか。意味があるとして、それは自分になんの影響があるのか。わからない。

「どうせ無意味。勝敗に価値なし、優劣に意味なし」

勝ち続けても、どうせいつか負ける。
戦い続けても、どうせいつか倒れる。
生き続けても、どうせいつか死ぬ。

それでも私が生きて戦って勝ち続けるのは、単なる惰性だ。
それしか知らないし、別に不満もない。ただ、面倒くさい。

「とは言え、この能力……この”世界”は気に入っているわ。貴方の”法則”も悪くは無し。しかし、やはりこの光景には負けるでしょう?」

レノムを中心として具現化する新たな世界。
それは360度全方向、無限に押し広がっていく水球の形を取っていた。

地面が、天井が消え、空気も消え、
代わりに莫大な水量と、無数にひしめく特殊な水生植物を内包する世界。

水中は明るく、澄み渡って美しく。
そこかしこを浮遊するは、半透明の樹木と花々。
多種多様なそれらは目まぐるしい速度で成長し、花開き、種子を放っては枯れ朽ちて世界に還元されていく。

「……ああ、息を止める必要はないから窒息死は心配しなくていいわよ」

如何なる仕組か、空気中とは異なりつつも音声は明瞭に伝わっていく。

「それよりも先に、貴方は花の養分となって死ぬでしょうし」

しかし、ルクスにその声は聞こえていなかった。
痙攣する右足を庇うよう、堪えていた少女の構えが唐突に解ける。

「……あら、」

身体に力が、入っていない。
糸の切れた操り人形のように、全身の力が抜けている。

「思ったよりも早かったわね」

薄く開かれたその目に光は無い。
だらしなく開いた口からは透明な唾液が水中に混じり溶けていった。
力なく放り出された手足はもはや体重を支えられないが、水中にあるため身体の落下は緩やかだ。

水流に捕らわれ、緩やかに流されていく。

(……ああ、綺麗だ……)

全身が脱力したルクスの脳内では、鮮やかに焼き付いた最後の光景だけが繰り返し走馬灯のようにフラッシュバックしていた。

半透明に輝く水晶の花々に囲まれた、華やかな少女。

(死にかけの俺とは正反対に……)

ゆるりとなだらかで流麗な動作に、白く透き通るような肢体が。

(傷一つなく、瑞々しい姿が)

その容姿が、例えようもない程に。

美しかった。


【続く】


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