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天とアズ(仮) #004 「私よりは立派で 私よりは馬鹿みたいな」

 再会というものはいつだって唐突だ。
「あ、おはよう」
こやつはひとの不意を突かないと出てこられんのか。
 覚醒してすぐ、もはや顔見知りと言ってもいい例の男が私の机を陣取っている様を目の当たりにし、久々に調子の良さそうな体を動かす気力を失った。
 珍しくアラームの鳴動よりも早く自力で起きられて、おまけに気分爽快元気溌剌だったけれど、再び全体重をベッドに預けちゃおう。
「……」
 シンプルに苛立ちを覚えたので、返答に代えて清々しい目覚めを汚されたことに対する抗議の眼差しを送ってやった。
 しかし、昨日散々に塩を浴びせられた例の青年は、そんな私の不服など意に介さずパソコンの画面に視線を移している。
 私は私で未だに落ち着かない脈拍を労わるように、ゆっくりと深呼吸をし、部屋の主として本日の第一声を上げた。
「書いてあげる」
薄汚れた天井を眺めながら無気力に呟いたわりに、その声には自分も驚くくらい力が籠っていた。思いの外その場に居合わせていた人間の方が驚愕の度合いとしては大きかったみたいだけど。
「小説⁉」
「うん」
「いいの?」
「自分が何者なのか知りたいんでしょ?」
そのままの姿勢で視線だけを青年へと向ける。
 思いも寄らない提案に、青年は少年と見間違えるくらい無邪気な表情で素早く四、五回首を縦に振る。
「二度と私が驚くような登場の仕方をしないと約束できるなら、またいつでも来れば良い」
 私のような血統書つきのスロースターターには、目覚めと同時の”ビクッ”は心臓に過度な負担を与えるので、金輪際やらないということを約束して頂きたい。マジで。
 気力も回復して少しずつ体の方も起きてきたようなので、上体だけ起こして両手をあげて伸びをした。
「本当にありがとう」
 このサービス精神には私自身も驚いている。ただ、彼の課題を解決するには私が動くしかない。私が動く理由なんていつの日もシンプルかつ明快だ。
「どうしたしまして。あなた、名前は?」
「ごめん、覚えてない」
ややしゅんとして返事をする青年は、心なしか姿勢が正しくなっている。
「そう……」
普段の私なら朝っぱらから頭が痛くなりそうだけど、今朝は珍しく脳内がスッキリしていてよく冴える。
「じゃあ……てん」
「てん?」
「神の所へ御遣いに来たんなら、天使みたいなもんでしょ。だから『天』。天使の『天』」
「なるほどね! 短くて呼びやすいし、なかなかいい名前かも」
少しクサいセンスかと思ったけど、本人がそこまで喜んでくれるなら私も気分が良い。
「とは言え、やっぱり『神さま』っていう呼び方はどうにかしてほしい」
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
この流れならその質問は必然でしょう。だからこそ、こちらも一応の答えは用意してある。
「あー……アズ」
「アズ?」
自分で名乗ったくせに、実際声に出されるとやや照れ臭い。
 そんな心情は悟られまいと、クールを気取って話を続ける。
「高校の頃のニックネーム。イニシャルが『A・S』だから、アズ」
今となっては誰が言い出したのかは覚えていない。まさか再びこの名を口にするとは思ってもみなかったけど、短くて単純だから、使い勝手の良さだけは健在みたい。
「じゃあよろしくね、アズ」
天の言葉に私はまた自分の表情だけで応答してしまう。多分笑顔だったと思う。だってずっとにこやかな天が、もう一つ柔らかく笑ったから。
 安易なネーミングセンスも快く受け入れてくれる私だけの天使。随分と損な役割を任されたものだ。

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