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『元タバコ屋の店主』(エッセイ)

散歩がてらに、よく行く喫煙所がある。

そこは、以前はタバコ屋兼喫煙スペースとして営業していたが、今はタバコ屋を閉店して、喫煙スペースだけを残している。

そこの特徴は、タバコを吸う前に、必ず自動販売機で飲み物を買わなければならないというルールがある。つまり、無料喫煙所ではない。

もし、それを破ろうものなら、店主から温かい一言を、かけられることになる。

賛否両論はあるだろうが、このご時世、もはや吸えるところが少なくなって、肩身の狭い思いをしている喫煙者としては、自動販売機で使う100円ぐらいなら、「お気持ち代」として快く払うことができる。

喫煙者にとっては、本当に「神様」みたいな存在の店主だ。

しかし、その店主は、どうやら僕たち喫煙者のことを「邪魔者」だと思っているようだ。


ある日のこと。

僕は散歩がてら、その喫煙所へ行った。

その店主は、とにかくよく喋る人で、相手が喜んでいるか嫌がっているかに関係なく、喫煙所に来る人に声をかけている。

その日も誰かと喋っており、僕は何気ない感じで、2人の会話を聞いていた。

すると、店主から、驚きの発言を聞いてしまった。

「私はね、ここにタバコを吸いに来る人がいなくなるように、誰彼なしに話しかけてるんです。もちろん、話しかけて嫌な顔をする人もいます。だけど、そんなの関係ありません。周りの住人からも、『タバコの煙がクサい』という苦情がきてるんです。タバコなんて、吸わない方がいいに決まってますよ」

そんなに嫌なら、ここを閉めたらいいものの、店主にも生活があるのだろうと思いながら、あえて僕は、3本目のタバコに火をつけた。


商売人らしからぬ、店主の話だった。


〈終〉

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