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【短編小説】#2 そばの冷製お吸い物

冷やしそばをご存じだろうか?

昔よく食べた冷やしそばが懐かしくなってレシピを探してみるが、水で締めた蕎麦を浅い器に盛りつけて濃いつゆを麺が浸かる程度に注いだものがほとんどだ。つゆをかけることをぶっかけと称するものもあるが、それもやはり同じ作り方のものばかり。

私が食していた冷やしそばは職場の近くの立ち食いそば屋で夏期限定で提供されていたものだ。チェーン店の天ぷらそばの冷やしはつゆをぶっかけた冷たいそばにかき揚げを乗せたものだが、その立ち食いそば屋はそれとは提供方法が少々違う。

まず丼からして異なる。かけそばと同じ器を使い回しているのだ。次に麺。一般的には冷水で締めるのが普通だが、このお店では常温の水道水でもみあらいをするだけなので麵そのものはつゆの吸収が良い。そしてつゆ。かけそばと同じ出汁に冷やし用に濃度を調整したかえしを合わせて麦茶のタッパに入れて冷蔵庫で冷やしてあるのだ。

例えば一般的な冷やしたぬきそばは麺につゆをぶっかけて揚げ玉や刻んだキュウリやかまぼこなどが乗るが、ここの店では冷やしそばの上に揚げ玉とネギを乗せるだけといった具合だ。あたたかいつゆを冷たいつゆに置き換えるだけなので、当然ながらかき揚げそばやきつねそばも同じ要領となる。

私はこの店ではじめてたぬきそばの冷やし(冷やしたぬきそばではない)を食したときに衝撃を受けた。冷やしたぬきそばは麺を濃いつゆに絡めながら食べ進め、残ったつゆに蕎麦湯を注いで楽しむことができるが、たぬきそばの冷やしはかけそばと同じようにつゆをすすりながら麺を手繰るのである。

この感覚に慣れる頃にはつゆはほとんど残っていなかったのだが、冷たいつゆを飲むことで火照った体を冷やす効果を狙った仕掛けに気づいたのは店を出た後だった。朝の営業で立ち寄ったときに見かけたのは大きな寸胴に大量の昆布を沈めてとった出汁。それをごくごくと飲み干せるくらいの塩分濃度に調整することで、さしづめそばのお吸い物のような具合となるのだ。なので初めて食べたときはつゆが薄いと感じたのだが、何度か食べるとこれがまんまとクセになってしまった。

お店は家族経営でおじいちゃん、おばあちゃん、息子二人で交代制で回していた。季節が四分の一ほど進んだある日、弟さんをお店で見かけなくなりシャッターには都合で休みますという張り紙があった。数日後に店が開いているのを確認してあたたかい天ぷらそばを頼んだが、そこでパートのおばちゃんに聞いたのが訃報だった。

それから何年も立ち食いそば屋に通い続けたが、やがておじいちゃんが、そして次におばあちゃんがお店に立たなくなった。そして最後にひとり残ったお兄さんは立ち退きの条件を飲んでお店を閉めることになった。400円を出せばお釣りがくるそばなので労働者の味の範囲ではあったけど、あの時みた寸胴で昆布を煮出している光景こそがお店が長く続いた最大の理由だったのかもしれない。

店舗は取り壊しでなくなってしまったし、誰かが他でお店を継いでいるという話も聞かなかった。おいしいお店はたくさんあるけど、私の青春時代とぎりぎり呼べる頃に覚えたあの昆布だしの味をときどき思い出すことがある。あの家族はどういう思いで立ち食いそば屋を営んでいたのだろうか。いつか店を閉めるという事を誰から言い出すでもなくおのおので思いを秘めていたのだろうか。

商売とはそういうものだ。しかし店はあの頃に毎日のように顔を揃えていた客の舌に味をしっかりと残してくれた。飲食を提供するということは、営業が終わっても長らくその余韻を与えつづける仕事でもあるのだ。だし文化は奈良時代が発祥と言われている。あの立ち食いそば屋は歴史の中に浮かんで消えてしまったのではなく、歴史の通過点として次の世代へ文化をつないでくれたのだと思いたい。

今年の夏はだしを冷やして、そばと一緒に丼いっぱいを飲み干そう。

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