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私を変えた旅先の出会い

社会人になってはじめてのひとり旅は、ベトナムのハノイだった。

物心ついた頃から、私は旅と共に生きてきた。
家族は休暇の度に、車や飛行機に私を詰め込んだ。
当時は旅に出る事に、あまり感情を感じなくて、それこそ荷物のように運ばれていた。
それでも、もうずいぶん昔の子供の頃の記憶なのに、旅先で見つけた記憶は今でも鮮明に覚えている。
私の頭ぐらいあるシャコガイとか、父親のポケットに入っていたお砂糖を盗んでいったリスザルの鳴き声とか、赤の他人の結婚式でなぜか新郎新婦の真ん中で映った写真撮影とか、一人でツアーに預けられたときにはじめて話しかけてくれた女の子の顔とか…今でもぱっと映像が思い出せるのだから不思議だ。

そんな子供時代を過ごしたものだから、私が旅好きにならないわけはなかった。

高校は、ニューヨークが修学旅行先であることが決め手で選んだ。
専門学校も、イタリアに行けるとわかって願書を出した。

24歳まで旅するためにフリーターを貫いたけど、25歳で旅と同じぐらいスキなクリエイティブを仕事にするためにはじめて会社員になった。

会社員だった5年間は、今となってはいい思い出だけど、また戻るかと言われたらきっと間髪入れずに「結構です。」と言うだろう。

旅人は自由気ままだ。何かに縛られたり、囚われたりしては生きていけない。例にもれず、私も旅人のひとりだ。

場所や時間に縛られ、心の自由を囚われながら、心身ともに健康でいる事はできなかった。

それでも会社員は5年間続けた。
なぜかって、会社員としてする旅がなかなか楽しかったから。

会社員になって2年がたったころ、連日9時から24時まで働いて、有給を取る事も引け目に感じていた私は、旅に出れないストレスから鬱状態だった。
高校3年間無遅刻無欠席で健康が一番の取柄だった私が、朝起きられなくなってしまたり、毎月熱が出て動けなくなった。

それまでもれなく毎シーズンのようにどこかに旅をしていた私が、2年間も旅と言う旅をできなかったのだから、当たり前の症状と言えばそうかもしれない。
要するに、もう限界だったのだ。

だから、思い切って2日間の有給を取った。

久しぶりに行く羽田空港は、明るくてキラキラしてて、眩しすぎた。だからだと思う。目頭が熱くなった。

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搭乗口では、私がこれから乗る飛行機がこちらを見ている。搭乗時間が近づくと、忙しく空港の職員さんが動き出す。
その景色一つ一つが、当時の私にとって映画のワンシーンみたいに胸を打った。

飛行機から見える景色は、曇り空。
だけど雲の絨毯を滑っているみたいで気持ちよかった。

だんだんと雲が晴れていって、ハノイのノイバイ空港につくときには青空が見えた。まるでハノイが私を歓迎してくれているように思えて口角が緩む。

空港を出れば、強引なタクシー運転手が私の後ろをついてくる。うっとうしいこの感覚も、なんだかうれしくなってしまう。

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バスに乗り込めば、まったくわからない言葉が目と耳を支配する。不安が顔からあふれていたのか、バスのスタッフのお姉さんがどこで降りたいのか聞いてくれた。

方向音痴の私は、旅先では度々現地の人に助けられる。
ハノイでもどこかしこで人から道を教えてもらった。

地元の人が使う路線バスに乗り込んだ時も、右も左もわからずおどおどしていた私に、隣に座ったお兄さんが行き先を聞いてくれた。
お兄さんは私より先に降りるらしく、近くにいた人に私の行き先を伝えて教えてくれるよう促してくれた。

海外では、日本のように愛想笑いをあまり見ない。レストランでも、コンビニでも、スタッフはニコリとも笑わない。物足りなさを感じる事があるけど、冷たいわけではない。
現に、海外では道を聞けば丁寧に教えてくれるし、スーツーケースを持っていれば手伝おうかと声をかけてくれる。
今だってこうして、見ず知らずの旅人を目的地に届けるために、何人もの人が言葉を交わしている。
困っている人がいれば助ける。そんな当たり前の事が、日本にいる時私はどれだけできているだろう。
愛想笑いでごまかして、面倒にかかわらないようにする事だって多い。
旅をしていると、こうした日常の愛おしさを感じられる。

働き方ひとつにしてもそうだ。
ベトナムでは、バスは運転手とチケットを管理するスタッフの2人がいる事が多かった。仕事中にも関わらず、2人は楽しくおしゃべりしているし、チケットを管理しているスタッフは、バスの地べたに座り込んでいる。

もし日本であったら、「仕事中になんて態度なんだ!」と、乗客からどやされそうなものだけど、ベトナムの乗客はだれも気にしない。
むしろおしゃべりに混ざって楽しそうに過ごしていた。
誰がどうであろうとかまわない。自分の人生を楽しんで生きる。私にはそんな風に見えた。

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カンボジアに行ったときには、平日の昼間にも関わらず、ハンモックで気持ちよさそうに寝ている人を多く見た。
イタリアでは、「12時から15時までお昼休憩です。」という張り紙を貼っているお店があった。
ドイツでは、お客さんが長蛇の列を作っているのに、窓口の半分しか開けずスタッフ同士が楽しそうにおしゃべりをしているチケットカウンターもあった。

誰も文句を言わない、それどころか気にも留めない。
みんなそれぞれ、自分の時間を楽しんでいる。周りの人や環境になんて、1ミリも影響されない。
何にも縛られず、囚われず、自由である。自分の人生をそれぞれが生きている感じが、たまらなく美しく見える。私が旅を止められない理由だ。

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日本の、特に都心にいると、どうしても型にはまらなくてはいけない事が多い。
それが悪いわけではない。どういう生き方、働き方が心地よいかは人それぞれだ。
だからこそ、自分で選んで、決めなければいけない。
何が自分にとって一番心地よいのか、探さないといけない。
旅先には、そのヒントがあふれている。

私を変えた旅先の出会い。
それは、旅そのもの。

旅の中で出会うすべてが、私を変えた出会いだ。

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