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息子に選択を任せるワケ

インドネシアの鈴木です。

最近、インドネシア人家族から「なぜあなたたち夫婦は子どもにそれほど選択肢を与えるのか?」と聞かれることが重なりました。
確かに、幼児の時の「着る服は何にする?」に始まり(その当時、息子が選ぶのは決まってピンク!)、10歳になった今は、通う学校も息子が選ぶようになりました。
選ぶとは言っても、学校に関しては学費、通学時間等、大人の事情もあるので、多様性(日系、シンガポール系、華僑系、インドネシア系、ニュージーランド系)をもたせた上で5校に絞り、あとは息子が自分で見学に行って決めた次第ですが。

彼らが私たちに対して、「子どもに必要以上に選択を委ねているのでは?」と感じていたことは私にとって新鮮な驚きで、改めて「なぜ息子に選択させているのか」について考えるきっかけとなりました。
今回の日記ではその「なぜ?」について私なりにひも解いてみたいと思います。

まず始めに思いつくのが、息子の個性。
彼は言葉を話し始めるよりももっと前、それこそ赤ちゃんの時から、「〇〇くん、〇〇しようね」とどんなに優しく言っても、「はーい!」と素直に聞く子どもではありませんでした。
子どもなんてそんなもの、と思っていた私は、ママ友の家に遊びに行った際、友人がお嬢さんに「外から帰ってきたから手洗いしようね!」と声をかけたときの、その反応に耳を疑いました。我が家ではかつて聞いたことのない、「はーい!」という返事と共に、彼女は洗面所へと駆けていったのです。
その一方、我が子は、のらりくらりと私の「手を洗いに行こー!」をかわしながら、自分のペースに引き込み、洗面所までの道すがらあれで遊び、これで遊び、お喋りが止まらず、そのうち手洗いのことなど忘れているといった具合です。

ジジからも、「おまえはあまのじゃくだからなぁ。ジジがこうしたら? って言うと、必ず反対のことをするんだよな。ジジはわかってるんだぞー!!」なんて言われる始末。
ゆえに、「彼に選択させる」、自分のやることは自分で決めさせるしか、彼を動かす方法が思いつかなかった、というのが理由のひとつです。

次に思い当たるのが、息子の成長とともに、彼の中に「この素質は私の中にはない! すごいなー!!」と思う美点が見えてきたことです。
例えば、彼は、場所や人に対して物怖じしない。あくまでもマイペース。
相手が大人であれ子どもであれ、肌の色、髪の色、話す言葉に関係なく、自分がそうしたければ相手の懐に飛び込み、友達になる。それもあくまでも自然に。
親に突然連れていかれた大人ばかりの会食でも、自分の興味関心のあるお喋りをしながら、いつの間にか周囲を巻き込んでいる。そういうことが得意ではない私は彼の隣で、「場を作ってくれて、ありがとうー!!」と心の中で拝むばかり。
様々な国で、様々な人の中で育ってきたという環境的要因があるにせよ、私が同じ環境にいても彼のようにはいかない気がします。

そして、これら彼の美点は決して私が育てたものでなない、というところが親としては衝撃的なところ。
私が一生懸命教えている漢字や算数はカメの歩みでしか進まないのに対し、放っておいても彼は彼の素晴らしい個性や資質を自分ですくすくと育んでいるのです。
そんな彼の成長を見ていたら、もう彼は私の範疇にはないんだなと思うと同時に、私の範疇なんかで収めてしまってはもったいない、「日常生活における選択に限らず、彼の人生における選択も彼に任せてみよう」と思うようになりました。

最後に、私が「もう彼の選択に任せて大丈夫!」と思えるようになった要因には、自分にとって必要なものを自分で取捨選択する息子の目が育ってきたことにあります。

例えば、物欲のない息子が初めて自分から欲しい! と言い、七夕様にお願いし(7月)、サンタクロースにもお願いし(12月)、お誕生日(次の8月)にやっと買ってもらったマインクラフト(ゲーム)。
彼は、マインクラフトで自由自在に動いたり、自分の思い描く世界を創るために、YouTube動画や本でテクニックを仕入れてはノートにメモし、パパの本棚から建築や空間デザインの本を取り出しては付箋をつけて熟読し、参考にしたいマインクラフト上級者の建築物をネットで検索してはスクリーンショットしてためておく。

限られたスクリーンタイムを最大限有効活用するために、夜には思いついた設計図アイディアをノートに書き留め、それを作るのが楽しみすぎて朝は目覚まし不要の5時起き。
そんな彼の見るYouTube動画や本の内容を横からちらっと覗いていると、時を追うごとに玉石混合の情報の中から、今自分が必要とする情報を的確に選び、実践に結びつけることが出来るようになってきているのです。

以前は、2次元の円を作るのも一苦労。円の中心から円周までの距離(半径)は全て等しいということを知らないために、本人は本のインストラクション通りにやったつもりでも円にならずに癇癪を起こす、キーボードや机、親に八つ当たりなんてこともしばしば。
私も「なんで自分が出来ないことを人やモノにあたるの!!」と彼に対して本気で腹を立て、火に油を注いでいました。

でも、今では彼は3次元の球体だって一瞬にして作ってしまう。
そこに至るまでには、膨大な量のマインクラフト本やYouTube動画を見て、どの情報は信用できるのか、できないのか、思う存分のトライ&エラーを繰り返していたのだと思います。
シンプルな円をひとつ作るのに数か月も試行錯誤できるなんて、好きだからこそ。マインクラフト一途にかれこれ3年、好きをとことん探求することで育ってきたものがあるのかな、と思います。

この間、私も変化しました。私も多くのトライ&エラーの末に、八つ当たりされても「そーら! きたきた。ヨシヨシ」と彼が落ち着くまでハグできるようになり、すると彼も必要以上にヒートアップしなくなりました。
まだまだ手放しではなく、そっと後ろから見ていて、呼ばれたときには出ていく、ぐらいのサポートは必要だけれど、彼は自分にとっての最適を自分で選び取ることができるように成長してきている。そんな安心感が、彼に選択を任せる、その内容が時を追ってレベルアップしていることに繋がっています。
そして、上手くいかなかった時には、「ママー、ねぇ、こんなことがあったんだよ」と甘えてくる息子に、「シメシメ。それが君の糧になるんだよ」と思いながら彼の話を聴いている近頃の私です。

2024年5月27日
インドネシア/鈴木真理恵 
NPO法人ハートフルコミュニケーション認定ハートフルコーチ 

https://www.heartful-com.org/




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