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想像と想像と想像 #30

「空気を読む」

『笑ってはいけない場面。
笑わなくてはいけない場面。
とりあえず褒めなきゃいけない場面。
聞き役に徹しなければいけない場面。

この世の中、特に日本では「空気を読む」ことが非常に重視されています。

「空気を読める」ことによるメリットは計り知れないものがあります。
1番大きなメリットとして、人間関係を円滑にできることが挙げられますね。
上司に気に入られたり、友達の幅を広げることができたり、異性とコミュニケーションを取りやすくなったりと、人間関係でのメリットは数え上げることができないほどなんです。

私が特に重要であると考える部分として、
「その空気感にあった話のネタを選択し、話の主導権を握りやすくできること」
があります。
これは、誰も自分から話をしないようなコミュニティに属する場合に非常に有効で、そのコミュニティに属する他の人たちの本音を引き出すことも可能になるのです。
その結果、つまらないかに思われたコミュニティを楽しむことができるようになるだけでなく、一定の信頼を得ることができるんですよ。

これだけ見てみると、誰かと関わらなければ生きていけないこの世の中を楽しむための必須アイテムとして、「空気を読む」能力が際立ってきますね。

ただ、私はこの場をお借りして言いたいことがあります。
「空気を読む」ことは、非常に空虚でバカらしいことであるのだと。

たしかに、「空気を読む」ことで得られる人間関係は円滑で理想的なものに見えるかもしれません。
ただし、それは人間関係の概形を見ればの話であって、その人間関係の中の自分という一個人にスポットライトを当ててみると、アイデンティティのかけらもない「空っぽへらへら人間」が出来上がっているだけなのです。

先ほど述べた話の弾みにくいコミュニティで「空気を読む」ことによる弊害は、自分が道化師のようなおちゃらけ人間に成り下がっているだけですみます。
なぜなら他の人は、人見知りを解消してある程度素の自分を出せるようになるから。

ただし、上司や先輩など、人間関係に上下がある場合は大きく異なってきます。
自分が自分でなくなるのはもちろんのこと、「空気を読まれている」相手側も、読まれていることに対して申し訳なく思って萎縮したり、読まれていることにつけ上がって態度を増長させるといった、2種類の人間に分類されます。
この2種類はどちらも、自分自身ではないものです。

空気を読んで人に好かれたい。
でも自分自身にも軸を持っていたい。
そんな欲張りなあなたに耳寄りな解決策をお持ちしました。

その名も名付けて、
「本当の自分を好きになってもらおう大作戦」

どうです?
マルチなんかよりよっぽどうさんくさいと思ったでしょ?

ただ、これは人によっては難易度に差があるものの、一つのことだけを実行すれば本当に簡単に解決するものなんです。
それは、
「自分のやりたいこととやりたくないことをその場ではっきりさせ続けること」
だけなんですよ実は。

やりたいことには参加する。
やりたくないことは断ってしまう。

これが、「空気を読む」ことと自分の軸を持つことを両立するための秘訣なんです。

じゃあ、断った時に嫌われてしまったらどうすればいいかって?

そんなやつこっちから願い下げのスタンスでいけばいいんです。
自分の軸を持って相手と関わろうとすれば、きっとあなたの軸が大好きだったり、性に合ってたりする人が見つかって、無理せずに関わることのできる人たちが集まってくるから。
だから、自分の軸を押し付けて露骨に避けてくる人は、自分にとってそれまでの人だと思えばいいんですよ。

もし、あなたの周りが全て、あなたのことを嫌いだと言ったとしましょう。
それでも私は、私たちはあなたのことが大好きなのです。
そんな、他者が遠ざかってしまほどの軸を持って生きていらっしゃるあなたが大好きなのです。』

僕は、この「空気」が大好きである。
そしてまた、この「空気」を共有する人がいるという事実もまた非常に心地が良い。
教祖と信者たちの寺院。
こここそが僕の居場所なのだ。
教祖と信者たちは、僕にこのことを諭してくれた。
あんなに「空気を読む」ことに辟易していた僕であったが、ここは「空気を読んで」入信することを決めた。


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