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新たな行動計画を考える:第3回新型インフルエンザ等対策推進会議

本日第3回目が開催されました。

本日は保健・医療関係者からのヒアリングがあり、私からも報告させていただきました。まず、
・以前の政府行動計画・ガイドラインが今回なぜ紐解かれなかったのか?
を振り返り、
・新・政府行動計画に望む8つの視点
をお話しさせていただきました。
資料はこちら


政府行動計画・ガイドラインはなぜ紐解かれなかったか

今回、行動計画を見直すにあたって、以前の会議録や資料を振り返ってみたのですが、日本の新型インフルエンザ対策について、COVID-19以前に数多の議論を経て積み上げられてきたことを再度実感しました。行動計画も改めて読み直してみましたが、非常に網羅的にやるべきこと、考えるべきことは書かれていました。先人たちが教訓や考慮すべきことを後世に残そうという強い想いを感じる文書です。ガイドラインも非常に緻密に書き込まれていました。その中で、次にどのような感染性や病原性を有する病原体による感染症が発生しても柔軟に対応できる計画を作ろうとしてきました。
しかしながら、今回のCOVID-19対応で、政府行動計画やガイドラインを発生時に紐解いた方はほとんどおられなかったと思います。なぜ政府行動計画は紐解かれなかったのか。次のパンデミックで役立つための文書をつくるにはどうしたらよいのか。今一度、事前準備の考え方やプロセス、方向性について、今後どうあるべきなのかをこの機会によく検討する必要があります。

政府行動計画・ガイドラインはなぜ紐解かれなかったのか?
第3回新型インフルエンザ等対策推進会議(2023.10.16) 資料7

過去の事例の過学習

政府行動計画について、振り返ってみて考える一番の問題は、ほぼ新型インフルエンザを想定した対策であったこと、であります。さらに、過去の事例の「過学習 (over fitting)」という状況に陥っていたことです。2009年のH1N1、鳥インフルエンザH5N1、H7N9といった事例を訓練や演習で繰り返していた結果、「早期に性質やリスクを見極められること、そして、リスクが比較的早期に受容されることを前提としていた」と考えます。
ただ、実際に現れたのは、未知の新型コロナウイルス、感染性や感染様式、疾患スペクトラム等について知見がないためリスクの見極めに時間を要しました。そして、ワクチンや薬も無い中で、医療体制を上回る感染爆発のリスクに長期間晒される、という経過をたどりました。そのため、計画に書かれていたことの多くが実際の対応に合わない状況が生まれたと考えられます。

読んでも頭に入ってこない行動計画

さらに言えば、新型コロナ以前、行動計画は、行政の担当者以外にはほとんど読まれず、認識されていなかったと思います。実際、私が自治体などに演習のアドバイザーとして出向いても、中に目を通している人は僅かでした。シナリオに基づいて演習をして、演習後のブリーフィングでは、

1. 計画を事前に読んでおくこと
2. 計画を事前に読んでおくこと
3. 計画を事前に読んでおくこと

危機管理訓練後の3つの教訓(齋藤)

と言ってきました。でも、開いても読みにくくて全然頭に入ってこない文書で、演習を通じて開いてみて、ああこんなことが書いてあったのか、と気づくのがやっとでした。正直、有事に読まれることを前提としていなかったと思います。

新・政府行動計画に望む8つの視点

政府行動計画を改定するにあたって考慮していただきたい8つの視点を示しました。

新・政府行動計画に望む8つの視点
第3回新型インフルエンザ等対策推進会議(2023.10.16) 資料7

1. リスクランドスケープの精査

リスクランドスケープとは、より俯瞰的に、そして未来指向で、今後どのようなパンデミックのリスクがありうるかという全体展望を意味します。パンデミックを起こすのは新型インフルエンザだけではない。これは今回よくよく分かったことです。そして、先ほども申し上げた通り、過去の事例の過学習に陥らない、ということです。特に今回経験したCOVID-19のシナリオに引きずられないよう特に注意が必要です。
具体的な改善案としては、基本的な構成として、3層構造をイメージしていただき、オールハザード対応に重要な部分その上に、呼吸器系感染症を起こす病原体群を想定した計画とした上で、インフルエンザウイルスやコロナウイルスといった個別病原体に関する対応計画を上乗せするような計画とすることが考えられます。

2. 平時でも有事でも読んでもらえる行動計画

COVID-19以前にある自治体(佐賀県)では、長々とした文書はやめてシンプルにパワポだけにまとめる、という工夫をされていました。どんなに備えていても、備えていることをみんなが知らなければ、備えていないと同じことです。書き方の工夫もあればデザイン的な工夫もあるでしょう。

3. 予防・事前準備計画と対応計画で構成

現在未発生期から小康期のフェーズで行動計画が記載されているところですが、「予防と事前準備」と「対応」と大きく構成を分けても良いのではないかと思います。前回議論された初動対処要領は、その隙間を埋めるものになるかと思います。第1回に、事前準備のための計画と対応のための計画がどっちつかずでどちらも不十分であったのではないか、と申し上げました通り、事前準備として対応のために何を中長期的に行うのか、ということを明示的に記載できるようになるのではないかと思います。また、この事前準備計画は、inter-pandemic期に行うことになりますが、その時期に、パンデミックの予防、という活動がやや抜け落ちているように思います。動物由来感染症など、パンデミックを引き起こすリスク要因に対する予防活動、早期検知の活動として含まれるべきものと考えています。

4. 次のパンデミックであるべき姿を明確に

正直申し上げて、現行の行動計画は、「やれる範囲で頑張りましょう」というスタンスです。しかし、我々は確実にステップアップしなければならないことを認識したはずです。次のパンデミックに対峙した時に、この対応のフェーズで、どのように振る舞いたいのか?なるべくパンデミックを起こさせない、速やかに封じ込めたい、発生してしまっても新たな病原体や感染症の性質をすぐに明らかにしたい、流行動態をリアルタイムで把握してピンポイントに対策を取りたい、行動制限は最小限にしたい、医薬品・ワクチンを速やかに供給できる体制にしたい、、、こういったビジョンを具体的に共有して、そのためには何を今からしておかなければいけないかを逆算して事前準備の計画を立てる必要があります。

5. 「情報提供と共有」から「コミュニケーション計画」へ

 以前のパンデミックからも再三リスクコミュニケーションの重要性が叫ばれてきましたが、具体的な取組みに乏しい状況が続いてきました。特に「情報提供と共有」という、シンプルな言葉がよく出てきますが、単に政府は情報を出せば良い、という時代ではなくなっています。今回のパンデミックでは確かな情報も不確かな情報が氾濫するインフォデミックという大きな問題がありました。特に危機においては、危機のフェーズに応じて情報の内容や発信方法を工夫しながら計画的にコミュニケーションを行う戦略的な視点が必要になります。
さらに、感染対策は、市民の対策への協力が大きな鍵を握ります。いわゆるコミュニティエンゲージメントという取組みです。実はこういった取り組みは、危機の時に限らず、日々の感染症予防活動の中にその機会があります。パンデミックに備えて、平時の感染症予防活動に学ぶ姿勢が織り込まれている必要があります。

6. データ取得計画の策定

より市民の行動制限を少なくし、効果的な対策を行うためには、病原体・疾病の性質、感染動態の解明、そして発生状況の把握とリスク評価が迅速に行われることが重要です。さらには、公衆衛生・社会対策の効果 (Public Health and Social Measures: かつてSocial distancingのちにPhysical distancingと呼ばれた一連の対策)のモニタリングと評価ができなければいけません。これらは平時からデータを取るメカニズムを構築しておく必要があり、計画の中に明示的に織り込まれる必要があります。

7. 事前準備と初動対処の資金計画

事前準備は中長期的に取り組む必要があります。それを支える資金的なコミットメントが重要です。そして、初動を円滑にするためには、緊急的な資金の発動メカニズムが円滑に運用されなければいけません。支出のゴーサインが出るプロセスが遅れると、現場が動けず、どんどん初動が遅れていきます。資金確保が初動の足枷にならないようにお願いいたします。

8. 脆弱な人々を守る

パンデミックは、生活環境の良くない環境に置かれた方々、生活基盤の脆弱な方々により大きな影響を与えます。しばしばそのような方々は感染対策を徹底することが難しい環境であることもあります。そのような方々を支えるメカニズムが、パンデミックの社会全体への影響をできるだけ緩和するためにも、対策を効果的に行う上でも、不可欠です。

One more thing…

8つの視点にしようか9つの視点にしようか実は迷ったのですか、もう1点「グローバルな視点」を追加しても良かったかな、と思います。パンデミック対策は一国の問題ではありません。No one is safe, until everyone is safe. グローバルに取り組む課題であり、日本がどのように貢献できるか、という視点も織り込む必要があります。
また、世界各国でパンデミック対策の見直しの真っ最中です。日本が今回のパンデミックに何を学んだか、世界の潮流をリードする内容となることを期待するものであります。