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奈良クラブを100倍楽しむ方法#013 第14節対FC岐阜 ”Get Me Away From Here, I’m Dying"

 物事がうまくいかないときというのは、往々にして人間は2パターンの行動をとる。簡単に言うと、これまでしてきたことAを強化したA’という行動をとるか、Aとは全く違うBという行動をとるかである。国民性などもあるが、日本ではA’を採用して自滅するパターンをよく見る。もともと、Aでうまくいっていた時期があれば尚更Aをやめることはできない。Aでうまく行っていた時期にAに割いたリソースを回収しきっていないと考えるときは、なおさらそれに固執しA'、あるいはA’’という行動パターンに終始し自滅していく。日本史、世界史、こうした例は枚挙に遑がない。本人たちにとっては無自覚なのだが、あとから俯瞰してみた場合、Aでうまく行っていたときの成功要因が、うまくいかないときの失敗要因として逆に作用することは、歴史において何度も反復されてきた現象だ。逆に、成功を収める場合は、AをきっぱりとやめてBにフルベットできたときである。ただし、これは失敗と記録されずに消えていくこともあるので、たまたまBというプランが成功した場合にのみ歴史に名を残す。なにせ、何かを変えようとする(あるいは、しないという)選択のは自分(達)次第ということなのだ。

 Bell&Sebastianというスコットランドのロックバンドの書いた「Get Me Away From Here, I’m Dying」という曲は、「現状を変えるのは自分たちだ」という意思表示と、「現状を誰か変えてくれ」という懇願ともいうべき悲痛な叫びが同居する、言うなれば厨二病の真骨頂のような曲だ。「ここから僕を連れ出してくれ!死にそうなんだ!」と叫んでみたかと思うと、「そんな曲はもう誰も書かなくなったね」とやけにシニカルに返答する。空元気で虚勢を張っているようにも聞こえるし、本気で世の中を変えてやろうという野心も見える、なんともつかみどころのない一曲である。そして、この「なんともつかみどころがないが、名曲であることには変わりがない」という絶妙なところを見せたのが、FC岐阜を相手に勝利を収めた奈良クラブだった。


サイドバック堀内とはなんだったのか

 まずはスターティングメンバーから掴みどころがなかった。

 累積警告で出場停止の右サイドバック生駒選手に代わって誰が先発するのか。大方の予想では都並選手だったのではないだろうか。しかし実際はそうではなく、堀内選手が名前を連ねた。堀内の主戦場は4−1−2−3の1のところであり、奈良クラブのパス回しの中心である。中盤に目をやると神垣選手と中島選手が併用されている。神垣選手が右サイドに回るのは先日の天皇杯でもみられた起用なので、おそらく事実上の右サイドバックは神垣選手なのだろうという予想だった。
 キックオフのとき、右サイドバックの位置にいたのは、堀内選手だった。そしてこの試合、堀内選手は基本的に右サイドバックの位置でプレーする。結局、いろいろ考えを巡らせたが、このメンバー表はかなり正直に配置を表記していたのだった。良くも悪くも、フリアンは正直で誠実な人なのだ。
 ただし、堀内選手の右サイドバックの起用は、一般的な意味での右サイドバックではなかった。いわゆる「偽のサイドバック」に近い起用だったように思う。ピッチの中での立ち位置も、一番外側のレーンではなく、一つ中側のレーンに立っていることが多かった。そこまで強烈な上下運動やスプリントをしていたわけでもない。また、動画で確認をしたが、守備の時に思いっきり体を張って貢献していた、ということでもない。「偽のサイドバック」というほど、中に絞ってくるプレーもあるわけではなかった。言うなれば「右サイドあたりにいる人」というのが最も適切な表現だと思う。守備はセンターバックの二人に神垣選手や中島選手がヘルプに入るので、中まで絞って3バックを組むという感じでもなかった。では彼に与えられたタスクとはなんだったのか?
 ひとつは嫁阪選手のサポートである。非保持のときに4−4−2の陣形から保持の4−1−2−3に変形する時、嫁阪選手はポジションをひとつ前に上げる。その空いたスペースを埋めるために堀内選手が前に出る。もとよりスペースを見つけるのが上手い堀内選手だ。また、彼はボールに触らなくても試合に関与できる。全体を俯瞰して、最適な場所に自身を置くことで、全体のバランスを生み出すことのできる稀有な才能の持ち主だ。堀内選手がなんとなく中島選手の横に顔を出して(嫁阪)ー(堀内)ー(もう一人)という三角形を形成する。縦方向性の指向が強い奈良クラブの左サイドとは違い、右サイドはボールをキープして時間をつくることが役割だ。そのためには都並選手や神垣選手ではなく、堀内選手のインテリジェンスを採用したということなのだろう。
 もうひとつは神垣選手のサポートである。この試合まで、神垣選手がアンカーに入った時、パスの出しどころを探すシーンが多かった。そこでボールが停滞し、バックラインに下げたり、あるいは苦し紛れに蹴った縦パスがカットされたりということが多々あった。が、今日は右サイドにフリーの堀内選手がいる。しかも、神垣選手は右足の半身でボールを受けた瞬間に堀内選手が目に入るという「至れり尽くせり」な環境が提供されたのだ。特に前半、神垣選手は「とりあえず堀内選手に出しておく」を何度も繰り返すことで、奈良クラブのペースを握ることに成功する。神垣選手は、堀内選手の通り名である「一家に一台」という言葉の意味を深く理解したことだろう。つまるところ、彼を起点に前の三角形、後ろの三角形が形成されることで、全体のバランスが生み出されたということになる。得点シーンには直接これは関与しなかったが、前半の中盤以降、奈良クラブが主導権を握った要因がここにある。
 同点打に至る前、中島選手から國武選手への速いパスが刺さるのだが、この時に中島選手の前には誰もディフェンスがいない。相手フォワードに二人、とくに左側の選手はふらふらと張り出す堀内が気になり、間を開けてしまう。ここを見逃さずに中島選手が楔を差し込み、クリアされかかったとこをもう一度下川選手にボールが渡ることでラストパスに繋がっている。また、ゴールを決める田村選手がゴール前まで安心して位置取ることができるのは、後ろでスペースを埋めている堀内選手の存在感である。この時、奈良クラブのゴール前には最終的に5人が侵入しているが、これだけゴール前に人数をかけることができたのも、「なんとなく右サイドにいる人」が全体のバランスを考えてくれているからだ。
 冒頭の話でいくと、奈良クラブは生駒選手の欠場という危機に対して、考え方はAと踏襲したまま、方法はプランBを採用した。結果としては試合は勝利できたので、これは成功である。なかなか勇気のある選択だったと思う。これはフロント陣の決断力に脱帽せざるを得ない。
 ちなみに、試合終盤の本当に右サイドバックとしてプレーしなければならない時間帯の堀内選手はやはり少し苦しそうだった。コンディションにもよるが、今後こうした戦術を採用するならば、サブに吉村選手を置いておくことで安心感が増すはずだ。

左サイドの攻防、岡田の咆哮

 では、左サイドはどうだったのか。堀内選手の絶妙のポジショニングのおかげでバランスが保たれたことで、中盤の人数がいつもよりも一人多い状態となった奈良クラブは、思い切って下川選手を一番外側のレーンに張り出させることができるようになる。今日はその中側に岡田選手が位置取ることが多かった。今日はコンディションが抜群に良かった國武選手が、前節のゴールから一層ゴールやシュートを意識するプレーを始めたことで、岡田選手はペナルティエリアの角あたりから攻撃を組み立てる、あるいはゴールを狙うことが多かった。FC岐阜もこちらのサイドを警戒してか、右サイドバックを高い位置に押し上げて下川ー岡田のラインを分断しようとするのだが、いつもよりもちょっとだけ多い奈良クラブの中盤の構成力のおかげで、横方向にボールの逃げ道から展開を許し、むしろその裏のスペースを岡田選手がついていくことが多くなる。ややここはFC岐阜が固執していたような印象をうけた。前半の入りは岐阜の出足も良く、機能しているようにも見えたが、試合が落ち着き始めてからは右サイドバックが有効な攻撃を見せたシーンはあまりなく、ボールに関与することも少なかった。対角線の先にいる堀内選手との差が、最終的に奈良クラブの逆転につながることになると思うと面白い。
 そして、岡田選手はここ数試合、斜め方向に走り込んでシュートを狙うシーンが多くなった。今治戦の2点目でもそうした彼のプレーが起点となっている。基本、彼はタッチラインを背負ってプレーするタイプなのだが、逆サイドまでドリブルで運んでいくプレーができるようになると攻撃にバリエーションが生まれる。彼が反時計回りにプレーし、その空けたスペースに國武選手やフォワードの選手が走り込むことで相手にマークのずれが生まれる。2点目は完全にこれがはまった形となった。
 ゴール後の岡田選手の咆哮には、なにかこれまでのもやもやしたものを全部払拭させるような、気持ちのこもったリアクションだった。今シーズン、最初の印象はおとなしい選手なのかな、というものだった。ただ、松本戦あたりから非常に気持ちを前に出すことが多くなった。ちなみに、天皇杯ではアシストこそ記録できたが、あまり良いプレーはできていなかった。そもそもボールにほとんど触ることができていなかったので、そんなもやもやを吹き飛ばすゴールだったのだろう。そう、思えば松本戦、彼は試合終了間際の決定機を外しているのだ。その時のシュートは力んでしまったが、今日は狙い澄ましたゴールを、まるでパスのように流し込んだ一発だった。こういうシュートの方が、相手のメンタルには堪えるのだ。

「応援」するということ

 今シーズン初めての逆転勝利、むしろ先行逃げ切り型のチームの奈良クラブがガチンコ勝負で逆転勝ち。そうだ、僕たちがみたかったのはこういう奈良クラブだ。しかし、ここで満足してはいけない。
 試合後の岡田選手のインタビューでは、「まだまだ奈良クラブは強くなれる(ならなければならない)」という趣旨の発言をされていた。彼の表情に浮かれた様子は一切なく、もっと先の方を見ているような表情で話されていた。次節は生駒山ダービー、永遠のライバルFC大阪である。この勢いが本物なのかどうかを見定めるのに絶好の相手である。遠征というにはかなり近所だが、初めてアウェーでの試合を現地で観戦しに行こうと思う。
 これまで、ここではJ2やJ1を経験しているチームを「格上」と表現してきたが、今シーズンに至ってはもはや関係がない。順位もほとんど意味がなく、その時の調子次第である。首位の大宮であっても、磐石とは言えない。こうした群雄割拠のJ3を戦い抜くためには、アトレティコ・マドリーの監督であるディエゴ・シメオネに即して言えば「Partido a Partido」、1試合1試合を全力で戦うことこそが重要である。もっといえば、1プレーへの集中力だ。なんとなく見ていては、奈良クラブは楽しめないのである。
 試合後のフリアン監督のインタビューで、サポーターへの提言がなされている。もっとホームをホームらしくしてくれ、という要望だ。松本戦あたりから、メインスタンドを煽るフリアン監督の情熱的な振る舞いが見られるようになった。ここは彼の心意気に寄り添い、それぞれがそれぞれの方法でチームをサポートしていこうではないかと思う。
 余談だが、この日はロートフィールドではなく甲子園で阪神タイガースの試合を観戦していた。一応、奈良クラブのメインスタンドでは、誰よりもリアクションが速いという自負がある。先日の天皇杯の決勝ゴールをお膳立てした岡田選手のラストパスも、蹴った瞬間「ナイスパス!」と声を上げたのは自分だった(はずだ)。が、甲子園は違った。アルプススタンドの一番上からの観戦だったが、僕よりも正確に、しかも速くストライクとボールの反応をするお客さんがいた。その方は、梅野がボールを取った瞬間に「決まった!」と言い、その後に審判がバッターアウトの宣告をしていた。正直、これにはまいった。野球もそれなりに見ているが、こうした「プロのお客さん」にはまだまだ叶わない。そして、こうした人を増やすことが、チームをサポートすることにもつながるのだと思う。
 応援にはさまざまな形があり、それは時には叱咤激励も必要かもしれない。僕にできることは、今チームがどういう思考でゲームを展開し、何をしようとしているのかを言語化すること。そして、それを見た一人の男が、スタジアムでどんなことを感じたのかを記録することである。今シーズンは厳しいシーズンだ。昨シーズンよりも競争的だし、不運なことも多い。それでも、最後に笑うのは自分たちだと信じている。どういう形で終わるにせよ、そこで必死に戦った選手たちの姿と、12番目の選手の思いを記録していくことが、僕にとっての応援である。
 これから、奈良クラブの逆襲が始まると言っても、過言ではない。



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